第74話 常識

「さてと賢王カンデラ。勝負は着いたから好きにさせてもらうわね」


わたしは血だらけの手でカンデラの肩を叩いた。

べっとりと着いたレフィーネとドドルガの血にカンデラはさらにショックを受けている。


まだ生暖かい血がふたりの死を実感させているのだろう。


わたしが傾くかもしれなかった唯一の手札だった者たちの血だ。

温もりを堪能させておこう。


「モモ。王都のニンゲンの選別をお願いね。歯向かうのは処分していいわ」

「かしこまりました」


モモはニクイ兵や大量の屍兵を連れて王都へと続く城壁を潜っていった。


エルフやドワーフの死にそうな生き残りも次いでに処分させておく。


いくつかは実験や研究に使えるから奴隷紋を刻む為に残しておこう。


「レビナス。この老いぼれに奴隷紋をお願い。暴れるなら四肢の骨くらいなら折ってもいいわ。エリクサーで治すから。これはまだ使えるし」

「かしこまりました」


レビナスがカンデラに奴隷紋を刻んでいる間にクロムたちも合流した。


「クロム、どうだった?」

「いや。反応はないな」

「……クロム。まさか原初の魔王、か……」


カンデラが顔を真っ青にしながらクロムを見た。


「そうですよ。彼が原初の魔王クロム」


アスミナがそう答えた。

そのアスミナを見たカンデラがさらに顔を歪ませた。


「……聖女アスミナ……伝承にあった伝説上の人物がふたりも……それも魔王側に聖女様がいたのでは、人類は……はっは。そうか……」


虚ろな目を地面に向けたまま壊れたように笑いながら絶望しているカンデラ。

その後ろの王都では悲鳴や爆発音などが響いている。


カンデラに奴隷紋が刻まれたので、わたしは質問を開始した。


「カンデラ、いくつかとりあえず聞きたい事があるわ」

「……答えられる範囲で答えよう」


観念したらしい。

まあ、そうするしかないのだけども。


「ヴィナトを知ってるかしら?」

「一度だけ、接触があった。どうやって警備を潜り抜けたのかは知らんが」

「いつ接触があったの?」

「お前の復活が確認されてからだ」


モモに接触した時期とほぼ同じ。


「具体的にどんな話をしたの?」

「……ウィージス教国が龍神を呼ぼうとしていると言っておった」

「なぜそれがヴィナトにはわかっていたの?」

「囚われていると言っていた」


ウィージス教国に囚われて、ヴィナトはそれでも龍神復活? を阻止するために動いていた。


そんなところね。


「まだ生きていると思う?」

「……わからん。話では1200年、その女は生きていると言っていた。原初の魔王は復活し、いにしえの聖女様も目の前にいる。……もはや自分の常識なぞ当てにならん……」


常識が崩壊しているのか、壊れつつあるカンデラ。

まあ、素直なので尋問も楽でいい。


「だがまあ、神罰が下るまでは生かされていると言っおった。……それが復活してからだとしたなら、まだ生きておる可能性はある」


クロムたちの話では龍神たちはなんらかの基準がくずれた時に現れて歴史を破壊し新たな歴史を人類に作らせている。


わたしたち魔族が暴れまくっている現状、その条件に引っかかっていてもおかしくない。


死んだ数か、滅んだニンゲン側の国の数か。

いずれにしろ時間がない。


「レビナス。モモを呼んで代わりに幹部数人をタルタエズの民の選別をさせて。あまり時間がないから、今晩中にウィージス教国に攻め込むわ」

「かしこまりました」

「……今晩中にウィージスを?」


カンデラで呆けた間抜けな顔で聞いてきた。

言っている意味がわからないようだ。


「一体、どうやって……」

「見ていなさい、賢王カンデラ」


わたしは合成樹脂魔法を発動させた。


「……収容規模は5万……いけるかしら?」


タルタエズの民を兵力とするのは後回し。

強いやつだけを殺して屍兵にするとしても、今回の戦いで減った分くらいは必要だから結局5万。


「5階建てで1万を5段でいいわね」


脳内にえがいた雑な設計図に階段を加えて魔力を練り上げる。


担がせるとしても、かなり大きい……

仕方ない。


目測で膨らませた建物は一国の王城ほどもある大きさの琥珀色の駕籠かご


前に見た時代劇映画で見た人力タクシーのやつ。

2人で担いで人を運ぶ駕籠だ。


「装飾は……テキトーでいいわね。うん」


なんかそれっぽく。

我ながら雑な発注だなと思う。


「こ、こんな巨大な物を1人で……しかもこんな短時間で……」


カンデラが腰を抜かしている。


「まだよ」


魔力の底がまだ全く見えないから多分問題ない。


もう一度合成樹脂魔法を発動させて、今度は巨大なゴーレムを作る。


ぽちみたいに自我を持たせている時間はないから命令で動くだけの傀儡だけど。


「大きさはぽちとほぼ一緒くらいで……」


人型を作るのは思いのほか難しい。

それでも無骨な巨大琥珀ゴーレムが出来上がった。


一夜にして、タルタエズの王都の目の前に巨大な駕籠と巨大なゴーレム。


世界の七不思議と言えるかもしれないわね。


「ふぅー」


いい汗かいたわ。


「……もはや、化け物ですらない……」

「あらカンデラ。酷いことを言うのね。わたしはまだこう見えて5歳児の女の子よ?」


この体は一応5歳。

成長はしてるから、時間の概念だけで話すのは無意味な気がするけれど。

転生もしてるし。


「……全く可愛げのない5歳児だな……」


酷い言われようにわたしは傷付いたので泣き真似したらモモがカンデラをしばきだした。


血だらけの戦場跡には老いぼれの悲鳴が響き続けた。

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