第73話 義理人情

タルタエズの賢王カンデラは堕ちた勇者たちを見て絶望し、膝を付いた。


エルフとドワーフが慌ただしく城壁から出てくるのが気配でわかった。

あまり時間はないみたい。


「賢王カンデラ、5秒あげるわ。降伏するか、王都諸共みんな殺されるか選んでね?」


ここで遊んでいる暇はない。


「わたしなら1発で貴方の後ろの王都を丸々破壊できる事を忘れないでね?」


脂汗を浮かべながら頭を抱えたカンデラ王。

彼はきっと選べない。


背後から駆けてくる援軍の足音はただカンデラを追い詰めるだけの音になっている。


目の前のモモや、かつての自国の兵士の姿を見れば、降伏したところで民がどうなるかわかっているのだろう。


戦ったところで勝てないのも分かりきっているはず。


賢王の事はある程度調べてある。

勇者のような強大な力を持った者は少なく、賢王の知恵や作戦によって国が立て直されている事。


戦争などの争い事ではまるで織田信長のような巧妙な作戦で数の暴力を討ち取ってきた賢王。


力もなく、時間もない。

減っていく兵力と目の前のわたしたち


ここでまだ挽回できるというならそれはそれで一興。


苦肉の策で賢王自ら囮となってエルフの矢とドワーフの大岩で自滅覚悟の話し合いをわざわざ前線で持ち出したのだ。


モモがあっさり打ち砕いちゃったけど。


「2」

「答える前に、要求があれば聞きたい……」

「ニンゲンの死」


交渉ネゴシエーション

凶悪な犯罪者やテロリストと交渉し事件の解決に導く技術。


賢王ならばできるだろう。

もう少し時間があれば、もしかしたらわたしは上手く乗せられていたかもしれない。


だが今の賢王には時間も余裕もない。


そしてわたしは交渉の無意味さをよく知っている。


「賢王、わたしね。父親や同じ学び舎の男に犯されたことあるのよね。誰がわたしの叫びを聴いてくれたかわかる? 誰も聞かなかったし、助けなんてなかったわ。だから死んで?」


わたしはモモに目配せした。


「守りたいと思っても、あなたがニンゲンでしかない事を悔いて死になさい」


勇者の剣を振りかぶるニクイ兵。

叫ぶカンデラの部下の声を遮るようにして攻撃してきたのは素敵なカップルだった。


「レフィーネ、ドドルガ。久しぶりね」

「またお前さんの顔を拝む羽目になるとはな」

「まるで私がこの髭の小人と常に一緒にいるかのような親しげな挨拶はやめてもらいたい」

「はっ! こっちこそこの耳長と同じ扱いは困るな」

「戦場でも仲良さそうじゃない。妬けちゃうわ」


レフィーネとドドルガが割って入り、さらに援軍で2人の部下たちも戦いに加わり乱戦となっている。


「レフィーネ、ドドルガ。その刃はわたしに対してのエルフ・ドワーフ双方の刃、という事でいいのよね? その覚悟の刃でいいのよね?」


わたしは笑顔でそう聞いた。


「……ワシらの独断だしドワーフ総意ではない。むしろこっぴどく叱られたわい」

「私たちとてそうです。なぜまたこの髭の小人と共闘しなければいけないのか、全く納得はいきませんが、カンデラにはそれなりに恩があるのです」


流石は賢王カンデラ。

それなりに他種族からの人望もあるらしい。


ただエルフ・ドワーフの総戦力を注ぎ込んでまでは流石にできない。

立場上色々あり、勝手にレフィーネとドドルガは飛び出したって筋書きみたい。


そういう話は嫌いじゃないわ。

義理人情って素敵よね。


「損をするどころか死ぬのをわかってて助けに来るって憧れるわ。かっこいい」

「そいつはどうも。これに免じて助けてはくれねぇかなぁ」


ドドルガがニクイ兵の猛攻に耐えながら乞う。


ドワーフの王もエルフの王も、わたしが少なからずレフィーネとドドルガには情があると踏んで寄越したのだろう。


「モモはどう思う? 寝返ったモモ的に」

「……クロユリ様。私はただクロユリ様を愛してしまっただけでございます。寝返ったのではなく、クロユリ様に寝取られたのです」

「NTRね」


わたしは世間で言うところの間女だったわ。

崩壊させたのは家庭ではなく一国だけど。


「イチャイチャしててお熱いなぁ魔王様は」


傷だらけで大斧を振るうドドルガ。

戦場でもモモに抱き着かれているわたし。

実にシュール。


彼らからしたらわたしは今は相当にリア充に見える事だろう。人目をはばからずそうしていればドドルガが愚痴を言ってしまうのもわかる。


わたしは遂にリア充になってしまったようだ。


彼らが可哀想に見える。


「ドドルガもイチャイチャするといいわ。隣に接吻したお相手がいるじゃない?」

「二度とごめんだ!!」


戦闘服が少しはだけているレフィーネが細剣を振り回しながら大声で怒鳴った。

息も絶え絶えに。


「ドドルガ、媚薬あるけど使う?」

「んなもん使う日にゃ文字通り「最期の夜」になっちまうな!」


口から血を吐きながら笑うドドルガ。

この状況でも笑えるドドルガは実に愉快だ。


だがドドルガもレフィーネもわたしが手を出していないから死にものぐるいでわたしに話しかけてきている。


わたしが殺そうと思えばすぐにできる事を身をもって知っているからだろう。

交渉の余地があると踏んでいる。


モモも面白がっているわたしを見てニクイ兵9人の力をわざと分散させている。


レフィーネとドドルガの命は首の皮一枚繋げてある、という状態。


「……そろそろね……」


獣化したわたしにケモ耳としっぽが生えた。

遠くからぽちの足音が聞こえてくる。


「モモ。カンデラは殺さないでね。ヴィナトの情報を持ってるか知りたいから」

「かしこまりました」


わたしは琥珀色の玉座を作りそれに座って眺めた。


カンデラは万策尽きたとばかりに途方に暮れたまま。

一気に老いて見えた。


レフィーネとドドルガの声ももう届かない。

カンデラにはもう出来ることは何一つない。


カンデラたちもぽちの足音に気付き始めたらしく、ドドルガとレフィーネさえ武器を下ろして絶望した。


たまが何かを咥えてこちらに駆け寄ってくる。


「たま〜持ってきてくれたの? 首」


わたしはたまが持ってきた首、エルバー大公国の大公ロジメーナ三世の髪の毛を掴んでカンデラの元まで歩いた。


「ご挨拶の贈り物、忘れてたわね。どうぞ受け取ってくれるかしら?」


わたしはありったけの笑顔でカンデラに苦痛に歪んだ表情をして死んでいる首を手渡した。


賢王カンデラはわたしと、背景と化したぽち、人ではないたま、そしてレビナスたち魔族の配下を焦点の合わない目で見つめて泣いた。


レフィーネとドドルガも心が折れたようだった。


「ふたりはもういいの?」


わたしはへたり込んで座っているドドルガとレフィーネに近付いてしゃがみこんで顔を覗いた。


「……ははっ」


夜空を仰いで笑っているドドルガ。

俯いてしまったレフィーネ。


「さてとふたりとも。ここからはどうするの?」


わたしはもう一度レフィーネとドドルガに聞いた。


「逆に聞きたいねぇ。なんかしたらこの状況を変えてくれるのか?」


死んだ目をして笑っているドドルガ。


「さぁ? 知らないわ」


もう、どうしようもない。

わたしを裏切らなければエルフとドワーフは死なずに済んだ。


それを覆してきたのはこのふたり。


「……なんでもしよう。せめて、生き残っている部下だけでも助けてはくれぬか?」


泣いてそう言ってきたレフィーネ。

カンデラたちを救うのは無理。

部下を引き連れて助けに来たのはレフィーネとドドルガ。


レフィーネも自分で都合のいい事を言っている事をわかっているのだろう。


恥も外聞も捨ててでも部下の命を少しでも守りたいようだった。


ふたりとも血だらけで満身創痍なのに、部下想いなこと。


「じゃあこうしましょう。せっかく血だらけのふたりがいるんだもの。永遠の愛を誓ってキスでもしてもらいましょうか」


自分で言っていてあれだけど、わたしはどうしてもこのふたりをくっ付けたいらしい。

理由は多分面白いから。


「でわでわ、鮮血の新郎、前へ♪」


満身創痍で血だらけ、伸ばしきった髭は整えられていない姿のドドルガはくたびれた様子で足を引きずりながら這ってレフィーネの前に来た。


「……オレは腹括った。耳長は?」

「……それしか、ないでしょう……」


立ち上がる気力はもう無いらしく、膝立ちでお互いを支え合うようにして見つめあっている。


シチュエーションが違えば感動的なシーン。


「新郎、貴方はレフィーネとの永遠の愛を誓いますか?」


わたしは手の届く距離で2人を見ながらドドルガにそう聞いた。


「……ああ」


不貞腐れた顔〜


「こほんっ。新婦、貴女はドドルガに永遠の愛を誓いますか?」


結婚式とか行ったことないから神父がどうやって進行してるかわかんないからテキトーなんだけどね。


「……はい……」


すっごい嫌そうな顔〜。


「では、永遠の愛を誓ってキスを!」


ニコニコしながら見ているわたし。

屈辱に震えながら腰に手を回すふたり。


レフィーネは見つめあって泣いている。


そうしてふたりは目を閉じて唇を重ねた。

何も言わないわたしに何か思ったのか、舌を絡ませ合うふたり。


「お幸せに」


わたしはふたりの後頭部を叩いて潰した。

ふたりの頭は破裂して、わたしも周りも血溜りになった。


その様子を見ていたカンデラの顔は真っ白になっていた。


「2度も裏切ったんだから、仕方ないわよね?」


潰した両手からはふたりの血が滴っている。

真っ白な顔をしたカンデラは、首の無いふたりの姿を見つめていた。

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