第71話 信用と信頼
わたしとカトレア以外の誰もいなくなった即席会議室。
カトレアはわたしの隣に座った。
「あのモモというニンゲンの女、本当に側に置いていていいの?」
「ええ。それがわたしの答えだし、モモの願い」
カトレアはわたしの肩に擦り寄った。
「レビナスが言っていた事も確かに可能性としてはあるわ」
まあ、大体あるのは野心と性欲が強くて頭がいいと思っている権力者がその罠に引っかかる。
「じゃあなんで?」
「カトレア。わたしが信用しているのは誰だと思う?」
「……魔族?」
「カトレアだけよ」
細い腰に手を回し、縋るようにわたしはカトレアに抱きついた。
「わたしを殺していいのはカトレアだけ。わたしはカトレアがニンゲンを憎んでいるから殺すし、わたしもニンゲンが嫌い」
目を閉じると、カトレアと過ごした5年が浮かんできた。
穏やかなカトレアとふたりの暮らし。
「わたしが亜人の半魔たちを言った事、覚えてるかしら?」
「信じたいと想うなら、裏切られる覚悟を常に持っていなさい。だったわよね。今でも覚えてるわ」
カトレアもわたしの腰に手を回してお互いに抱き合った。
「わたしが裏切られる覚悟を持って接しているのはカトレアだけ。カトレアが「死んで」というなら、わたしは今すぐに死ぬわ」
死ねるかはわからない。
けれど、カトレアの為に死ねるならそれでもいい。
誰かの為に死のうだなんて、前世では思った事は無い。
思えたことなんて1度もない。
だから自殺した。
「たぶん、勇者の剣でわたしの心臓を突き刺せば死ねる。確証はないけど」
「そんな事、私はしない」
「知ってるわ」
目には目を。刃には刃を。
呪いには呪いを。
「人を殺すのは簡単。可能性を排除しようと思うなら、わたしはカトレアを残して全員殺す。そうしてニンゲンを滅ぼす」
「クロユリには簡単ね」
「ちなみに言うけれど、そもそもわたし、何度か毒殺されかけてるわ」
「え?!」
至近距離のカトレアと目が合う。
カトレアの色んな表情を見れるのが嬉しい。
「変な味したりした事何度かあるし」
「てか知ってて食べたの?!」
「ええ。でも死んでないし」
ヴェゼルに言ってこっそり仕込んだ者の処理はさせている。
死ねない呪いで死ねなかったのだろう。
第二次成長期を迎えて、魔大樹の魔王ジュリアと獣の魔王ウェルビンの力を使えるようになった後に変な味の正体がわかった。
体内で毒も媚薬も麻薬も作れるようになってからは毒殺を企てる者がどんな毒を使ったのかもわかるようになった。
異世界というだけあって、魔族や亜人には効かないけどニンゲンには効く毒とかもあったりして勉強しになる。
毒とは所詮、その生物にとって危険となる成分の総称でしかない。
「だから、モモが怪しいから殺すというなら、わたしはカトレア以外の全てを殺す。でもそうはしない」
わたしは魔王クロユリ。
愛と恋と呪いと復讐を司る。
「わたし個人が全てを殺すのと、魔族がニンゲンを滅ぼすのとは意味が違う。だからわたしはあくまで魔族の代表として今ここにいる」
わたしはカトレアの胸に
わたしと同じくらいのサイズに安心感を覚える。
わたし個人でもカトレアの願いは叶えられる。
でもたぶん、そうじゃない。
「わたしがヤコタ村長に大鎌を向けたのは、盲信したい気持ちを知ってるから」
誰かを信じて、助けられたい。
でも現実は違う。
「ヴェゼルを許したのは、憎しみを忘れられない事を知ってるから」
父親を殺しても、とくに意味が無い事を知ったから。
「モモをそばに置いたのは、わたしと同じ孤独だっと思ったから」
立場は違ってても、1人孤独に生きる事が辛いのを知っている。
「わたしは彼らを信用しない。でも信頼はしてるの。だからまだ殺さない」
レビナスもヴェゼルも、ミーシャ達も、モモも。
「わたしは自分が死ぬのは怖くない。1度死んでいるから」
「私はクロユリが死ぬのは怖い」
「わたしはカトレアが死ぬのが怖い」
あの時ヴェゼルがカトレアを殺してたら、わたしは間違いなく魔族もニンゲンも全部殺してた。
女子供も関係なく、命乞いも醜い叫びも聞かない。
死ぬ前の最後の一言なんて残す前に首を刈り取る。
慈悲の一切も掛けずに殺す。
でもそうじゃない。
「カトレア。もしわたしがわたしでなくなったら、わたしを殺して? わたしの為に、貴女が殺して」
「……絶対、そんなことにさせない」
「わたしは、貴女の為に死にたいの」
そうして生きて、そうして死にたい。
カトレアだけが、わたしの家族だから。
「だから泣かないで? カトレア」
わたしはまたカトレアの胸に蹲った。
カトレアの香りが心地いい。
「うん……」
カトレアも強くわたしを抱きしめる。
「カトレア。頭撫でて?」
「……クロユリは甘えん坊ね?」
そう言いつつも撫でてくれた。
心地よく、優しいカトレアの手。
今のわたしは、きっと前世の時よりも幸せだ。
甘えたいと思える誰かが側にいるのだから。
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