第56話 囚われしヴィナト様
「……夢じゃったか……」
かつてのささやかな幸せな夢であった。
ニーナがおって、クロムが眷属となり、ほんの少しの日常。
「……逢いたいのぅ……」
今すぐにでもクロムに抱き着き、ニーナに頬を擦り付けて泣きながら笑い合いたい。
「……いっそあの時に死ねておれば、まだ幸せなままだった、かもしれぬのぅ……」
じめじめとしたこの地下牢に囚われて約1000年。
九つの命を持つ羽目になった指輪を見る事も今や出来ぬ程に疲れ果て、昔を懐かしむだけ。
不意に目の前に現れた紫色の毛並みの猫。
「……バストか」
『ミャァ』
今や勝手に出てくる妾の召喚獣バスト。
九つの命を宿す猫神。
女神エリアとの聖戦で死んだはずの妾を生き返らせたのがこやつ。
死の門を潜り、そこから引き戻したのがこの猫。
「……ニーナを復活させる為の知識をくれたのはよかったのじゃがな」
まあ、教皇に囚われてしまったのは妾の失態。
この猫を恨むのは筋違いじゃろう。
召喚獣として召喚した頃はただの猫だと思うておったが、九つの命という、死ななければわからん権能を持っていたとは知らなんだ。
自ら魔晶石を加工して作成したというのに、なんという物を作ってしまったのだろうか。
『ミャァ』
「……そうか。クロムは復活したのか……」
それは一筋の光。
我が愛しの眷属。
九つの目の命にして見いだせた光。
ニンゲンたちに偽りの光を与えてまで稼いだ時間。
それが今やっと実った。
「……前に抜け出してバーメルの元へ行ってからずいぶん経つ。教皇はここしばらく教国から身動きもせん。……厄介じゃのう」
バーメルには知識と嘘を混ぜて吹き込んできた。
ニンゲンたちが頑張ってもらわなければ龍神人は必ずしゃしゃり出てくるじゃろう。
クロムを復活させる事に成功した魔王がどれほど強いのかはわからん。
「……いかんの。ろくに血を飲めん状態では頭も回りはせんか。ひもじいのぅ……」
食事自体もそうじゃが、なによりも血を欲している。
抜け出す際はバストの力を借りねばならんし、見張りの目を誤魔化す為に妾自身の姿はここにあらねばならん。
バストの力を借りた文体では血を摂取しても本体である妾には意味が無いし。
バストが不意に姿を消した。
誰か来る。
重厚な鉄製のドアを開いて入ってきたのはヒッギス教皇だった。
1番顔を見たくない相手。
「古の王女にして吸血鬼よ。相も変わらずの顔色ですね」
「皆が妾の美しい顔を見て、まるで空を塗りたくったような顔だと言うであろうな」
完全な嫌味じゃの。
ただでさえ太陽を浴びなくて久しいというのに、血を啜る事すら満足に出来ぬ今となっては酷い顔色じゃろう。
「性玩具にすらならんくせに無駄な美貌とはな。龍神様が仰る故に生かされている分際でよくもまあ口が減らんな。1000年では足りぬようだな」
「1200年物の妾の処女を穢らしい龍神の教徒風情にくれてやる義理は持ち合わせておらぬわ」
教皇の顔が歪み、妾をお腹を蹴りつけた。
「……犯せぬからといって、妾の大事な子宮を痛め付けぬでほしいの。我が愛しの眷属の子を孕めぬではないか」
「吸血鬼である貴様が子を孕めるわけがないだろう」
「言うおらんかったか?妾が自身に掛けた呪術は2つじゃ。そうか、お主は遂にボケッ…………ぐ……」
再び蹴りを入れられて口から血を吐いた。
口元から垂れる血を拭う事も出来ぬ自分が滑稽だった。
なぜか笑いが止められなくなった。
「そんなに妾を性玩具にしたいか?」
「それくらいしか貴様に価値はないからな。減らず口が鬱陶しいわ」
「ならば妾の口にそそり立つ老耄の肉棒でも入れるがよいわ。この減らず口とやらも叩けなくなるであろうて」
あやよくば噛みちぎって血を啜ってやろう。
しかしそれを警戒されているのか、ぐぬぬと口元を歪めるばかりの老耄を見てまた笑った。
「哀れよのぅ。地位も名声も金も女も持っているはずのお主が、弱った吸血鬼も満足に犯せぬとは」
かつてはいがみ合っていたエリィナに感謝せねばな。
もう死んでおるが。
サキュバスであったエリィナの性魔術でクロム以外には死んでも股を開かんと呪いを掛けたのだ。
まあ、結局今に至るまで未使用じゃがな。
ケラケラと笑いながら口に残っていた血をヒッギス教皇の上等な法衣に吐き付けた。
妾の血と唾液で汚れた法衣を見て激情し顎を蹴られた。
それでも笑いは止まらなかった。
「貴様の神罰が下るまで、精々己の罪を悔いておけ。さすれば杭の生えた棺くらいは用意してやろう」
「……心地の良い永眠が出来そうじゃ」
年老いた者が性欲の権化じゃと大変よのう。
憤慨しながら重々しい扉を閉めて行きよったわ。
「……痛いのぅ。治りも遅いわ」
蹴られた腹がまだ疼く。
しかし痛む腹部を
「……惨めじゃの……」
痛みが消えない。
「我が愛しの
頬を涙が伝った。
「……逢いたいのぅ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます