第53話 メメント・モリ

わたしはニーナのカトレアが新たに用意した黒のドレスとティアラを身に付けて配下たちの前に立っていた。


レビナスに命じて準備は着々と進めさせていた。


「さて、皆。随分と張り切っているところ悪いのだけど……」


配下たちはニンゲンを殺せると興奮している中、わたしは煽って遊ぶ事にした。


「わたし1人でニンゲンを殲滅できそうだから、あなた達は来なくていいわ」


玉座の間がザワつく。

知能の足りない戦闘狂は発狂してわたしに文句を投げつけてきた。


わたしは退屈そうに玉座に座り頬杖をついて配下たちを見下ろした。


「勇者の情報を聞いたの。わたしがこの世界に来る原因となった者たちだったわ。因縁というやつよね」


因縁なら俺たちにだってある!と野次が飛ぶ。

鼻息荒く抗議してくる配下たち。


……無能でやる気のある奴はここで殺しておくべきかしら。

ナポレオンならそうするわよね。


「とはいえこれは戦争。わたしの個人的な気持ちでニンゲンを狩り尽くす訳にはいかない。あなたたちが鼻糞をほじって観ている間に、わたしはニンゲンも勇者も殺せる」


実際に殺せるかは知らないけど。

でも殺す。拷問して痛め付けて苦しんで殺す。

ニンゲンはついで。


「みんなはどうしたいの?わたしの力を借りれば、わたしは魔王軍を誰一人死なせずにニンゲンを殺せるわ。だけど、いきり立つあなた達は棒立ちのまま戦争が終わる」


魔力の限りいくらでも出せる【影狼】。

死ねない身体。

そしてグランドル王国王都に根を張った魔大樹。


「あなた達はどうしたい?自らの死を持ってニンゲンと戦いたい?この戦争に死に場所を求めておのが剣を振るいたい?」


耳をつんざく怒号が響いた。

みんな死にたいのだ。

みんな殺したいのだ。


漢というのは、どうやら馬鹿で阿呆らしい。

誇りというのは厄介極まりない。


「自らの手でニンゲンを蹂躙したい?」


武器を掲げて大声を挙げる配下たち。


「憎きニンゲンたちに復讐したい?」


玉座の間の床を破壊する勢いで踏み付けて叫ぶ配下たち。


「自分たち魔族の為に、そして魔王様わたしの為に死ねる?」


ラブコールにも似た怒号。


「なら、こんな幼気いたいけなわたしの為に死んでちょうだい」


熱気に包まれた玉座の間。


わたしは身を乗り出して玉座を踏み、大鎌を突き立てた。


「あなた達に神様は微笑んではくれないわ。だから、あなた達がみっともなく死んだら、わたしが微笑んであげる。踏んで投げ捨てて血を啜ってあげるわ。あなた達の味方は死神であるわたしだけ」


呪われているわたし。

死神に呼ばれてここに来たわたし。


わたしの髪が黒いのは、ガイコツにまとわりつく黒いローブである死神の証。


わたしの名前がクロユリなのは、死に愛されて呪われているから。


「だから喜んで死ね」


わたしは大鎌を掲げてそう言い捨てた。

より一層叫び散らかす哀れで誇り高き奴隷たち。


熱くどこまでもまとわりつく熱意と熱気と殺意が心地よい。


明日だ。

明日が始まれば、わたしはきっと死ねる気がする。


「今『クロユリ様ぁ!踏んでくれぇぇぇ!!』って叫んだ子、ニンゲンたちの目の前で踏んであげるから名乗り出るといいわ」


ゲラゲラと笑う変態たちを見てわたしは笑った。


「ありったけの殺意と、それからピンヒールも用意しないといけないわね」


変態たちが叫んだ。

愉快で変態で気持ちの悪い奴隷たち。

いっそ清々しい。


こうして他愛もない事で笑えるのも、きっとこの魔族たちは最期になる者もいるのだろう。


せめて、誰かを愛して生きて死んでほしかったと心の中で思いながらもわたしは玉座の間を後にした。

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