第52話 ヴィナト様

おそらくわたしよりも強いであろう化け物と交渉。

話が果たして通じるのかもいよいよ怪しい。


ニンゲン殺してハッピーエンド!とはいかなそうな事態だ。


「まあ、とりあえずはニンゲンを滅ぼしてみてからね。それから龍神人がどう出るか見ないと状況の把握のしようがないわね」


なるようになる。

もしかしたらわたしがニンゲンたちに負けるかもしれないし。

負ける気はないけれど。


「クロユリ様、もう1つお聞きしたい事があります」


これまでずっと黙っていたニーナが口を開いた。


「ヴィナト様との接触、或いは情報はありませんか?」

「ヴィナト?……知らないわね」


全く心当たりがない。


「その人はどういう人?」

「僕の主人?だな。僕はそのヴィナトという吸血鬼の眷属だ。僕の目の前でヴィナトは死んだはずだったが」

「なるほど」


クロムの師匠的な人ね。

魔王の師匠ならかなり強そうね。


容姿を聞けば薄紫色の長い髪で少女の姿をしているという。

完全な吸血鬼な為、両眼は鮮やかな紅色。


アスミナの片眼と同じ紅色なら1度見れば忘れないだろうから、やはり見覚えはない。


「ニーナはヴィナトがニーナの死体を掘り起こしてアンデットのキャンベルに預けて復活させた。その後の行方はわからない。なぜニーナと一緒にいないのかもわからない」

「そもそも、そのヴィナトも死んだのでしょう?なぜ生き返ったの?」

「それがわからない。ニーナの死体は埋めてすぐに掘り起こされている。だから死んだ後すぐにヴィナトは復活している。だが全くわからない」


ニーナがアンデットであるにも関わらずゾンビのようなおぞましい姿ではないのは死体の状態が良かったのと、ヴィナトから魂が定着するように時間をかけて復活させるように言われていたかららしい。


屍の兵士を量産するだけなら魂は要らないからもっと早く復活させる事もできたとの事。


「クロムはヴィナトの死に立ち会ったのよね?」

「ああ。この目で見た。僕の腕の中で死んだ。あいつの性格なら死ぬとしても、すぐに復活するから問題ない、とか言うはずなんだ」


悲しそうに呟くクロム。

クロムの中で、確かにヴィナトという女は死んだのだ。


しかし生きていて、どうして帰ってこないのか。


ニーナが復活するまでは1年を費やしたという。

そして復活するまでクロムはヴィナトの件もニーナの件もキャンベルから何も聞かされなかったという。

口止めされていたらしい。


そしてニーナが復活する前にクロムは龍神人に追い込まれ自ら封印した。


龍神人が介入してこなかったらわたしはもしかしたら魔王として転生する事は無かったのかもしれない。

そのまま死ねたのに。


「そのヴィナトって人は完全な吸血鬼なのよね。ニーナが復活しクロムが自ら封印とほぼ同時に失踪。のちに約1000年。今も生きているかはそもそもわからないわね」


ニーナたちは顔を曇らせた。

それもそうか。


わたしの立場なら、カトレアが失踪して死んだ可能性があると言われているようなもの。


信じたくはないし、考えたくもないわよね。


「ニーナが1000年待っても連絡だって来ていない。生きていると考えるのは現実的ではないわね」


わたしはそれでも突きつけた。

吸血鬼は太陽に焼かれたら灰となって消えるらしい。

死体すら見つけられない事だって十分にある。


「……確かに、念話が届いている様子もない」

「念話ができるのね。便利」

「ヴィナト様から頂いた魔晶石を通じて念話ができるものですから……」


ニーナは紫色の宝石の付いた指輪を大事そうにさすった。


クロムの首にあるものも同じ色をしているから、どうやらそれが魔晶石らしい。


「その魔晶石、少し見せてもらえるかしら?」

「ええ。構いません」


ニーナは指輪の付いた方の手を差し出した。


「この魔晶石の機能は念話と召喚獣を召喚できる」

「クロムのハリネズミのちーちゃんがそうよね」

「ああ」


解析とかできる訳じゃないけど、魔力の変換効率が凄いわねこれ。


わたしが魔大樹の魔王ジュリアの力を使った実験で薬を作ってるときと少し原理が似てる感じする。


魔力が念話や召喚獣に変換される効率が凄いのよ。


わたしは魔王の器だから、周りの魔力を自分の力に変換できる率が高い。

加えて【吹き溜まりの悪魔】で膨大な魔力を集める事ができるから色んな無茶ができるし山も消える。


だけどこれは魔力量ではなく変換効率がやたらといい。


本来のニーナの魔力では召喚獣を召喚することすら困難だろうに。


「クロム、ニーナ。実験をしたいわ。クロムには少し頑張ってもらうわよ」


そうしてわたしは絶えずニーナに念話を送り続けるようにクロムに伝えた。


ニーナも届く範囲まで返事をし続けるように言った。


「クロムはそのままどこまで届くか移動してくれるかしら?」


クロムは魔王城を飛び出してどんどん遠くまで走る。


前に数キロの距離くらいは念話で会話していたとの事なので、それ以上の距離を取ってもらう。


離れつつあるクロムにわたしはニーナ経由で念話が届かなくなったら光の信号を送るように指示してさらに走らせる。


それと同時に光の信号が見えたら使用している魔力量を上げるようにも指示した。


わたしの仮説が正しいなら魔力量で念話の届く範囲が変わる。


「クロユリ様、聞こえなくなりました」

「アスミナ、なにか光が発生する魔法を真上にお願い」


アスミナに合図を送らせる。


その後再び聞こえるようになったとニーナから聞いた。

しかし既にニーナから送られた念話は届いていないため、クロムからの一方通行状態。


「ちょっとクロムを迎えに行ってくるわね」


クロムからは絶えず念話が来ているけど、もう戻ってきていいと伝える術がない。


わたしは寝巻きに翼だけを生やして空を飛びクロムの元まで飛んだ。


「ありがとうクロム。いい実験になったわ」

「そうか。それはよかった」

「……どうする?城まで競走でもする?」

「……勝てる気はしないな」


そう言いつつも宙に浮いているクロム。

クロムって浮けるのね……

流石は原初の魔王。


「じゃあ競走ね」

「……ああ」


2人して一斉に飛び出した。

【零式】は使わずにどこまで速く飛べるのか、やってみたかったから丁度いい。


魔王城の距離までは十数キロくらい。

一瞬で着くだろうけど、構わない。


「やるな」

「クロムも中々よ」


互いに音速を優に超える速度で夜の空を飛ぶ。

逼迫したレースでお互い睨み合いながら加速する。


「やべ」


つい熱くなり過ぎて制御が効かない。

気付けば魔王城は目の前でぶつかるどころか消し飛ばしかねない。


ギリギリのところでわたしは【零式】を使い頭をフル回転させた。


時が止まったかのように魔王城までの時間が伸びた。


魔王2人で遊んで城が消し飛んだなんて笑えない!


「【合成樹脂魔法レジン・マジック】」


ぶつかる寸前で衝撃吸収に特化した合成樹脂を生成してクッションを創った。


わたしとクロムはそのクッションに埋もれて笑った。


「……魔王の力で遊ぶと、大変なのね」

「……学んだな……お互い」


これからは遊ぶ時は気を付けますはい……


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