第18話 王国side 王国の影に潜む紫紺の吸血鬼

バーメル女王は深夜にも関わらず公務室に篭っていた。


「勇者たちの訓練は上手くいっている……問題は時間」

「焦っておるのぅ、バーメル」

「ヴィナト様、いらしたのですか」

「うむ」


窓際から突如現れた紫色の毛並みの猫はヒトの姿になって窓枠に脚を組んで座った。


「随分とやつれておるのう」

「窶れるのも公務のうちでございますから」

「妾はそんな公務は知らんのう」


姿はまるっきり少女だ。

白い肌と紅色の瞳、腰まで伸びている美しい紫色の長い髪は艶があり高貴な雰囲気を漂わせている。


真っ黒いワンピースを見に纏い、妖艶な笑みを浮かべてバーメル女王を見つめるヴィナト。


「変わってみますか?女王」

「重苦しいのは面倒じゃ。妾は自由気ままに過ごすのじゃ」

「原初の魔王がかつての眷属であったヴィナト様なら勇者様方よりよっぽど安心なのですが」

「妾は参謀担当じゃ。妾が拳を振るう時は我が眷属が復活した時だけじゃろうな」


そう言って懐かしそうに笑うヴィナト。

かつて古と言われた歴史に生きた吸血鬼であり、消された歴史を知っている人物。


「それにしても、今回の魔王はかなりのものじゃのう」

「はい……今日も膨大な魔力を検知致しました。はっきり言って化け物です」

「召喚された勇者は10名じゃったか」

「はい。武術においては素人ですが、魔力操作が皆素晴らしいです。今日も新しい魔法を創り出したと指導顧問が頭を抱えております」


武術は素人だったが、勇者の剣を持たせて訓練するとかなり飲み込みが早い。


「転生勇者という事もあり、なにかしらの補正もあるのかと」

「随分とお優しい配慮じゃの」


あっけらかんと笑うヴィナト。

吸血鬼であるヴィナトは関係ないと他人ずらである。


「女神エリアを殺してからは世界の歪みも増えてしまったからのう」

「ヴィナト様の頃にいたとされる女神様、ですよね」

「そうじゃ。女神エリアとの聖戦で妾は1度死んだがの」


あやつに合わせる顔がない。

そう言いながら掌の五芒星の傷をなぞるヴィナト。


「今回は人型魔王か……妾、魔族側に行ってしまおうかの」

「ヴィナト様が行かれるのであればお止めは致しませんが、人類滅亡は確定となってしまいますので、出来ればそれは……」

「冗談じゃよ。あくまで妾が興味があるのは魔王の器の方じゃ。依代よりしろとしてのな」

「その興味ですら危ういのですよ……人類は」


ヴィナトは永きを生きる吸血鬼。

ネコのようにのらりくらりと現れては掻き乱して遊んでいる。

しかし、バーメル女王にはずっと何かを待っているようにも思えていた。


時が満ちるのを待っているのか、それとも想い人か。


原初の魔王が眷属であるヴィナトは1000年以上の時を生きているが、幼げな顔立ちと妖艶な姿はおそらく変わっていないのだろう。


「まあ、人類が危ういのはそちらの都合じゃ。世界は不安定ながらバランスを保つ為に魔王と勇者で歪んだ力を与えて消費しておる」

「それは、ヴィナト様が見てきた歴史でございますか?」

「そうじゃの」


頬杖を付いて月を見上げている。

人間の血を啜り生きる者であるにも関わらず、バーメル女王は美しいと思ってしまった。


「その他の国との連携はどうじゃ?」

「エルフとドワーフの国は相も変わらず協力を拒んでおります。ドワーフたちはまだ歩み寄る姿勢を僅からながら見せてはいますが……」

「ハイエルフは凝り固まっておるからのぅ。偏見もえげつないし老害じゃしの」


ケラケラ笑うヴィナト。

ハイエルフよりも長く生きているヴィナトは逆になぜこうもふらふらとしていられるのかバーメル女王は疑問で仕方なかった。


「逆にお尋ね致しますが、ヴィナト様はなぜその……」

「ハイエルフのように頑固な考え方になったりしないのか聞きたいのかの?」

「……ええ」


裏を返せば歳とってるのはお前もだろ、と安易に言われているようなものだが、ヴィナトはそれすらも笑って答えた。


「簡単じゃ。妾は簡単には死ねぬ。じゃが、失い過ぎたのじゃ。じゃがハイエルフたちは違う。誇りというくだらない意地を持ち、仲間を今も護り続けておる」


やり方はあまり好ましくはないがの、とため息を付きながらそう言った。


「永く生きておれば、そうなるのじゃよ。視野を狭めても、護るものを護れてしまうのじゃ。偏り過ぎておるのがエルフという種族であるだけじゃ」


そう言うとヴィナトは立ち上がった。


「妾はそろそろお散歩へと戻るかの」

「……」

「ああそうじゃ」

「?どうかされました?」

「勇者たちに気を付けるのじゃぞ」

「……はい」


そう答えた瞬間には紫紺のしっぽが手を振って消えた。


「……本当に気まぐれなお方」


そうしてバーメル女王は公務に戻った。

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