第16話 黒影

わたしの血から出てきた邪悪ななにか。

おぞましいなにか。


「レビナス、わたしと一緒に来て。ミーシャはヴェゼルにキャンプ地の隠蔽魔法の強化と警戒を伝えて」


これはまずい。

なにかよくわからないけど非常にまずい。

よくわからないから更にまずい。


「あ、ミーシャ、さっきわたしの首を刺したダガーを借りられるかしら?あと予備の剣とか刃物も欲しいわ」

「は、はい!」


ミーシャから借りた武器をレビナスに渡してキャンプ地を出た。


「レビナス、キャンプ地から離れた所に広い場所はないかしら?」

「北へ少し行けば拓けた所が」

「案内お願い」


アレは一体なに?

今まで何度か血を流した事もある。


ニンゲンの女戦士たちとの戦闘の時に腕を斬り落とされた時も、さっきミーシャに刺された時もわたしの血は赤かった。


「クロユリ様、先ほどの気配は一体何だったのでしょうか?」


考え事をし過ぎてレビナスも痺れを切らして聞いてきた。

レビナスも怯えているようだ。

魔王軍最高幹部が怯えてる。


……昨日も今日もわたしのせいか、うん。


「わからないわ。だから今から調べるのよ」

「調べる……とは」

「もう1回さっきのアレを出すわ」

「アレを……ですか」

「わたしの血から出てきた以上、原因を調べないと後が面倒だもの。敵との戦闘中にうっかり出てきたらヤバそうだし」


さっきの邪悪な気配は、感覚的には練り上がる前って感じだった。

形を成す前に踏み潰してしまったからすぐ消えた。


逆に言えば、形が出来上がった時にどうなるかわからない。


でも絶対良いものではない。

純粋な悪意とか、怨念とかその類い。

人間は良くも悪くも善悪表裏一体って感じだけど、アレはきっとそう。


「着きました」


半魔たちの村の草原に近い平坦で広い地面。

地平線の先には山も見えるけど、見渡しがいい。


「じゃあレビナス、さっき渡したミーシャのダガーでわたしの腕を斬りつけてくれるかしら?」


首だと治る一瞬は喋れない。

でも、アレが出てくる条件を探る為になるべくはなぞりたい。


左手を差し出してレビナスに斬らせた。

血が滲み、地面に落ちる。

血はやっぱり赤い。


「……さっき出てきたのは確かに左手首だった」


同じ左手首で同じダガー。

今度は逆の右手首。

それでも結果は同じ。


一応予備の剣でも同じように斬ってもらったけど結果はやはり同じ。


「じゃあ今度は……」


レビナスからダガーを借りて自分で手首を斬ってみた。


「っ?!クロユリ様!!」


真っ黒な血が出てきて地面に垂れると、あの邪悪な気配が再び出てきた。

先程と同じように魔力を纏わせて踏み潰して対処した。


「レビナス、今わたしが斬った所を寸分違わず斬って」


治ったばかりの所をレビナスが斬ったが、血は赤い。


「……場所じゃない」


もう一度わたしが自分で今度は逆の手首を斬ってみると、真っ黒い血が出てきた。

それをまた踏み潰す。


「アレが出てくるのはクロユリ様がご自分でされた時、のようですね……」

「そうね」


わたしが自分で斬った事に意味がある?

自分で斬るのは自傷行為……よね。


「わたしに掛かってる呪いの1つ、ということみたいね」


死ねないし、自傷行為したらなんか出てくるし、転生したら魔王だし。


てか死神、この事なんも言ってなかったわよね?

こんなの聞いてないんだけど?


「……まあ、自傷行為で出てくるってのはわかったわ。レビナス、今からアレがどうなるか確かめるわ。戦闘になるかもしれないから、身を守ってね?下手したら貴女死ぬわ」

「アレと戦うのですか……?」

「わたしから出てきたなら、たぶんわたしならどうにか出来そうだし、なんとかするわ」


形を成すまでには多分1秒くらい。

そこから先はどうなるか全くわからない。


レビナスにはわたしから事前に離れてもらった。

一応わたしを見ることができる範囲には居るけど。


「さて、やりますか」


手首を斬って黒い血を垂らし、大鎌を召喚。


邪悪な気配が人型になり、わたしと目が合った。


「かラだ、ヨコせ?」


目が合うなりいきなり襲いかかってきた。

頬を掠めた黒影の爪がおぞましかった。


「よくわかんないけど、絶対イヤ!」


大鎌を振るうと後ろに避けられた。

実体があるかはよくわからないけど、踏み潰して消えたんだから、同じ事をすれば多分消えるはず。


「エへへへぇァァァァ」


気持ち悪く笑いながら真っ黒い大鎌を召喚した。

ツヤすら無い真っ黒。

それをわたしと同じように振り回してくる。


「身体が欲しいわりに殺意しかないわね!」


大鎌を振るわれて思ったけど、一振り一振りのモーションが大きい。


剣と違って、振り抜かないと当たらないから距離を取って戦えばなんとかなりそう。でも……


「あなた、わたしより速いわね?」

「ああァァァァ!!」


踏み込みが速すぎる!

咄嗟に大鎌で受けたけど、あまりの威力に吹き飛ばされた。


「クロユリ様!!」

「でへへェぇぇぇぇあ?んぃ!」

「レビナス!」


まずいまずいまずい!

レビナスに気付かれた!


わたしの身体より殺人衝動優先だったのね。


「……受け身だって取れないのにッ!」


レビナスが剣で黒影の攻撃を受けたが吹き飛ばされた。


「このままじゃ、やばいわね……」


瞬間的なパワーと速さ、共に黒影がわたしより上。

と言ってもわたしの無尽蔵の魔力ならパワーならどうにかなる。


「問題は速さ」


正直、戦闘自体は素人のわたし。

受け身だって取れないし大鎌を器用に使う技術はない。


「死神が言ってたっけ……」


強敵と対峙した時使えって言ってたやつ。

すんごい使いたくないけど、使うしかないみたい。

まあ、死なないだろうし仕方ない。


「後で憶えてなさいよ……」


右手を握り締めて心臓を2回叩いた。

心臓に魔力が大量に注がれていくのがわかった。


「ッが!!」


突如吐血した。

頭が沸騰しそうでガンガンに痛い。

心臓が破裂しそう。

内蔵がぐちゃぐちゃになってる感覚で吐きそう。

全身が熱い。


「……!!……風が、見える?」


割れそうに痛い頭を他所に、全身の感覚が冴え渡っていくのを感じる。


レビナスに追撃を仕掛ける黒影を目で捉えた。

わたしは大鎌を握り締めて踏み込んだ。


「わたしの身体が欲しかったんじゃないの?」


次の瞬間には黒影のそばにいた。

自分でも驚くほどの速さだった。


ありったけの魔力を込めて大鎌を振り抜いた。

轟音と共に地面が抉れて黒影が消し飛んだ。


黒影はおろか、地平線に見えていた山が吹き飛ぶ程の威力のせいで地形が変わってしまった。


「……レビナス、大丈夫?……げほっ」

「クロユリ様!血が!」

「わたしは大丈ッげほっ……ちょっと内蔵が破裂してるだけよ」

「それ大丈夫じゃないです!」


大丈夫よ、と手を振ろうとした右手が粉砕骨折しててぐにょぐにょだった。


「クロユリ様腕がぁぁぁぁ!」

「すぐ治っケホッ……」


腕が治っていく感覚はある。

吐血は酷いけど、お腹とか頭がぽかぽかするから多分内蔵も治っていってるはず。


「……あの死神、なんて技を教えてくれたわね……」


熔けた脳みそのせいで喋りづらい。

腕は治ったけど、全身がまだ熱い。


「レビナス、戻りましょうか……」


死神、帰ったら問い詰めてやるわ……


そうしてわたしは倒れた。

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