第14話 覚悟
ぼんやりと目が覚めると、人肌の温かさを感じた。
手を握ってくれていたカトレアはわたしの側で眠っている。
「わたし、全裸じゃん……」
夢で見た、というかさっきの真っ白い世界での話の通り、身体が大きくなっている。
5歳児のゴスロリ服はパツパツだったろうし、多分カトレアが脱がしたのだろう。
身体の熱はもう引いていた。
あの熱はまた来る。
そう思うとしんどい。
「……クロユリッ!!」
「カトレア。おはよう」
カトレアに抱き着かれて懐かしい気持ちになった。
つい最近5歳になるまでは普通に子供としてカトレアと過ごしていたのに、なんだかずいぶんと時間が経った気がした。
カトレアがわたしをぎゅっと抱きしめる。
カトレアの顔が真横にあって、肩をくすぐられているようでこそばゆい。
わたしにもお姉ちゃんがいたら、もしかしたらこんな事もあったのかなぁと思った。
「カトレア、くるしいわ」
「なんかよくわかんないけどビックリしたのよ?!とっても熱いし身体が伸びるし!!」
「わたしもびっくりしたわ」
「ゴシックドレスがミチミチ言い出したわ」
「びっくりな事にもう1回あるみたい」
「第二次成長期ね」
そうして2人で笑った。
初めて笑えた気がする。
学校で見たことがある。
クラスの子達が友達同士で楽しげに笑っていた。
今のわたしは、少しだけその光景に近いと思う。
真っ白な髪のカトレアを見て、なんとなくそう思えた。
「カトレア、そろそろ服を着たいわ。なんか落ち着かない」
「クロユリはいつも服を着て寝るものね」
「その言い方だとわたし以外の人たちはみんな裸族みたいじゃない」
カトレアは寝る時は基本全裸。
冬のどうしても寒い日だけに嫌々服を着る。
開放感が心地よいとの事。
わたしは心許なくて寝られないけど。
「ほんとは寝てる間に着せようかとも思ったんだけどね〜」
ちなみに、わたしのゴスロリ服はカトレアの完全な趣味。
わたし個人としては、いも芋しいジャージでいい。
服がもったいないし。
「じゃあ、着せてくれるかしら」
真っ黒なゴシックドレス。
サイズはピッタリ。胸元もピッタリ……
胸元の黄色いリボンが可愛い。
肩はちょっと心もとないけど、首のチョーカーに黒百合の刺繍があって可愛い。
クロユリというあだ名は嫌いだったけど、この世界に来てからは変わった。
この世界には花言葉という文化はない。
多分きっと、わたしは生まれる世界を間違えたのだろう。
「前よりも動きやすいようにしてあるわ」
「ありがとう」
前よりもカトレアに近付いた背丈。
カトレアは前世のわたしと背丈がほぼ一緒。
次の成長期では同じくらいになるのだろう。
「クロユリがすっぽんぽんじゃなくなったし、みんなに顔を見せに行こ」
「そうね」
外へ出ると日が暮れかけていた。
「クロユリ様ッ!」
わたしが外へ出ると、半魔の子供たちが駆け付けて来た。
子供たちだけじゃない。
レビナスの部下や村長のヤコタも来た。
「クロユリ様、回復なされてなによりでございます」
ヤコタはホットしたような顔だった。
宴会の時も一息ついたような顔はしていたけど、ここまで親しみを感じられるのはなんか逆にこわい。
「眠りすぎてお腹空いたわ」
「料理もご用意しております」
「頂こうかしら」
やしゃいでいる村人たちや魔族たちを他所にカトレアに聞いた。
「……なんか、わたしへの態度がまたなんか変わってない?寝てたって言っても1日とかよね?」
「1週間は寝てたわよ?」
「……寝る子は育つのよ……」
思いのほか寝てたらしい。
「まあ、後で村長からお話があると思うわよ」
そう言うとカトレアはわたしの手を取って料理へと駆け出した。
みんなで焚き火を囲んでまた大騒ぎ。
レビナスたちと半魔たちの間も倒れる前より少しだけ良い関係になっている気がする。
まあ、ヴェゼルだけはまだなんかちょっと距離はあるけど。
「クロユリ様!なんで大きくなったの?!」
「わたしが魔王だからよ」
「オレも大きくなるかな?」
「私もクロユリ様みたいになりたい!」
「じゃあいっぱい食べて大きくならないとね」
なんで子供たちに懐かれているのかよくわからない。
でもロリショタは可愛いので問題ない。
前世に兄弟も姉妹も居なかったわたしからすれば今はとてもあたたかい。
「クロユリ様」
子供たちも遊び疲れて眠った頃、ヤコタは落ち着いた声でわたしを呼んだ。
「なにかしら?」
視線だけはヤコタに向けてわたしは膝で眠る子供たちの頭を撫でていた。
ネコ耳の手触りが心地よすぎる。
「この度は誠にありがとうございました」
ヤコタを始め大人の村人たちは頭を下げた。
「わたしはなにもしてないわ。あなた達が戦って勝っただけ」
わたしの復讐じゃない。
だからわたしはなにもしない。
「クロユリ様は闘う知恵と向き合う心を下さいました」
知恵は前世の頃の発想や創作物を使っただけ。
向き合う心なんて、わたしはそんなもの教えてない。
そんな前向きなものじゃない。
「わたしは魔王よ?そんなに大層な事教えた覚えはないわ」
呪いと復讐。
わたしはそれに囚われて生きる魔王。
前世でも今でも、心の内の闇が消えない。
今こうして子供たちがわたしの膝で寝ている光景だって、これから悪夢が始まる前兆なんじゃないかってどこかで思ってる。
「我らはこれまで逃げて誰も信じず生きてきた。失うなら逃げようと。信じて裏切られるなら疑い、そして殺す」
わたしたちは疑う前に殺されそうになったけど。
「しかしそれでも失う」
ゴブリンキングの首に目をやって死んだ家族を思い出しているのだろう。
「クロユリ様は我らに生きて勝つ術を教えて下さいました」
半魔の戦士が拳を握りしめた。
「どうか、我ら一族をクロユリ様の配下に加えて頂けないでしょうか?」
村人たちが頭を下げる。
前世では、誰かがわたしに頭を下げるなんて事、なかったわね。
いつも見下ろされていた記憶しかない。
「ヤコタ、来て」
「はい」
ヤコタはわたしの前に来た。
わたしはヤコタの首に大鎌を向けた。
わずかに当たっている首元からは血が垂れている。
「今貴方は同じ過ちをして死ぬわ」
和やかだった空気は一瞬にして凍りついた。
明確な殺意をばらまいているのだ。
ヤコタの額から汗が流れる。
「わたしがこの子供たちを奴隷にしようと思ってここに来たとは思わないの?」
わたしは空いている手で子供たちの頭を撫でた。
「知ってる?信じた相手に裏切れるのが1番憎いの。信じた相手に親を目の前で殺されたらどういう声で泣くのかしら」
知性ある人類は他の動物とは違う事ができる。
それがヒトを信じ、ヒトを裏切る事。
「この子達がわたしに憎しみを向けてもわたしには全く問題ないわ。拷問して心をへし折って奴隷にするもの。可愛らしいケモ耳、無邪気にうねるしっぽ。毛皮を剥ぐのもいいかもしれないわね」
虎柄とかは流石に勘弁だけど。
「あなたたちはわたしが幼女の格好をしていたから無意識に油断していたんじゃないかしら?そうして助けてくれたと勘違いしてまた信じて、同じように裏切られる」
レビナスはおろか、カトレアすらも息を飲むだけの重々しい空気。
カトレアと子供たちには殺気は向けてないから、それ以外は動けば死ぬと思っている。
魔族も恐怖を感じてるのが半魔たちにも伝わって、彼らはなにもできない。
「ク」
「今貴方に喋っていい権利があると思っているの?息ができるだけでも感謝してもらわないといけないというのに」
ヤコタは怯えて迂闊に動けない。
一族の長の行動ひとつ、判断ひとつでみんなが死ぬ事をよくわかっている。
頭が悪いならこの時点で3回は首が落としていたわね。
「ヤコタ、貴方は言われるがまま前に出て、わたしに首を晒したわ。なんの警戒もなく」
優しくされて、信じたくなって、そして盲信する。
「信じたいと想うなら、裏切られる覚悟を常に持っていなさい」
わたしは大鎌をしまって殺気を解いた。
半魔の若い戦士やレビナスの部下の何人かが膝から崩れ落ちて震えていた。
「ここにいる者につげるわ。わたしを殺せるくらい強くなりなさい」
何人か漏らしてるわね……
「ヴェゼル、貴方がこの人たちの隊長よ。暗殺部隊として鍛えなさい」
「承知致しました」
「あなたたちはさっきまでわたしに殺されかけていたわ。その意味を考えなさい」
子供の1人が眠そうに目を擦って起きた。
ショタっていいわね。うん。
「そろそろ寝ましょう。わたしも眠いわ。1週間寝溜めしてもご飯食べたら眠いわ」
手を合わせてご馳走様をして眠りについた。
「……ちょっとやり過ぎた……」
漏らすほど殺気は向けてないつもりだったのに。
魔力のコントロールは修行しなきゃだわ……
そう思いながらそのまま意識は途絶えた。
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