第12話 死神

ゴブリンキングを倒した翌日はお祭り騒ぎだった。

魔族が村にいるのにも関わらず笑って酒を飲み、死んだ家族の話を楽しそうに語り合う。


わたしはお酒は好きではないけど、こうして楽しそうにしているのを見る分には好きかもしれないと思った。


「カトレア、わたしは少し眠るわ」

「ん?……うん。分かった」


カトレアはワインが好きなようで、顔色こそ変わらないけどだいぶ酔っ払っている。


カトレア自身も半魔であるためか、村の半魔たちと仲良くっているようだった。


「……身体が熱い……」


寝床に入って崩れ落ちた。

外の賑わいも聞こえなくなるくらいに自分の鼓動がうるさい。

心拍数自体も上がっているみたい。


「はぁ……はぁ……」


風邪?風邪なの?

わたしって風邪引くの?


腕を斬り落とされても再生するわたしも風邪は引くのかしら?


全身の骨も軋んでいるようでかなり苦しい。

あまりにも突然だ。

病気にしても、ただの風邪ではない。


心臓も破裂しそうなくらいに痛い。

意識が朦朧としている。

脳が沸騰しているように感じる。


誰かが入ってきた。

首を傾けてどうにか見るとカトレアだった。

スローモーションにでもなっているようにカトレアの動きはゆっくりだった。


表情の変化も、わたしの元に駆け付けるまでの速ささえも。


そしてわたしの意識は途絶えた。



☆☆☆



真っ白い世界。

どこまでも白くて、吐きそうなくらいに白い。

足元には大量の黒百合が咲いている。


「……なんで全裸……」


夢か。夢なら全裸でも仕方がない。


「……よく見ると、手が少しだけ違う?」


幼女のわたしじゃない。

でも前世のわたしじゃない。


どっちかと言うと、幼女から少女になったくらい?

比較対象も鏡もないからちゃんとは分からないけど。


「でも、ちょっと大きくなってる」


夢だろうとも、ガッツポーズをしてしまうのは女の子としての性なのだ。


「?」


ガッツポーズをした拍子に揺れたわたしの髪。


「真っ白だ」


綺麗な真っ白い髪。

いつもの見慣れている黒い髪だったはず。

なのに、夢では真っ白い。


ここ自体が真っ白いからかな?

因果関係は全くわかんないけど、夢だし。


『夢ではないわ』


振り返ると、前世のわたしがいた。

姿形、髪の色まで前世のわたし。

黒いローブを被っているというのがせいぜいの違い。


「わたし?でいいのよね?」

『外見とかはそうね。でも違うわ』

「……じゃあなに?」

『死神』


そう言って大鎌を手に取った。

私と同じように何も無いところから。


いや、わたしがこの死神と同じようにしていたのだろう。


そういえば、初めて魔力を使おうとした時の心の奥にいたのがこの死神のような気がしなくもない。


「それで?今はどういう状況か教えてくれるのかしら?」


わたしは確か、熱があって眠ったはず。


『あれを見ろ』


死神が大鎌で地平線を示した。

どこまでも続く白い空間と黒百合。


「……黒百合が枯れて咲いて、を繰り返している?」

『この黒百合は貴女の魔力。外から流れ込んでくる魔力に応じて黒百合は咲くわ』

「外から流れ込んでくる?」


中学の頃に読んでいたダークファンタジーでも似たような設定あったわね。


『魔王の器である貴女は、魔力が多い場所であればある程自身の力に変換する事ができる』


周りの魔力を自分に取り込んで扱う事ができるって感じね。


『魔物や精霊使いにもその適正があるけど、変換比率は貴女が圧倒的に上。今こうして咲いている黒百合は異常な数と捉えてもらって問題ないわ』


……よくわからないけど、ヤバいらしい。


『それに加えて貴女にはもう1つ魔力増長の構造、というよりも、能力があるわ』


魔力増長の能力?

自家発電って事?

ご飯食べて寝るってのとは多分違うのよねそれって。


『貴女は貴女に対する全ての悪意や殺意、それら全てを魔力に変換する事ができるわ』


嫌な記憶を思い出した。


「……悪意のゴミ箱……」

『そんな感じね。まあ、正式名称?としては【吹き溜まりの悪魔】だけど』


どちらにしても、いい能力ではないよね。

みんなから恨まれてるってことだもの。


「でもなんで今になって?魔力を初めて使った時に説明する方が自然だわ」


溢れる魔力を大鎌の一振りで発散した後は倒れていたのだし、眠っている時にここに来れるなら、その時でも良かったはず。


『魔王復活と勇者召喚によって、貴女に対しての悪意や敵意が増えつつあったからよ。この空間に来る前の熱は増長した魔力量に応じて身体を無理やり成長させようとしているの』

「どおりで死にそうなくらい痛かったってわけね」


まあ、自殺した時の痛みとか憶えてないからわかんないけど。


『これは第1次成長期って感じよ。見た感じは5歳から10歳くらい?かしらね』

「どうせなら一気に行ってもらった方が楽だわ。熱いし痛いし」

『一気に来たら精神が持たないわね』


クスクスと笑いながらそんな恐ろしい事をさらりと言う死神。


『けど、急がないと不味いかもしれないわね』

「急ぐって、成長期?なら沢山食べて寝ないと。あと胸も」

『……胸は……なんでもないわ』


おい死神、明後日の方向見ながら悲しそうな顔するなよ。

死神って言っても容赦しないよ?


『次の第2次成長期は貴女の存在が世界に知らされる時。これは民に知らされるという事よ』


世間一般にはまだ公開されていない存在。

アメリカが宇宙人の公開をまだしていない状態から、テレビでフレンドリーに紹介とかする的な感じかしら?


アメリカンジョークが宇宙人にも通用するといいわよね。


「って事は、国の一部とか上層部だけが知っている今の時点でこの負荷なのに、世界が知ったらこの比じゃない量の魔力が外から入ってくるって事ね」

『そういうこと』


なるほど、それは精神が崩壊とかするでしょうね。

……精神崩壊で済むならまだマシで、爆発とかブラックホール出来ちゃうかもしれないわね。


「それってヤバいわね。どうしたらいいの?」

「今はとりあえず魔王城に向かいなさい。自ずと分かるわ」


それじゃあそろそろ消えるわ。とどこかへ消えていこうとする死神。

しかし不意に振り返って戻ってきた。


『そうだ。1つ、良いことを教えてあげるわ』


悪魔を見たことはないけど、きっと悪魔が笑うならこんな笑みなんだろうと思ってしまうような死神のわたし。


……わたし、あんな表情筋の使い方なんて知らないわ。


『もしも貴女より強い敵と対峙したとき、心臓を2回、トントンッって軽く叩くといいわ』

「それってどん……」


笑って消えた。


「なんかわかんないけど、すっごい使いたくない……」


それをした時に何が起きるのか想像もつかない。

間違っても死神。

良い事じゃないのは目に見えているわ。


「……い、意識が……」


そうしてわたしは白い空間で倒れた。

よくわからないけど、怖くはない。

多分、現実に戻るのだろうとなんとなく思った。



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