第11話 クロユリ様は
半魔たちは懸命にゴブリンキングに襲いかかっている。
盲目なゴブリンキングは音を頼りに棍棒を振り回している。
音で引き付け背後、側面からと読ませないように連携して動いている。
「貴方は何を思う?彼らを見て」
クロユリ様は優雅に笑いかけながらそう聞いていた。
真っ黒いゴシックドレスを身に纏う幼女の外見と反比例して大人びた笑み。
ニンゲンであるはずのクロユリ様はなぜこうも美しく見えるのだろうか。
「……わかりません」
半魔は半魔。
それは今も変わらない。
生まれて間もないクロユリ様はなにも知らないようだが、魔族と半魔の溝は深い。
クロユリ様が止めないのなら今すぐにでも殺したい。
「護りたい者の為に戦う者は誰であれ戦士です。戦士としての彼らは評価に値します。ですが……」
思わず下を向いた。
簡単には割り切れるものではない。
1度は大きな希望を見せられた。
そして裏切られた。
彼らの部族は関係はないかもしれない。
「ヴギャャャャャャャャアァァァァ」
半魔の最後の一撃でゴブリンキングは崩れ落ちた。
切り傷だらけの身体に内蔵をやられているであろう致命的な傷にもがくしかないゴブリンキング。
それでも生きようと醜く草原の大地を掴んで逃げようとしていた。
「勝負はついたわね」
小さなクロユリ様は倒れているゴブリンキングを見下ろして「意外と大きいのね」とすこしはしゃいでいた。
「貴方たち、このゴブリンキングを串刺しにするのよ」
半魔の女子供たちは似合わない武器を頼りなさそうに握りしめながらもゴブリンキングに近づいた。
ゴブリンキングへの怒りや憎しみ、それとは別に生き物を殺す事への恐怖。
家畜を殺すのは全く別の感情のみの殺意。
「こわい?」
そう言ってクロユリ様と同じ背丈の女の半魔に近づいた。
クロユリ様はその半魔の子供から武器を借りると、ゴブリンキングの背中に突き刺した。
ありったけの殺意と呪いを込めて深々と。
ゴブリンキングの悲鳴が他の半魔たちを怯ませた。
「コレは貴方たちの仇なのでしょう?殺せるうちにしないと、後悔するわよ」
そうしてクロユリ様は武器の持ち主に返した。
滴る緑の血に怯えつつ、ゴブリンキングへと近づいて不器用に力強く武器を握った。
幼い半魔の幼女と不格好で不釣り合いに大きなナイフはしっかりとゴブリンキングに向いている。
「おねぇちゃんの仇ッ!!」
幼女のありったけの憎しみと力を込めたナイフがゴブリンキングに突き刺さった。
次々と半魔たちは泣きながら悪態をつきながら何度も何度も突き刺していた。
やがてゴブリンキングの呻き声さえ途切れた。
草原にはすすり泣く悲しみの声だけが静かに響いている。
ある者は血溜まりで膝立ち、空を見上げてほうけている。
ある者はひたすらにくたばったゴブリンキングを睨みつけている。
ある者はナイフを落とし、震える己の手を見て泣いている。
「復讐はどうだったかしら?」
悲しみの空気が満ち溢れる中、優美に佇むクロユリ様。
うっすらと浮かべた笑みには慈しみすら感じられた。
「復讐からは何も生まれない。わたしの元いた世界ではそんな綺麗事はよく言われていたわ」
クロユリ様が言う「綺麗事」という単語には呪いの籠った軽蔑が感じられた。
「その綺麗事を言う人間は平和に育った人間」
淡々と話しているがクロユリ様は一体どんな経験をされたのか、想像もつかない程の憎悪。
「そして、全てを諦めて『自分は今それでも幸せである』と思いたいだけの弱い人間」
そうして悲しそうに笑ったクロユリ様。
「人は護る為に奪う生き物よ」
そうしてクロユリ様は微笑み、半魔たちに手を差し伸べた。
満月が雲から覗いて月明かりでクロユリ様を照らした。
「復讐は前に進むためにするものよ。終わらせて、新しく始める為のもの。そしてもう、終わったわ」
クロユリ様は泣いている半魔の少女の頭を撫でた。
小さな手からは不釣り合いな母性だった。
「カトレア」
「うん」
「だっこ」
そうしてクスッと笑いながらカトレアはクロユリ様を抱えた。
「クロユリ様……」
「どうしたのかしら?ヤコタ村長」
酷く疲れ切った顔をしたヤコタだったが、憑き物が取れたようだった。
そのまま死ぬんじゃないかと思うような顔。
「今宵は村にお泊まり下さい。おもてなしをさせて頂きたい」
「ありがとう。そうさせてもらうわ。でもまず寝たいわ」
クロユリ様は可愛らしくあくびをして目尻に涙浮かべていた。
「ヤコタ村長、わたし、こう見えて幼女なの。夜更かしはお肌にわるいわ」
「はっはっは。……そうでございますね。とても可愛らしい幼女様だ」
ヤコタは一筋涙を流して笑った。
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