第9話 数の暴力

半魔の亜人たちの住処は思った所よりも近かった。

というか近過ぎた。


洞窟を出て広がる草原の真ん中。

大胆不敵に堂々とした小さな村。


驚いたのはレビナス達すらも目の前にありながら気付けなかった事だ。


「洞窟を出てから敵索魔法を使ったのに分からなかったわ」


カトレアも魔法を使って周囲の魔物や人を調べた。

にも関わらず引っかからなかった。


村の周りには魔水晶が設置されていて、半魔の亜人たちは光の屈折と幻影魔法を駆使した結界を張っていた。


襲ってきた方向に夕陽を背負って奇襲を仕掛け、わたしたちを殺す。それが出来なくても村から遠ざけるようにして逃走して村から離すのが目的だったようだ。


村を守る為に命を掛けての奇襲だったわけだ。

夜を待たなかったのは夕暮れ越しのまっさらな草原を印象付けて村が襲われる可能性を避ける為だったようだ。


案内されて村の建物に入るとタヌキの尻尾を生やしている高齢の亜人がいた。


「儂は村長のヤコタじゃ」


村人は全員でも十数名と少ない。


今は村長の家にいるが、村人全員が周りを囲ってわたしたちを露骨に警戒している。


それもそうだろうね。


「申し訳ないが、こちらとしては歓迎できない」

「1日でいいわ。ここで休ませて欲しいの」


幼女のわたしに不躾な殺気を撒き散らしている何人か。

幼女にはもう少し優しくしてくれてもいいのにね。


「それはできぬ。……ただでさえ……」


村長のヤコタは頭を抱えていた。

それも仕方ないかな。

ここまで露骨な殺気を向けてしまうような相手を泊めろだなんてね。


わたしは好きなんだけどな……もふもふが。


「条件があれば提案してくれてもいいわ」


せっかく異世界に来てしまったのだから、このもふもふは是非とも堪能したい。


前世のわたしではそんな余裕なんてきっと無かった。

でも、カトレアとの5年でわたしの心は少しだけ余裕ができた。

だから、この気持ちはなるべく大切にしたい。


「奇襲を仕掛けたのはこちらだ。だから条件を出せる立場にない。命を奪わないで頂いた事も感謝しておる。しかし、儂らに関わらないでほしい……」


恐怖と憎悪の混じった村長の声。

見えない襲撃者たちを戦意喪失させる為に放った魔力が、わたしの首を今になって締めてきた。


「そ、村長ッ!!」

「どうした?」

「奴らがッ!!」

「ゴブリン共か?!」

「は、はい!!」


ゴブリン……

山小屋に住んでた時とか森の中には居なかったから見たことはないけど、あんまりいいビジュアルではなかったと記憶してる。


でもいろんな創作で出てくるけど、大体弱い魔物じゃなかったかしら?


姿を消す魔法とか駆使すれば勝てると思うのはわたしだけかしら?


「数は?」

「およそ300」

「……前よりも100匹は増えておる……ネズミのように湧き出おって」

「ゴブリン300匹は脅威なの?カトレア」

「この村にとっては脅威よ。広範囲の殲滅魔法が使える人がいないみたいだから、どうしても乱戦になるわ」

「この村は把握されてるの?」


カトレアもレビナスたちも分からなかったのに、ゴブリンにわかるとは思えない。


魔物特有のセンサーみたいのがある、とかならわかるけど。


「おそらくは特定されてはおらん……人海戦術じゃ」


人海戦術。

確かにゴブリンは数がすぐに増えるらしいし、手当り次第に動けば見えなくてもぶつかりさえすれば特定できる。


「見えないこの村を人海戦術……前にもあったってことよね?」

「……そうじゃ。あの頃は、もっと村人もいた。じゃが……」


村長は拳を床に打ち付けて悔しそうにしている。

他のみんなも同じように悔しがり、ある者は泣いていた。


村人たちからすれば絶望的な状況。

魔族どころか、自称魔王のゴスロリ幼女もいるというカオスな状況でさらに可哀想になった。


レビナスたちに命じてもいい。

わたしが単独で殲滅してもいい。


でも、多分なにも変えられない。

復讐だ。


虚しくても、ただ辛いだけでも。


「ひとつ、提案があるわ」

「……聞くだけ聞こう」


村人たちの視線が刺さる。

教室の時とは違う。

疎外感と敵意。

絶望。


わたしが助けたら、多分なにも生まれない。

今まで誰も助けてくれなかったからわかる。

信じられない気持ち。


「まあ、提案というよりは、わたしの独り言よ」


だからわたしは助けない。


「あなたたちの能力を駆使すれば、運が良ければ誰も死なずにゴブリンたちを殲滅できると思うのよね」


今更なにを、と疑う目。

それもそうだ。

数の暴力を前に彼ら彼女らは一度泣いている。


「もちろん、わたしたちが手を出さずともね?」


数の暴力はわたしも大っ嫌い。

だから、覆せるってのは快感。


「聞くだけでも損はしないと思うわよ?」


わたしは村人たちに不敵な笑みを浮かべてみせた。

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