第1話 ホームレス連続殺人事件

 俺が呼び出されたのは真夜中だった。時間にして午前2時。丑三つ時だ。

 冷たい夜風に当たりながら俺は夜の松浦中央市民公園の中に入っていく。

 入り口にはKEEP OUTと書かれた表示をくぐり、現場に到着した。

 時間が時間なだけに、捜査員は少ない。到着した時には鑑識があらかた現場検証を終えていたようだ。

「おつかれ、神門!」

 声を掛けてきたのは同僚にして同期である佐渡である。

 いの一番に現場に来たらしく、先程まで指揮を取っていたようだ。

「状況説明しようか。遺体が発見されたのは、今から、2時間前の0時だ。通りかかった酔っぱらいが発見したそうだ。」

「遺体の身元は?」

「わからん、まだ調査中だ。ただ、ホームレスらしい。」

 なるほど、それは身元特定に時間がかかりそうだ。そして、ホームレスということは………

「もしかして、死因は絞殺か?」

 佐渡はただ黙って頷いた。

 最近の2ヶ月で12人のホームレスが殺されているのだ。しかも、全員殺害方法は決まって絞殺だった。また、兇器と考えられる紐状の何かも同じ成分が

 検出された。警察の発表でも、絞殺されたことは発表しているが、その兇器の発表はしていないのだ。

 だから、捜査本部では同一人物の可能性が高いと考えているらしい。

 久しぶりに現場に戻ってみたらまた、厄介な事件が起きている。


「本日発見された被害者はまた、絞殺されておりました。引き続き、身元を調査すると共に犯人検挙に全力で取り組んで行く次第であります。」

 沢村部長が代表してマスコミに向けた記者会見をした。

 世間からの当たりはキツイだろうと思っていたが、記者からの質問は普段と変わっていない。

 やはり、亡くなったのがホームレスだということもあるのだろうか。

 亡くなったのが高校生なら一人であっても大騒ぎするマスコミが10人以上死んでいるホームレスにはただ流すだけ。

 世間の風は冷たいものだ──────

 だからといって、犯人を見つけないわけにはいかない。世間の認識は単なる日常の1つの情報だろうが、我々にはとても重大な・・・・・・いや?我々にとっても数多くある事件の一つに過ぎないのかもしれないな。今は暇で時間を持て余しているが忙しい時は幾つものヤマを複数同時に捜査することもザラにあった。そんな状況では事件について感傷的になっている余裕は──────ない。

 だから────せめて、俺だけでも────────────。


 朝10時。捜査会議が始まった。

 広い大部屋に捜査員40人は居るだろうか?ともかく大勢の警察官が出席した。

 そして、そこで

「はじめまして。神門警部補。」

 俺の新しい相棒が声を掛けてきた。

「おう。」

 短く返事をする。

「自分は松浦南署の北川と言います。階級は巡査であります。短い間ですが、よろしくおねがいします。」

 見た目は20歳前半にしては少しふくよかな青年だ。

「ああ、こっちもよろしくな。俺はあんまり階級とか意識はしないから意見や考えがあったら遠慮する必要はない。」

「はい。ありがとうございます!」

 北川は社交辞令と受け取ったのだろう。だが、本当に俺は階級を意識していない。警部補になっていて未だに現場に出ているのは、単純に管内の人手不足ということもあるが俺自身がこのような意識を持っているからだ。だから、一部の連中からは奇怪な目で見られている。ちなみに、佐渡も俺と同じクチだ。だから、長年付き合っていけるのだろう。

 お互いの自己紹介を終え、それから、少しの間、お互いについて話合った。

 なんでも本格的に1課のヤマを抱えるのは今回がはじめてらしい。

 緊張しなくて良い、俺が付いてやるからと丸とはじめて会った時と同じ言葉を気がつけば北川に掛けていた。

 ────丸はどうしているだろうか?

 本庁に異動になって以来会っていない。会う予定もないが、実際のところあの事件についてどこまでアイツが把握していたのか。それが気になるのだ。

「あの~」

 隣の北川がこちらを覗き込む。どうやら、─────会議が始まるようだ。

 俺は思考を切り替え、沢村部長が入ってくるのを待った。


 沢村部長の声で、会議が始まった。配られた資料と前に映し出された画像を目に通す。

 今回殺害された男性名前不詳のホームレスの死亡推定時刻は昨夜20時から22時の間とのこと。もちろん絞殺。形状からしてネクタイではないと推定されるとのこと。首に付着していた繊維篇などから過去12人を殺したものと同一のロープであることが判明した。このことから同一人物の犯行であると思われるとの見解が挙がった。身元が分かるようなものを所持していなかったため未だに身元不明であり、所持品と呼べるものはボロボロになったお守り1つとところどころ穴が空いているバスタオル、パンク寸前の自転車程度だったそうだ。

 スクリーンに頬が細くなった被害者の顔が映し出される。年齢が70歳後半から80歳前半との推定されている。

 これからの方針はなんとしても身元を割り出すことだそうだ。あの公園に住み着く他のホームレスに話を訊いても名前まではわからないらしい。

 そういうわけで、捜査会議は終わった。

 俺は過去の事件の資料を引き続き読むことにしたため、会議室に残ることにした。

 北川も今回からの捜査参加ということで、一緒に資料を読むことにした。

 一通り事件の概要に目を通す。

 厳しいなというのが俺の印象だ。ふと、隣に目を向けると、北川は驚いた顔をしていた。

「どうかしたのか?」

「あ、それがこの4番目に亡くなったヒト、俺見覚えがあるんすよ。」

「なに!?一体、どこで会ったんだ?」

「ええっと、ちょっと待ってください・・・・たしかあれは・・・」

 過去を振り返っているようだ。どうやら随分前のことらしい。

「ああ!そうっす、あれは、俺がデカになったばかりだから3年ほど前の・・・・・松浦南駅前交番に勤務している時っす。」

「ああ、それで?」

「それで・・・駅前のベンチで寝てたんっすよ。なんで、ここは寝る場所じゃないっすよって声掛けたら、すっげー声を荒げてきてもう、大変だったんすよ。色々と説得したんですけど、聴いてくれなくて。公務執行妨害で現行犯しようかと思いました。でも、なんか可愛そうになっちゃって、その場は見逃してあげたんっすよ。」

「なるほどな、被害者とそんなことがあったのか。でもお前もちょっと配慮が足りてないんじゃないか?ホームレス相手にそんなことを・・・・」

「仕方ないじゃないっすか、俺まだなりたてでしたし、ホームレスなんて実際にいるなんて思わなかったもんですから。それより、俺このヒトについて調べたいんすけど?」

「そうだな・・・・」

 縁もある、やる気も感じられる。こういう時はやらせてみると思いの外いい結果につながるものだ。棚からぼたもちともいうしな。

「いいだろう、一緒にこの男を調べよう。」

「ああ、やったす。」

 ガッツポーズをする。

 しかし捜査の前に言いたいことがあった。

「お前の・・・・その口癖は治せ!!」

「す、すみませんっす。」

 ・・・・どうやらダメみたいですね。

 口癖注意を終えたあと、会議室を出て、4番目の被害者が亡くなったという松浦東駅前に向かう。

 松浦東は繁華街なども多く、松浦市の中でも松浦中央に続く形で栄えている。

 車の助手席に乗り込み、事件の概要を改めて確認する。

 被害者の男性は松浦東駅付近のベンチで遺体となって発見された。

 年齢は40代後半とのこと。写真で映っているのは白髪が多くなっている状態だったため意外と若いということに驚いた。

 身元を証明する類のものはない。ただ、所持品から財布や時計や衣服などが一式キャリーケースから発見されたため、ホームレスになって間もないのではないかと思われる。

「確かに、僕があった時もスーツを来ていた気がするっす。」

 運転席の北川が話しかけてくる。

「スーツ?なら、どこかで働いていたということか?」

「そこまでは、覚えてないっすけど。」

 身長178センチ、痩せ型、身体には目立った所見はなく、絞殺されていたことから事件はすぐに連続殺人と判断されたそうだ・・・・

 所持品に指紋が幾つか付いていたが、前歴はなく主に付着していたのは付近のホームレスのものだったそうだ。しかし、彼らは事件当日は食料配布にならんでいたというアリバイがあったそうだ。

「確かにアリバイがあったんじゃ、犯人ではなさそうですね。」

「いや、そうとは限らんぞ。」

「どういうことっすか?」

 語尾が戻ってるな・・・

「ホームレスが連続殺人に思わせるているとしたら?」

「・・・・そっか、連続殺人で同一犯ってなると一つの事件について確たるアリバイがあればそれだけで容疑者から外されるっすね。」

「そういうわけだ・・・」

 とはいえ、この程度のことあの部長や佐渡なんかが思いつかないはずがない。だが、この推理には欠陥もある。だからだろうか?

「あれ?でも、凶器が一致してるんすよね?だったら、やっぱり犯人は一緒なんじゃないっすか?」

「そうだな。13件全て一緒だ。─────とはいえ、凶器はネクタイ。繊維が同じものなんてザラにある。」

「凶器が公開されてなくても、用意できますもんね。」

 とはいえ、今のはあくまで推理、その証拠を探すのが捜査なのだ。

 橋を渡り終える。東エリアに行くのは一番時間が掛かるのだ。─────その時

 ある疑問が湧いてきた。

「お前、さっき害者とあったのは南エリアだと言っていたよな。」

「はい、そうっすよ。」

「だが、害者は東エリアで発見された。」

「で、でも、会ったのはもう3年前っすよ。それだけ時間があれば移動だってするっすよ。」

 ──────────たしかに。

「それも、そうだな。すまん、忘れてくれ。」

「いえいえ。でも、神門さんってホント噂通りの人っすね。」

「どんな噂なんだ?」

「そりゃー、変な所に気がついて、事件をかき乱す。積極的に捜査に加わる変態刑事だとなんとか」

「───────────」

「でも、不思議と事件を解決に導く名刑事だとか。」

「────────。」

 なんか色々といわれている。まあ、無理もない・・・か。

 そんな話をしている間に目的地である、駅はもう目の前だ。



 発見現場のベンチを調べる。一ヶ月経っているということもあり、普通に使用可能だ。実際俺たちが来るまでお年寄りや子どもたちが座っていた。事件は既に過去のモノになっているのだ・・・。

「なるほど、ここで発見されたわけか・・・」

「そうみたいっす。時間は朝6時ごろで、駅の清掃員が不審に思って通報したところ死亡が確認されたみたいっすね。」

 殺されたのは夜中2時ごろだそうだ。

 昼間は人通りも多い。そうなるとターゲットは現れない。なら───

 俺たちは近くの公園に来ている。駅と違い閑散としている。最近の子どもは外で遊ばなくなったと聞くが、確かに子どもの影はなかった。

 とはいえ、その原因はこの公園にもあるだろう。厳密にいえば、この公園に居る人たちだ。

「ちょっと、話を訊きたいんだが?」

 そうやって、この公園にたむろしているホームレスに警察手帳をみせる。

 こういう聞き込みはアイツにやらせたいんだが、当の本人は

「無理っす、なに訊いたらいいかわかんないっす、あんなヒトと話通じないっす。」

 と言って俺の後ろに立っている。

「なんだい?」ぶっきらぼうに言い放つ。

「最近、ホームレスが殺されている。知っているか?」

「あん、馬鹿にすんなよ。それくらい知ってら・・・」

「なら、この男についてはどうだ?」

 そう言って四番目に殺された男の写真をみせる。

「ふん。」

「おい、どうなんだ。」

「天下の警察様がこんなホームレスの正体すらつかめてねえとはな。こんなんに税金を払うのがバカバカしいぜ。」

 今は払ってねえだろうがという言葉をぐっと堪える。

「その口ぶりしってるんだな。」

「あたぼうよ。・・・でも、無料ってわけにはいかねえな~」

 コ、コイツ・・・・・完全にこちらの足元を見ている。それにこの態度。そもそも、情報が正しいかどうか、本当に知っているかすら怪しい。普通の刑事ならまず相手にしないだろう。そう・・・・普通なら。

「分かった、いくらだ?」

 だが、例外は存在する。後ろの北川は目が丸になっているだろう。

 老人のホームレスも驚いた顔をしている。まるでこの世のものではないモノを見た。そんな顔だ。しばらく、黙ったあと。口を動かした。

「へえ~、アンタ、イイねえ話がわかる。前来た刑事は怒って去って行きやがったがな」クククと笑う。

「それで、いくらだ?」

「おいおい、誰も金なんて言ってねえ。俺らみたいなのは金を持ってても煙たがれるんだ。だから今から買ってきてほしいもんを書くから待ってな。」

 そう言ってダンボールの家の中に入っていった。

 後ろから北川が話しかけてくる。

「これ、まずいんじゃないっすか?」

「ああ、まずいな。だから、黙っておいてくれ。」

 ええ~と顔をしかめる北川。これも一種のハラスメントだろうか。

 あの男が中に入って20分経っただろうか。ようやくそれは姿を現した。

「またせたな。まあ、これらを買ってきてくれや」

 紙を渡してくる。その文字は以外にもキレイな字で書かれていた。商品の数は15種類ほどあるだろうか。しかも、細かく注文が付いている。

「わかった。これから買ってくる。言っておくが・・・」

「わかってら。約束はきちんと守る。これ俺の信条だからな。」

「・・・・・・」

「今日中に買ってくる。が、一度に買ってくるのは手間だ。とりあえず、夕方の6時に一旦戻ってくるから。ここにいろ。いいな。」

「へへっ。時間なんてわからんわ。生憎な。」

 そう言いながら、俺の腕時計を見てくる。

 俺は腕時計を外し、奴にわたす。

「いいな、大事にしろ。」

 そう言って、俺たちは公園をあとにした。


「大丈夫ですか?」

「何がだ。」

 運転中に北川が口を開く。

「ほら、あんなヒト信用しても」

「事件解決のためだ・・・」

「だからってこんなおつかいしなくたって。」

「そこまでだ。北川。お前は俺に従うように命令された。俺は命令した。なんかあったらそう言え。」

「・・・・まあ、いいんすけどね。・・・でも、あの時計絶対売られてますよ。」

「フン、そん時はそん時だ。」

 今は頼まれた物を買うことにしよう。

 俺たちは買い物のために中央エリアにある大型ショッピングモールミオンに来ている。俺たちは二手に分かれて買い物をする。

 俺が食品を、北川が雑貨を買う。

 缶詰やレトルト食品などを籠に入れる。

 それも箱ごとだ。かなりの重さと金額になるだろう。

 買い物を終え、待ち合わせ場所のカフェの前のベンチに腰を掛ける。

 あとはこれをあの老人に届けるだけだ・・・・。

 北川は胡散臭いと思っていたようだ。俺も最初はそう思った。だが、ナニカを知っている・・・俺の直感がそう告げたのだ。

 それにしても、この殺された男について一体どんなことを知っているのだろうか?

 最低限名前だけでも知りたいところだが、─────────果たして。

「おまたせしましたっす。」

 北川がようやく来た。両手はカートでふさがっている。しかし、多くのものを買ったものだ。懐中電灯に手袋、マフラータオル、ニット帽、カイロなどこれからの冬に備えているのだろうか。

「ああ、くっそ、あのじいさんたくさん注文しやがって。これで、何も知りませんだったらただじゃ済まさないっす。」

「よし、じゃあ行くか。」

「ええ!?もういくんすか?せっかく、ミオンに来たんだからお茶でもしていきましょうよ。」

「必要ない。」

 今は勤務時間だということを忘れているらしい。

「ま、待ってくださいっす。」

 そう言いながら、後ろから付いてくる。

 そうして、買い物を終えた俺たちは約束通り、物を渡し、情報を得るはずだった・・・得るはずだったんだ・・・。

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逆転事件 @zerozero114

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