第6話 高校生自殺事件 完

 鎮火された時は既に朝だった。松本がどうなったのかはわからないが、一階のあの部屋の真下に当たる部屋から3人の焼死体が発見された。そのうち、2つは大輪田、水元であると判明したが、もうひとりは損傷が激しく、判別不能だったそうだ。ただ、体格や状況から松本だろうということで処理された。

 出火原因はホコリ。所謂、トラッキング現象だと判断された。

 結局この事件は被疑者死亡という形であっけなく幕を閉じたらしい。

 というのも、俺たちは脱出には成功したが、かなりダメージを負った。そのおかげで、3週間入院していたのだ。だから、復帰したときにはもう事件は過去のモノになっており、だれもが新しい事件に忙殺されていた。


「お待たせしました。」

 丸が声を掛けてくる。こうして会うのも久しぶりだ。用意しておいたコーヒーを渡し、署内の休憩室に向かう。

 椅子に座る。話を始める。

「こうして、お話するのも懐かしい気がしますね。」

「ああ、そうだな。」

 病院で入院していた期間はオレの方が長い。丸は2週間としないうちに退院していた。

「新聞見ました?」話題を降ってくる。

「ああ、あの高校の校長が自殺したとか。」

 今朝の朝刊に載っていた。

「あれだけ、マスコミに叩かれたら仕方ないって気がしますね。」

 事件の真相が発表されたあと、学校は非難の嵐にあった。当然だろう。生徒5人を死なせ。いじめを教師が手動していた。そのうえ、いじめの認知を校長がもみ消していたらしい。

「巫山戯た校長ですよ。ホントに。」

 コーヒーを一気に飲む。

「それで、話ってのはなんですか?辞令のことなら・・・」

「いや、そうじゃない。少し確認しておきたいことがあったんだ。」

「なんですか?」

「丸。お前、水元とどういう関係だったんだ?」

「!!!」

 二人の間に沈黙が流れる。

 一体どれほど流れただろうか。しかし、それを丸が壊す。

「一体、いつ分かったんですか?」

 それは自白と同義の言葉。

「確信したのは、水元が殺された時のこと。あの時のお前の様子で確信に変わったよ。」

「あの時はわれを忘れてました。・・・・でも、確信ってことは薄々感づいていた?」

「ああ。水元の部屋にあったカレンダー。あの丸印はお前と会う日だったんだろ。それから、水元を庇うような態度。きわめつけはハンドクリームだ。俺があの臭いを覚えていたのは前に嗅いだことがあったからなんだ。それを思い出したときにお前の顔が浮かんだんだ。」

 推理、いや、妄想程度の何かを話す。彼はただ、黙って聴いていた。

「・・・凄いですね。神門さん。たったそれだけで気がつくなんて。」

 それはいつぞやにもらった称賛と似ている。

「なぜ、黙っていたんだ?」

「まさか、ばれるとは思わなかったですし、外では他人のフリをするという約束だったもので。でも、彼女があんなことをしていたことは知りませんでした。」

 きっぱり告げる。それが本当かどうかは今となってはわからない。

「そうか・・・。」

 短く呟く。

「話は以上ですか?異動が決まって忙しいものですから。」

 そう。もう彼は俺の部下ではない。めでたく、出世が決まったのだ。

「来週から本庁だな。がんばれよ。」

 きっと、もう会うことはない。そんな予感がした。

「ええ、神門さんも。」

 こうして、──────────────────俺たちは別れた。




 丸と別れたあとの午後俺はあの学校に来ていた。

 理由は単純。ただ、母校のその後が気になったから。それだけだ。まあ、母校といっても併合したから、俺の知る学校ではない。併合先がこの学校だったというだけ。特別な感傷があるわけでもない。

 校庭には部活をしている生徒の姿。あんなことがあっても以前と変わらぬ日常を彼らは送っている。思えば、生徒にはどのような説明がされたのか。24Rはどうなったのだろうか?

 そう考えていると、生徒の一人がこちらにやってくる。いや、正確にはこちらに飛んだ野球ボールを追いかけにきたのだ。転がってきたボールを手に取る。

「はいどうぞ。」と生徒にわたす。

「ありがとうございます。」

 とお礼を述べたあと続けて、「もしかして、刑事さんですか?」と質問してきた。

「ああ、そうだが。君もしかして、24R?」

「はい、そうですよ。」

 これは良い、せっかくの機会だから幾つか教えてもらおう。

「少し、訊きたいことあるんだが?」

 わかりましたと言って、このことを顧問に伝えに行く。

 待つこと5分ようやく戻ってきた。

「すまないね。」

「いいえ、こっちも訊きたいことがあったんです。」

「そうかい、なに、学校の様子を訊きたくてね。ほら色々言われているだろ?」

「ああ、確かにいわれてますね。でも、俺たち詳しいこと聞かされてなくて・・・・」

 当然だろう。未成年の名前をおいそれと話せないだろうし、学校側にも体面を気にする必要がある。

「でも、雰囲気でなんとなくわかるんです。うちの担任の水元先生が免職されたってことや何人か学校に来なくなって机とかまだ残ってるけど・・・そういうことなんだなって。」

 最近の子どもはとても鋭い。最近は人間関係が希薄になっていると世間でいわれているがそんなことは無いようだ。

「そうか。まあ、それに関しては詳しい話はできないんだ。」

「そうですよね。前に来た刑事さんにも同じこといわれましたから。」

 どうやら、俺の他にもここに来た人物が居るらしい。

 よほど、暇なのか・・それとも。

「あの、俺からもいいですか?」

「なんだい?」

「質問っていうか、お願いに近いんですけど。」

「内容次第だが、聴くだけ聴こうじゃないか。」

「俺のクラスに杉野っていうやつがいるんです。そいつが最近学校に来てなくて。」

 そうか、やはり名前は伏せてあったのだな。・・・・・・・・あれ?さっき、

「そいつはクラスのリーダー的な存在で、先生やクラスみんなが頼っていたんです。でも、あのいじめ事件があってから一回も学校に来なくなったんです。」

「・・・・・・・・」

「杉野は人をいじめるやつでもいじめられるやつでもない。ないんです。クラスでいじめていたのは大輪田とか菊池、あと櫻井とかで、いじめられていたのは多分だけど・・・松本くんかなってみんな思っているんです。みんな来なくなったメンバーですから。もちろん、事件のあと自主的に来なくなったやつもいるんです。でも、そういうやつはちゃんと、みんなに連絡してて・・・・。なのに、杉野だけ連絡が無いんです。先生に訊いても知らないっていうから。それで、刑事さんに彼の居場所を突き止めてほしいんです。」

「・・・・・」

 思考が追いつかない。杉野が学校に来ないのは分かる。もう、この世にはいないのだから。それを教師が知らせないのも分かる。

 だが、だが、───────────────杉野はいじめを受けていなかった?

 事件を思い出す。

 ………そうだ、確かに彼の遺体からナイフなどの傷はなかった。思い出せ、松本はたしか、暴行を加えたとも言っていた。しかし、その痕跡はない。そもそも、自殺だとしたのは警察ではない。

 水元がいじめを、認めたため、自殺だと警察は考えた。

 なら、水元がいじめを認めたのはいじめられていたのは杉野だと錯覚させるためか。

 いじめの詳細は校長が潰していたそうだ。なら、他の教師は具体的な誰がいじめられていたのかを把握していなかったのではないか?いじめの事実には感づいていた教師たちは杉野の死=いじめられていたのは杉野だと思った。そう考えると、教師たちの反応にも説明がつく。水元はあの時除け者にされたのではなく、自ら、いなくなることで説明をせず、誤解を正解にしようとした。

「あの、刑事さん?」

 生徒が、こちらを覗き込んでくる。

 すまないとだけ言ってこの場から立ち去った。

 そして考える。あの生徒が嘘をついている可能性………いや、それは低い。そんな理由はない。

 ならば、もし、水元たちのいじめと杉野の自殺が繋がっていないとしたら?

 松本は思えば杉野のことは何も話していなかった。だとしたら、

 なぜ、なぜ、──────────杉野は自殺をした?

──────────────────────────────────────

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