第5話 高校生自殺事件
夜もふけた20時、俺たちは操作会議に出席していた。もちろん、アノ現場についての説明をするためだ。
捜査の結果判明したことがあった。
ナイフには主に4人の指紋が付着していたらしい。それは、菊池、櫻井、水元の一人が判明しており、状況的にあと一人は大輪田だろうとのこと。今確認を進めている。そしてあの血塗れのナイフには水元の指紋しかついていなかったそうだ。
血痕は寝室を中心に発見されており、あの家全体にまばらにあったそうだ。
そして、ハンドクリーム。俺たちの目的物。
驚くことに使用された形跡はあるものの、指紋は一切ついていなかったそうだ。
毒を入れていた容器についても同様らしい。
そこまでの発表が終わった後、佐渡が、推理を述べた。
「今回の一連の事件の犯人は水元清子であると考えます。彼女は菊池、櫻井、大輪田の三人とともに杉野、松本の両名をいじめていたのではないかと考えます。」
「水元の部屋でか?」
沢村部長が質問をする。
「はい。血液鑑定が終わればはっきりすると思います。」
「うむ。」
「恐らく、事件の流れはこうです。
水元たちは杉野くん、松本くんをいじめていた。ナイフを使った悪質なものだったのでしょう。そして杉野くんはそれに耐えきれなくなり、せめてもの反撃として教室で自殺した。どうやってかは、わかりませんが、その事実を大輪田たちは知った。知ったのは恐らく土曜日でしょう。そして、水元たちは揉めた。その結果として、三人は殺害されたのです。」
「なぜ、土曜日だと?」
「はい。恐らく土曜日がいじめをする日だったからです。これをご覧ください。」
会議室の前にスクリーンに捜査官の視線が集まる。映し出されているのは部屋にあったあのカレンダー。
「このカレンダー、土曜日に丸印がついています。恐らくこれがいじめのマークではないかと。」
「…………」
沢村部長は黙ったまま佐渡の推理を聴いている。
「・・・・・しかし、杉野くんの身体にナイフで刺された様子はなかったとのことですが?・・・」
他の捜査官が指摘をする。
「確かに刺された傷はなかったとのことですが、切れた痕があったと報告書には書かれています。その傷とナイフの形状が一致すれば裏付けになりますし、松本くんが傷を負っている可能性もあると考えています。」
指摘した捜査官は黙って椅子に座る。
「とにかく、松本くんと大輪田くんの捜索が最優先だ。」
力強く、部長が声を上げる。
「彼らの居場所は分かっているか?」
「はい。松本くんですが、今日は遊びに行ったとのことですので、家にいると思います。」
「大輪田くんについては未だに詳細がつかめていません。」
「うむ。ならば、まずは松本くんに事情聴取ならびに血液検査を依頼しろ。佐渡、お前たちに任せる。」
「はい。」
佐渡とその部下が勢いよく返事をする。
「他の者は引き続き、水元、大輪田両名の捜索を続けろ。先に大輪田くんは既に殺されているという考えがあったが、それに囚われず柔軟に対応しろ!良いか、これ以上
被害者をだしてはならんぞ!」
部長のこの一言で会議は終わりを告げた。
会議室から出ようとした時、佐渡と目が合った。その目は
「今回のヤマはいただいた」とでもいいたそうだった。
丸と共に出ようとした際、「待て、神門、丸。」
と部長から呼び止められた。
「なんでしょうか?部長?」
丸が恐る恐る尋ねる。
「お前たち、俺が支持する前に水元の部屋について捜査していたな?」
「・・・・・・・」
どうやら、お見通しだったようだ。
「えっと、それはですね・・・ハハ?」
丸が必死に何か弁明しようとしているが無駄だろう。
「ふん、神門お前のワンマンなところは折り込み積みだ。丸も感化されているな。」
「申し訳ありません。全ては俺の判断です。処罰はいかようにも。」
「ふん。お前達を処罰しても面白くもなんとも無い。それに・・・・」
キャリアである丸に汚点をつけさせたくないのだろう。丸の立場、そして上司の立場を考えると当然だ。
「そこで、公に罰しはしない。ただ、貧乏くじを引いてもらうぞ。良いな!」
「はい。ありがとうございます。」
ここは黙って受け入れるしかないだろう。
「それでどのような?」
俺は尋ねる。
「これを見ろ。」
と封筒の中に入っている紙を見せてくる。
「これは・・・・・・・」
そこには松浦北市にある一件の家について書かれていた。
「それはな・・・水元の実家だ。」
「実家ですか?」
丸が尋ねる。
「ああ、だが今はだれも住んでいない。空き家というやつだ。」
「空き家なら潜伏先になりうるな。」
「だが、調べによると廃墟寸前らしい。」
「だから、僕たちが行くんですか?」
「ああ、良い貧乏くじだろ?」
「なるほど、重要な場所ではあるが、意味は薄い。おまけにここら一体は山々に囲まれている辺鄙な土地。それで・・・・」
「ああ、分かったらとっとと行け。」
と手を振り、追い出された。
会議室を出る寸前。部長と不意に目が合った。その目は「準備はしていけよ。」と訴えているように感じられた。
「ハア~遠いですね。松浦北市に行くのは」
運転中の丸のボヤキが聞こえる。
とはいえ、丸がそうボヤくのも無理はない。松浦市は主に5つのエリアによって構成されている。
都市部である「松浦中央」。駅や繁華街、オフィスなど一番人が集まるのはこのエリアだ。そして、この中央から4本の橋がある。「東橋松浦」を渡ると「松浦東」だ。橋を渡れば、車で15分とかからない。主に住宅街が多い印象だ。
「南橋松浦」を渡れば「松浦南」。「西橋松浦」を渡れば、「松浦西」。「北橋松浦」を渡れば「松浦北」。それぞれに行くことができる。しかし、構造上松浦中央を通らなければ車でそれぞれのエリアに行くことはできない。
そのための対策として湖岸に遊覧船や定期便によって人々は移動をしている。
そして、俺たちが向かっている松浦北は山々に囲まれた自然溢れる場所、そう言えば聞こえはいいが、実際は人口減少によって錆びついてしまっている。昔は栄えていたようだが、ある事件がきっかけとなったことで人が流出していった結果らしい。
現在は高齢者や浮浪者の溜まり場となっている。警察官からもこのエリアに配属はされたくないともっぱらだ。
こういういわくがあるからこそ、俺たちが罰として派遣されたわけだ。
「どうですかね?居ますかね、水元は?」
「わからん。だが、こういうのは一つ一つ潰していくしかない。」
現在、夜の9時40分。あと、20分もすれば、目的地に到着できるだろう。
「神門さん、寝てても構いませんよ。なんだったら、僕一人で行ったって構わないわけですし。」
「馬鹿いえ、お前一人でいかせられるか。それに、水元が潜伏している可能性だってある。」
「ええ?ありませんよ。いくら実家があっても北ですよ。逃亡中だからとしても行かないですよ。だって、北に行ったらもう逃げられないじゃないですか。」
丸の言うことは最もだ。松浦北は地理上、この市の最北端にある。そのうえ、周囲を山々に囲まれているため、車での強行は不可能に近い。つまり、北に行った時に他の場所に逃げようと思ったら、取れる行動は2つしかない。
1つは橋を渡り中央に戻ってくる。そこから他県、他市に移動する。これが最も安全で現実的だ。
2つ目は船で他のエリアに移動すること。しかし、船は18時までしか動いていない。逃亡するならばとっくに船に乗っていなければいけないのだ。
だから、無駄足だと部長は言ったのだ。実家だと分かれば警察は追求してくる。こんなこと水元がわからないはずがない。そう、松浦北に行ってしまえば、袋のネズミ。もう、逃げることはできないのだ。
だが、これは水元が逃亡を図った場合の話。
──────いや、待て。なんで、水元は逃走したんだ?
「なあ、丸。どうして、彼女は逃げたんだろうか?」
「そりゃ、自殺者もいますし、二人の遺体が見つかって捜査が自分に及ぶと判断したからじゃないですか?」
一見妥当な答えに思える。
「だが、あの時はあくまで教師として取り調べを受けていただけだ。それに、二人の遺体が見つかったことをどうやって知ったんだ。」
菊池と櫻井の遺体が見つかったのは昨日の深夜。朝早くからニュースや新聞に取り上げられてもいないし、名前も公表していない。昨日の夕方、夜の時点で彼女が逃走を図る理由がないのだ。
「・・・・・・・」
丸は黙ったまま、ハンドルを動かす。もうじき、目的地に到着する。
俺は深呼吸をして、気持ちを切り替える。
──────そうだ。
逃げるためでないのなら、見方を変えるべきなんだ。
丸の携帯の着信が鳴る。表示されたのは沢村の文字。
「もしもし、神門です。」
「沢村だ。今、北エリアに向かっているな。」
「はい。もうじき着きます。」
「そうか。連絡したのは松本のことだ。」
「松本、松本蓮のことですか?」
「ああ、佐渡の報告によるとまだ、家に帰ってきていないらしい。」
「・・・・それは、つまり」
「水元の人質になった可能性があるということだ。」
「・・・・・・」
ナニカを言いたかったがそれは声にはならなかった。
「迂闊だった。いじめられていたことは分かっていた。いわば、生き証人だ。口封じを図ってもおかしくはなかった。」
その声からは後悔が読み取れる。
「もし、水元と接触した場合、迂闊に手をだすな。人質の安全を最優先だ。わかるな。」
念押しということだろう。そして、俺たちに伝えたということは北エリアに水元が居
る確証があるのだろう。
「それと、これは報告だが、」
と幾つかの新情報がもたらされた。
それらを聴いて、目を閉じる。これから成すこと。成さねばならないこと。事件を思い返し、思考を纏める。
──────そして、一つの仮説に行き着いた。
車が闇に停まる。目の前には闇に浮かぶ家一つ。周りの街灯は機能していない。純黒が辺りを支配している。
俺たちは持ってきた懐中電灯の明かりを頼りに家までたどり着く。
「まるで、幽霊屋敷ですね。」
丸がそう呟くのも無理はない。夜という状況、廃墟となった家。俺たちが居るのはそういう場所なんだと。
「失礼します。」
ノックをしてドアを引く。最近では珍しい、引き戸だ。
すっ、と簡単に開いた。目を合わせ、中に入っていく。
懐中電灯で部屋の中を照らす。ホコリや蜘蛛の巣が張っている。
「!!!」
よく見ると、ホコリがなくなっている部分があった。
丸もそれに気がついたようで、こちらを見てくる。
うなずいたあと、俺たちはホコリが切れている跡を追いかける。
その跡の周りにはところどころ赤い液体がこびりついている。
そして、行き着いた先はこの家の最奥にある階段だった。
階段を登る。ギシッ、ギシッと音を立てる。このまま崩れてしまいそうだ。
階段を登り終わり、再び跡を見る。それはまっすぐ、一番奥の部屋へと伸びていた。
確かにあの部屋の位置ならばカーテンで隠せば、木々に覆われていたから、光はもれないだろう。
「入るぞ」
横を見ると丸は拳銃を構えている。
ガタッと扉を開く。
「警察だ!」
丸が拳銃を持ち、中に入る。
その部屋の中にあったのは3つの影。
1つ目はいじめの被害者だった松本。
2つ目はいじめの加害者だった大輪田。
3つ目は生徒とともにいじめを行っていた彼らの担任である水本。
そのうち2つには倒れている。おそらくもう、息はないだろう。
「・・・・え?どうして?」
丸から溢れる驚きの声。
それも無理はない。なぜなら、その場で立っているのは大輪田でも、水元でもない。
─────いじめられていた松本蓮だったのだから。
「あ・・・。」
松本の顔を写真では見ていたが、実際に見るのははじめてだ。しかし、写真に映っていた優しそうでおとなしそうな雰囲気は消えていた。別人といってもいいレベルだろう。そして、それだけで十分だった。
「・・・これは一体どういう状況なんですか?」
松本が口を開く。
「・・・ああ、きみが松本くんだね。我々は松浦中央署の者で・・・」
と丸は迂闊に松本に近づいていく。
「待て!!」
思わず声を荒げる。お前はまだ、この状況がわからないのか?
「君がこの二人を、いや、菊池と櫻井を殺したんだな?」
「え?」
丸が驚きをこぼす。
反対に松本は涼しい顔をしている。
「そうですよ。オレがあのゴミどもを掃除しました。」
犯人はあっさり自白した。
「まさか、こんなに早くここにくるなんて。そうじゃなければ、警察は犯人は水元だって思わせられたのに」
とここで、はじめて悔しそうな顔をみせる。
「いや、俺は君があの2人を殺した犯人だと思っていたよ。」
思い立ったのはつい先程だがな。
「へえ~、厳つい見た目通り、凄いねあんた。そっちの腰を抜かしているボンボン刑事とは大違いだ」
その声には称賛と侮蔑が含まれているようだ。
「では、訊かせてもらいましょうか?刑事さん?どうしてオレが犯人だって思ったのか。その推理を!」
「推理というほどのものではないがね。まず、疑問に思ったのはなぜ、水元が3人を殺したのかということだ。最初は口封じだと思っていたが、それはおかしい。なぜなら、彼女はいじめがあったことを認めているからだ。いじめを認めないほうがずっと楽なはずなのに。」
「でも、怖くなったのかもしれませんよ?いつ、裏切られるかわからないと」
「いいや、水元はあの3人を完全に手懐けていた、いや脅迫していたんだ。部屋にあったナイフの幾つかから3人の血液が検出されたそうだ。」
先程、連絡を受けたことだ。
「へえ~。なるほど、通りで立派な忠犬だったわけか。ゴミという表現は違っていたかな?」
「くだらないことをいうな。」
やつはキッと睨んでくる。
「水元が3人を殺す動機はない。だから、他に動機があるのは君しかいなかったんだ。」
「自殺だと考えなかったんですか?」
「君がそう仕向けたんだろうが、むしろ逆効果だった。自殺が偽装だとすぐにバレたからな。」
奴は顔を上げ、ため息を漏らす。
「・・・・裏目に出たか。ああ、そうさあいつらはオレが殺した。あいつら、毎回あの女の部屋でオレをいじめるときは決まってあの女の私物を盗んでやがったんだ。時には下着まで盗んでて笑っちまったぜ。」
「それを利用したんだな。」
先程まで沈黙を守っていた丸が口を挟む。
「ああ、毒はあの部屋に置いてあったし、ハンドクリームは市販で出回っているやつだからな。あとは、手が口に触れるだけで・・・ってわけさ。死んだあと、ゴミは捨てないとなって思ったから山に捨てたよ。まあ、その時大輪田だけは残しておいた。水元に罪を被ってもらうためにね。」
「ここまで運んだ、いや運ばせたんだな。水元に。」
遺体となった彼女を見る。その口はもうなにも喋らない。
「ああ、水元のやつ、なぜか急に態度を変えてきたからな。なんでも、お願いを聴くと言われたからここまで来たのさ。」
「・・・・・」
「あとは、この部屋に入った瞬間を後ろからナイフで・・・・ってね。」
「どうして!どうして!そんなことを!」
丸が叫ぶ。その声には確かな怒りが感じられる。
「え?」
部屋に間抜けな声が響き渡る。松本の顔先ほどとはまったく違う純真な驚き。
「フフ、そんなこと、復讐ですよ。」
当たり前でしょう。というのと同時に顔が赤くなる。
「オレが────どんな目にあったか、殴られ蹴られは当たり前。
─────ナイフで刺され、食べ物を取られ、髪を切られ、それを─────笑う。それが・・・・・どれだけ・・・どれだけ苦し・・・かったことか。
アンタにはわからんだろ?」
声を失った。予想以上のことが彼には行われていたのだ。
彼の復讐はまっとうな復讐だろう。
しかし、─────────方法がダメだ。
「これで・・・・全部の謎は解けましたかね?」
彼の目はギラギラと輝いている。
「いや、まだだ、まだ、杉野の件が残っている?」
「あああ?杉野?──────なんだ・・・・・」
そう言い終える前、爆発音が周囲を駆けた。
「な・・・なんだ?」
丸が慌ててカーテンを開け、窓を開ける。瞬間、ナニカが燃える臭い。しかも、すぐ近くから、───────否、燃えているのはこの家だった。
一階から出火したらしい。階段には既に火が回っている。
「早く、早く逃げないと。」
丸が必死に叫ぶ。ふと、目を向けると松本の姿はどこにもない。
まさか、と思った瞬間。彼の居た場所に行くとそこには穴があいていた。彼が着いた先は地獄の中。とうてい助かるものではない。助かるつもりがない。
「神門さん!!」
丸がカーテンや服をありったけ纏めている。ここは衣装室だったのだろうか。
「これで、逃げましょう。」
そうして、俺たちは煉獄の中から脱出した。
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