第3話 高校生自殺事件

 雨が降っている中、遺体となった少年、菊池海斗と対面する。

 顔には苦痛の表情がまだ残っている。外傷もないことからおそらく、毒物でも飲んだのだろう。問題は飲んだのか、飲まされたのかということ。

「まさか、遺体となって発見されるとはな・・・」

「ええ、正直驚きました。・・・こうなると後の2人は」

 既に亡くなっているかもしれないとは言えない。

 可能性の話だし、菊池を殺したのが残る2人かもしれない。

 遺体が発見されたのは松浦中央高校の近くの山。そこで遺棄されていたらしい。

「本部からなんですが、残る2人。大輪田雄二と櫻井健。この二人を早急に探し出せとのことです。」

「なにか当てがあるのか?」

「それが・・・無いそうです。」

 だろうな。あったらそんな指示はしてこないだろう。

 彼の所持品は全てなくなっている。手がかりは全く無い。

 こうなると、佐渡の方に望みを託すしかなさそうだが・・・・

 そんなことを思いながら遺体が運ばれていくのを黙って見ていた。

 すれ違うその瞬間、遺体から少しなにか甘い匂いがした気がした。


「さて、どこを探します?駅前とかはもうほかの人たちが当たってると思いますけど。」

「水元」

「・・・は?」

「あの、水元っていう教師を洗う。」

「え、な、なんでですか?」

 困惑を浮かべる丸。当然だろう。俺だってなにか根拠があるわけじゃない。強いていうならあの教師が引っかかるからだ。長年刑事やってる者のカンというやつだが。

「ですが、それは・・・・」

 本部の命令に背くんじゃ・・・と組織人らしい言葉。まったくもって正しい。正論だろう。しかし、正論だけで事件は解決しない。全員で考えたことが正しいとは限らない。ただ、正しいと思いたいだけ。ベストではなくベターを目指すのだ。

 ただ、それが自分には時折無償に耐えられないことがあるだけ。それだけなのだ。

 だから──────────

「責任は俺が取るから安心しろ。お前のキャリアに傷はつけんさ。」

 と車を発進させる。行き先は松浦中央高校。



 遅い昼飯を済ませた後、再び学校に戻ってきた。

 午後3時。普段なら授業中だろうが、事件があったせいで休校。取り調べは終わっているが教師はまだ校内にいるはずだ。

 校内に向かおうとしたが、マスコミが正門を陣取っていた。生徒が自殺したということは警察はまだ発表していないが、今の世の中で完全に情報遮断などできるはずもない。

 そんな群衆を掻き分け校内に入っていく。


 職員室に行ったところ、水元は科学実験室にいるとのことで科学実験室に向かう。

 職員室の雰囲気から今の彼女の立場がなんとなく察せられた。

 その教室は3階の一番端にある。24Rの教室とは渡り廊下を挟んで目と鼻の先にある。

「失礼します」

 ノックをして、入室する。しかし、教室を見渡しても水元の姿はない。

「入れ違いになりましたかね」

 一旦、職員室に戻ろうとした時

 ガチャリと教室の奥にあった扉から、彼女は現れた。

「あら?どなたかしら?」

 白衣を身に纏った彼女はまさに化学の教師に相応しい雰囲気をまとっていた。

 取り調べの時とはどことなく、言葉では表せない雰囲気がある。

「といっても決まってるわよね。また、刑事さんでしょ?」

「そうなんです。入れ替わり立ち替わりすみません。」

 丸が返事をする。

「良いですよ。それがお仕事なんでしょうし。」

 その声からは慣れましたとでも言いたげだ。

「では、単刀直入に訊きます。どうして、いじめを認められたのですか?」

「・・・そんなに不思議かしら?」

「ええ。少なくとも、いじめを認めなければ、あなたは今ここにはいないでしょう?」

 一人でこんな部屋にしかも、電気もつけないでいるのだ。村八分にあっていてもおかしくない。いや、先程の職員室の雰囲気から、十中八九あっているだろう。組織とはそういうモノだ。

「そうかもしれないわね。でも、良いの。いつかこんな日が来ると思っていたから。私は教師としての役目を果たしただけ、遅すぎたけど。」

 うつむきながら答える。取り調べの時のような流暢さはどこかに消えてしまったようだ。

「しかし、教師であるならどうして止めなかったのですか?」

 丸の質問が癪に触ったのか、こちらをギラっとにらみつける。

「刑事さんにはわからないかもしれませんが、男子高校生ってけっこー怖いんですよ。体格は私と変わらないし、力は向こうが上。数だって向こうが多いのに・・・私にどうしろっていうんですか?」

 彼女の言い分は最もなところもあるが、だからといってそのままで良いはずがない。とはいえ、今それを追求しても意味がないだろう。話題を切り替える。

「あなた、金曜日の夜8時から11時の間どこにいました?」

「それが、彼の死亡推定時刻なのね?」

 フフと笑った後、近くの椅子に座る。それに習って俺たちも腰を掛ける。

「家にいました。一人暮らしですので、アリバイはありません。」

 迷うことなく答えてきた。おそらく、想定していたのだろう。

「わかりました。では、次に」

 と言いかけた時、教室の外から人がやってくる。

「教育委員会の者だが、水元清子で間違いないな。」

 有無を言わせない威圧的な口調。

 ・・・・どうやらここまでのようだ。本部に連絡されても面倒なのでここで引き上げることにした。彼女が部屋を出ていく。すれ違った時、菊池からした匂いと同じ匂いがした。


「邪魔が入りましたね、神門さん。」

 不満を口にする。どこか悔しそうな表情。

「仕方がない。こっちは命令無視してこっちに来てんだ。そもそも、そういう手筈だったんだろ。」

「ところで、水元は化学や物理の先生らしいですけど、神門さんの高校生ってどんなでした?」

 車に乗り込み話しかけてくる。

「そうだな・・・少なくともそれらの教科は苦手だった。」

「・・・・そうなんですか。僕は割と理系だったんで得意でした。公式に当てはめるだけなんで。」

「なるほどな。」

 公式に当てはめる・・・・か。どうも俺はそういう定型が苦手らしい。

 教科に公式は必要だが、事件には公式はない。前提が間違っていたら、それで終わりなのだ。

 車から学校を見上げる。

 果たして水元にはどのような処分が下るのか。マスコミの数は来た時より一層増えている。小さな地方都市だが、明日からのニュースはこの話題でもちきりになるだろう。

「どうなるんですかね?この学校。」

 哀れみにも似た独り言。きっと、多くの人がそう想っていることだろう。

 ────雨はまだ、降っている。






























































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