第32話 王妃は陛下にご執心

 アルズライト王国第一王子パーシバルが起こした国王毒殺未遂事件から、一年――。

 国立魔術学院では、189期生――マルティナの代の学生の卒業式が終わりを迎えていた。


「僕、元生徒会長兼、アルズライト王国内務卿コルバティール伯爵家嫡男ディヴァン・フォン・コルバティールは、決してこの学院で過ごした日々を忘れはしない! ありがとう! 青春に感謝を!」

「生徒会、暑苦しいです。もっと爽やかなあんなこと、こんなこと、あったでしょう?」

「楽しかった思い出がシュババッと蘇ります」

「走馬灯の話ですの?」


 共に卒業するディヴァンと、別れを惜しむ後輩のヒルダとジルバに囲まれながら、マルティナは正門へと歩いていた。両手で青薔薇の花束を抱え、ゆったりと優雅な歩みだが、その周りは最後の最後まで賑やかである。


「走馬灯の速度で振り返るのは、いささか勿体ないだろう。マルティナ嬢と僕の熾烈しれつを極めた首席争いは、学院の歴史に残るものだったよ」

「あら。わたくしが勝利したというところを濁さないでくださる?」

「そうだね。その通りさ。君は、歴代最年少で戦乙女の称号を得た才女だ。尊敬するよ。……まったく敵わない」


 肩をすくめてお手上げのポーズを取るディヴァン。

 彼は、在学中ずっとマルティナを守りながらも成績のトップを争い続けてきた。つまり、騎士であり宿敵。彼の存在があったからこそ、マルティナは張り合いをもって学業に邁進できたと言えよう。

 けれどマルティナとしては、戦乙女の資格を取ることに反対していた彼からそのように褒められるとは思っておらず、不意打ちにうっかり照れざるを得ない。


 そう。マルティナは、この一年で戦乙女の資格を得た。座学、魔術、馬術に剣術を鍛えに鍛え、難関不落と言われた資格試験に一発合格。その後、戦場での実地研修も無事に修め、堂々と戦乙女を名乗ることができる身分となったのだ。


 それにより、マルティナが魔術学院の女子学生たちに与えた影響はとても大きかった。これまで婚活に明け暮れていた女子たちが、マルティナの後に続けと声を上げ、「戦乙女育成クラス」なるものが新しく作られたのである。

 ちなみに、ヒルダはそのクラスに編入しておりトップクラスの成績なのだが、非公認の「ヒルダファンクラブ」が暗に活動していることを彼女は知らない。


 また、マルティナは貴族と平民の交流の場を作ろうと、「アフタヌーンティー倶楽部」を設立した。初代部長である。

 名前こそ午後のお茶会だが、活動は様々。皆でお菓子を作ったり、演奏会を催したり、お勧め本を語り合ったり――。特に、マルティナが平民に人気な異世界転生小説を力説した回は、大盛り上がりだったという。

 ちなみに二代目部長はジルバであるが、部員の大半が「今日はどんな擬音語が出るかな」と彼女の話を楽しみにしていることを本人だけが知らない。


 他にマルティナが残した功績といえば、食堂のベーカリーメニューにメロンパンが加わったこと。そして、そのメロンパンが人気を博し、国中のパン屋にレシピを公開したことだろう。

 メロンパンは今ではすっかり王国を代表するパンとなり、国外からの輸入の依頼も後を絶たない。




 そんな充実した一年を過ごしたマルティナだったが、ひとつだけ不足しているものがあった。

 それは――。


「よぅ。やっと卒業だな、ティナ」


 魔術学院の門扉まで来たマルティナを待ちくたびれたといった表情で迎えたのは、第二王子――ではなく、若きアルズライト国王のルディウスだった。マルティナの侍女ステラに「おめでとうくらい言えばいいのに」と横からブツブツと言われているようだが、照れた顔で「うるせぇ」と言い返している。


(待っておりました! ルディウス陛下とのいちゃいちゃタイム解禁ですわっ!)


 マルティナは、ルディウスの少し伸びた紅蓮色の髪とダークグレイの瞳を見るや、愛おしさが爆発しそうになってしまう。


「陛下! わたくしと卒業旅行に参りましょう!」

「行くか、馬鹿。俺、中退してんだぞ」


 というか、王様である。

 在学中に国王に即位したルディウスは、公務を優先し、魔術学院を途中退学していたのだ。

 彼のいない学院生活は辛くないカリーのようなものであり、マルティナは今日という日を長く待ちわびていた。マルティナが卒業したら、婚姻を結ぶ――。それが二人が交わした約束だったからだ。


「卒業旅行がナシなら、新婚旅行に行けばいいのですわ」

「挙式の後な」


 ぶっきらぼうに答えるルディウスは、「とんでもねぇ王妃だぜ」と満更でもなさそうに呟く。

 彼は治癒術式の研究と治癒術師の育成機関の設立で忙しくしていると聞いていたが、挙式前にわざわざマルティナを迎えに来てくれるくらいだ。そりゃあ、満更でもないだろう。


「おら。馬ぶっ飛ばして行くぞ。新郎新婦が遅れたら、話になんねえぞ」

「焦ると交通事故からの異世界転生ルートですわよ」

「安全運転で行くわ」

「お願い致しますわ」


 卒業式からの結婚式という弾丸スケジュールもなんのその。

 ローゼン伯爵令嬢改め、アルズライト王妃となるマルティナは、気高く美しい一輪の青薔薇のよう。


 そして、今日も明日も

『転生マニアな王妃は元ヤン陛下にご執心』である。

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