第18話 ヤンキー殿下はステージで叫ばない
魔術学院の敷地内にある芸術講堂は、演劇、歌劇、そして今日のような音楽全般の発表を行うことができる場所で、規模は王都にある貴族御用達のコンサート会場に負けていない。
そんな素晴らしい講堂の特等席に座っているのが、音楽大好き外務卿ジェルマン侯爵だ。細い吊り目が特徴的な細身の中年男性で、ルディウスが「狐オヤジ」と称することも理解できる容姿である。
そして、彼は持ち前の計算高い性格により諸外国との無血外交を成功させてきたことから、国内の貴族からの信頼がとびきり厚い。マルティナの父──軍務卿ミハイルと肩を並べるほどであると言えよう。
(だから、ジェルマン様が「パーシバル殿下の方が王に相応しくないかね?」と内輪でひと言述べただけで、パーシバル派がわんさか集まってしまったのですわ)
マルティナは、ステージ上から苦々しい思いでジェルマン侯爵を見つめる。
ステラが収集してきた噂によると、パーシバルのヴァイオリンが素晴らしかったと感動した時にポロリと出た言葉だったとか。
そんな些細なひと言で、ルディウスは孤立無縁の王位継承者になってしまったというのか? 出来損ないのレッテルを貼られ、暗殺者を向けられ、音楽祭まで妨害を受けて──。
(殿下を負けっぱなしにはさせませんわ! わたくしが、殿下のことを皆に認めさせます!)
ルディウスも見返してやろうという思いなのか、ステージの中央でマルティナの顔を見て、ニヤッと笑ってみせる。
不思議と安心感を抱かせるその笑みに、マルティナは釣られて微笑み返し──。
「急遽、演目をらっぷから変更致します。今から披露致しますのは、ルディウス・フォン・アルズライト殿下とわたくしマルティナ・リタ・ローゼンによるピアノ連弾『茶会のポルカ』ですわ」
互いの腕を絡めたまま、二人でお辞儀をし、後ろに配置されたピアノに向かう。ピアノは一台のみ。少しだけ横に長い椅子に二人で腰掛け、視線を重ねて呼吸を整える。
ギャラリーの騒めきと奇異なる眼差しの真ん中で、マルティナとルディウスは小さく頷き合う。
──いくぜ。
──えぇ!
マルティナとルディウスの指が鍵盤を同時に叩くと、そこから跳ねるように軽快なメロディが続く。
二拍子のアップテンポなその曲──『茶会のポルカ』は、朗らかで、軽快で、楽しい……、そんな午後の茶会をイメージして作られた曲だ。一般的には、貴族よりも平民の方が馴染みのある楽曲であり、町の祭りや結婚式で演奏される。
だが、マルティナにとっては特別な曲だった。
(殿下。忘れたフリをされていただけで、ガーデンパーティでの連弾をちゃんと覚えておられたのですね!)
マルティナがチラリと視線を走らせると、ちょうどルディウスもこちらを見つめていた。
──当然だろうが。
ルディウスの翠眼は、そう告げていた。
もう何年も弾いていないのに、自然と指が動く。なんだか、あの日──婚約したばかりのガーデンパーティの日に戻ったかような、まだ見ぬ未来に心を躍らせていた気持ちまで甦る。
(いいえ。わたくしの心は、今も殿下との未来を夢見て踊っておりますわ!)
気持ちがノッてきたのか、ルディウスの指の回りが速くなっている。時々音が飛ぶのもお構いなしに突っ走っていく。ブランクがあるためか完璧な演奏とは程遠い。
だが寧ろ、マルティナは「面白いですわ」と燃え上がった。
(王を御するのは王妃の役目ですもの。わたくしが上手くリードして差し上げますわ)
マルティナの指は、ふわりとした羽のように鍵盤の上を舞った。走っていくルディウスを掴まえ、手を取って、二人でポルカを踊る。そんな気持ちで。
──どうだよ? 俺のピアノは。
──好きですわ。異世界の曲よりも。
──俺も、そうかもしれねぇ。
子どもの頃より少し狭くなったピアノの椅子。時々触れるルディウスの肩が逞しく大きくなっていることに、マルティナはドキドキしてしまう。
異世界の音楽のように直接想いを叫ぶことはできないが、マルティナとルディウスのそれは芸術講堂内を楽しい気持ちで満たしていた。二人が奏でる音楽聞き惚れ、交わす笑顔に見惚れ、観客たちはうっとりとしたため息をもらす。舞台袖でかじり付くように見ていたヒルダとジルバも。そして、外務卿ジェルマン侯爵も。
「エクセレントッ! 素晴らしいよ!」
名残惜しくも曲が終わると、最前列の特等席にいたジェルマン侯爵かが立ち上がって拍手をしていた。今にも感動の涙を流すのではないかという勢いだ。
「ルディウス殿下。婚約者との心のある息の合った演奏だった! 私は貴方の評価を見誤っていたようだ」
「……はぁ? オレはてめぇのためにステージ立ったんじゃねぇぞ。チャリティーだ! 分かったら、金貨を募金箱にぶち込んで来い!」
演奏を終えて放心していたのか、ルディウスは一瞬の間を空けてから罵声を放った。声が出たのである。彼は、まるで突然眠りから覚めたかのような顔をしている。
一方、マルティナは驚きつつも安堵して、ホッと胸を撫で下ろして笑みを浮かべた。
「殿下、大成功ですわね! それにわたくし、また一緒にピアノを弾くことができて嬉しかったですわ」
「ピアノ……。そうだな。てめぇにしては上出来だったぜ」
二人が壇上で言葉を交わす姿に、観客たちは大きな拍手と黄色い歓声を贈った。
「ルディウス殿下、マルティナ様! 素敵です!」、「お似合いですよ!」、「よっ! ベストカップル!」等々。
「そんなつもりじゃなかったのに」と、顔を真っ赤にして照れるルディウスは、過去イチ可愛らしかったとマルティナの脳に刻まれたのだった。
***
マルティナとルディウスの連弾が終わった直後、舞台袖は少々騒がしくなっていた。
舞台上で拍手を浴びるマルティナたちに見惚れていたのは、客席のギャラリーだけではなく、舞台袖から二人を覗き見ていたヒルダジルバ姉妹も同じだった。
「あんなアレを見せられたら、白旗じゃないの! そうよね、ジルバ?」
「えぇ。ヒルダ姉様。タララーンでピカーンでした。推しカプ、どどーんと爆誕です!」
推しカプという言葉が気に入ったのか、ヒルダジルバ共に「推しカプ尊い〜」とキャッキャっしていたのだが、そんな双子令嬢の会話はあっさりと遮られた。
「やぁ。ご機嫌なようですね。クンツァイト公爵令嬢方」
金髪に爽やかな笑みをたたえる青年がいったん口を閉じると、彼の背後に控えていた10名程度の生徒会役員たちがダンッと揃って右足を床に打ち付ける。
その無言の圧力に、ヒルダジルバは震え上がった。
「は、伯爵家のディヴァンじゃないの。格上の貴族の私たちに何か御用?」
強がって高飛車に振る舞おうとするヒルダだが、目の前の青年の瞳が笑っていないことには嫌でも気がつく。あ、コレはアレだ。ヤバいやつだわと悟らざるを得ない。
「参加者控え室の茶菓子を参加者たちに食べさせないようにしているご令嬢たちがいると、通報を受けてね。どうしても食べて欲しい相手がいたのだろう。だがそれより前に、茶菓子に怪しい粉を振りかける人影を見たという情報も得ていたんだ」
「私たちを疑っているの? 無礼じゃなくて?」
今度はジルバ。二人とも、特徴的な喋り方を忘れるほどに焦っていた。
「僕は、気高い貴族を尊ぶし、重んじる。階級が上の者を敬いたいとも思う。だが、貴族の格や責務を放棄した者は例外だ。同じ貴族として、そして何より生徒会長として、この学院の風紀を乱すお前たちを、僕ディヴァン・フォン・コルバティールは許さない!」
いつもの名乗りより短い……! そう思ったのは、ヒルダジルバだけでなく生徒会役員たちも同様だったが、わざわざツッコミを入れる場面でもない。
そうこうしている間に、ヒルダジルバは「あ〜れ〜」と叫んでいる間に生徒会役員たちに捕らえられ、担ぎ上げられて連行されていったのである。
そしてディヴァンは、「音楽祭の途中だが、茶菓子に振り掛けられていた薬の成分を調べよう。ルディウス殿下とマルティナ嬢の体調確認も頼むよ」と残っていた役員に指示を出すと、去り際に舞台をくるりと振り返った。
そこには、ジェルマン侯爵と会話を交わすルディウスとマルティナの姿があり、まばゆいスポットライトでいつもよりいっそう輝いて見えた。
だが、何故だろうか。
ディヴァンの目には、ルディウスの翠眼の光が一瞬揺らいで映ったのだった。
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