第17話 双蝶令嬢は企てる
怪しい二人組の正体を焦らして隠すことはない。
二人の正体は、社交界の15歳の双蝶――双子の公爵令嬢、ヒルダ・ツー・クンツァイトと妹のジルバ・ツー・クンツァイトであった。
二人の見た目は瓜二つ。淡い桃色の内巻髪が美しい令嬢で、違いと言えば、ヒルダには目元にほくろがあり、ジルバには口元にほくろがある。いや、逆だったかもしれないが、この際どちらでも構わない。二人は揃って、過去のルディウスの筆頭取り巻き令嬢ズだった。
「ルディウス殿下のあれがあんな感じであぁなのが素敵よね。ねぇ、ジルバ」
「えぇ、ヒルダ姉様。ルディウス殿下のキラッとしてシュッとされているところが素敵です」
中身がスッカスカであっても、二人はとりあえずいつもルディウスのことをべた褒めしていた。彼が婚約者であるマルティナを遠ざけているのをいいことに、毎日のようにルディウスの右と左を陣取り、茶会や夜会を楽しんでいた双子令嬢である。
タダ飯最高! あわよくば、マルティナとの婚約破棄を誘発させ、王妃の座に収まりたいという打算的な意図が透けて見えていたため、マルティナは彼女たちのことが好きではなかった。
だが、それはヒルダジルバも同じだった。
格下の貴族のくせに王から一目置かれているローゼン伯爵家の出身で。学院で一二を争う秀才で。全女子がうらやむサラサラで美しいラピスラズリ色の髪をしていて。スタイル抜群で美人という、地位と才色兼備を併せ持っていて。ルディウス殿下と幼馴染というあの女──。
マルティナ・リタ・ローゼン、めっちゃ邪魔!
ルディウスがマルティナを蔑ろにしている頃は、まだ良かった。周囲から哀れだと気を遣われ、腫れ物のように扱われている姿を見る度に、ざまぁみろと思っていたからだ。
だが、最近は違う。
ルディウスがヤンキー殿下になってしまってからというもの、マルティナが急激にルディウスに接近し、ルディウスも満更でもない様子なのだ。
「ジルバ。あんな風に照れておられる殿下、見たことある?」
「ヒルダ姉様。私、テレテレ殿下を初めて見ました。ついでに、ぼっち女がニコニコしているところも初めて見ました」
そこからの話は単純だ。
ルディウスを盗られて悔しいから、マルティナに嫌がらせをしよう! これがヒルダジルバの怪しい行動の答えである。
【魔術学院チャリティー音楽祭】にマルティナとルディウスが参加すると知らされた二人は、どうにかしてマルティナに恥をかかせてやろうと思った。ルディウスの婚約者に相応しくないような大失態を犯すように仕組みたい……と。
とある筋から提案されたのは、マルティナは甘いお菓子が大好きなので、出演者控え室に置かれる茶菓子に眠り薬を混ぜようという案だった。その茶菓子を食べれば数十分後にはぐぅうかぴぃ。控え室で寝落ちしてしまうのも良し、ステージ上で眠りこけるのもさらに良し。
アフタヌーンでなくともアフタヌーンティーを嗜むマルティナだ。必ず眠り薬入りの茶菓子を食べるはずだ。
そう期待しながら、ヒルダジルバは人目を盗んでこそこそと眠り薬の粉を茶菓子に振りかけまくり、ルディウスとマルティナが控え室に入って行く様子を外からわくわくと見つめているのが、現在である。
控え室には、ルディウスとマルティナのみ。
特大サイズのアフタヌーンティースタンドを見つけたマルティナが、歓喜の声を上げて手を伸ばしている。
「さぁ、そこのそれを食べなさい! マルティナ・リタ・ローゼン!」
「ぱくっともぐっといくのよ! マルティナ・リタ・ローゼン!」
双子令嬢は、相当な熱量を持って念を送る。まるで、スポーツの応援団だ。
そして、マルティナが上段の薄桃色のマカロンを摘み──。
「殿下。あーん、ですわ!」
ぎゅむっとルディウスの口にマカロンを押し込んだではないか。
ヒルダは「えっ。あれをねじ込んだわよ」と、ジルバは「ぎゅむって聞こえたわ。どこが、あーんなの?」と思わず笑ってしまいそうになった。だが、笑っている場合ではない。
この二人、正直あまり頭が良くない。茶菓子をルディウスが食べてしまう可能性を考えていなかったのだ。
これでは、ルディウスが眠ってしまう……!
ルディウスを陥れるつもりはなかったヒルダジルバは慌てるも、控え室の外でこそこそしている身分では、どうすることもできない。冷や汗をかきつつ、室内を覗いていると──。
「殿下、どうなさいましたの? 口をパクパク、お魚みたいですわよ」
マルティナが、小首を傾げてルディウスを見つめている。
そして、当のルディウスはムッした顔で喉を指差し、何かを伝えようとしている。それは何か。
何ですってと仰天したのは、マルティナだけではない。少し違う意味合いで、ヒルダジルバも驚いていた。
「まさか、お声が出ませんの⁈」
なんで、寝ないの?
***
ヒルダジルバ姉妹に薬を盛られているとはつゆ知らず、マルティナはただひたすらに、ルディウスの声が出なくなってしまったことに驚き焦っていた。
いったいなぜ?
もうルディウスのドスの効いた声も、甘い声も聞くことができないというのか?
「そんなの、あんまりですわぁっ!」
「うるせぇ、だまれ」
ルディウスの代わりに喋っているのは、急いで呼び出した侍女のステラだ。読唇術が得意な彼女は、ルディウスの唇の動きを読み取って、同時通訳をしてくれているのだ。ルディウス本人が首を横に振っていないので、内容に大きな相違はないらしい。
「殿下! すぐに医務室に参りましょう! 病気か呪いか分かりませんけれど、一大事ですわ!」
「行かねえ。もう、俺たちの番が回ってくんだろ。ジェルマンの狐オヤジに目にモノ見せてやらねぇと」
「でも、殿下のお声が……。らっぷができませんわよ!」
いくらルディウスがやる気満々であっても、声が出なければ彼の歌を響かせることはできない。マルティナが代わろうにも、異世界の音楽を真似することは難しい。
(あぁ。異世界転生小説では、異世界の音楽が大受けするのがテッパンですのに)
「何だ、この音楽は?」、「聞いたことがないメロディだ」、「なんだか力が湧いてくるぞ!」と、大盛況のアイドル騒ぎになる予定だったが、こうなっては諦めるしかない。ジェルマン侯爵を口説き落とすなんて、もってのほかだ。
だが、ルディウスは諦めていなかった。
ふてぶてしい表情でマルティナを睨むと、彼女と自分を交互に指さす。
「お前と、俺?」
マルティナが大きく目を見開き、ルディウスの言いたいことを視覚で捉えようとしていると、控え室に生徒会の役員が顔を覗かせた。
「ルディウス様。マルティナ様。ステージにお上がりください」
ステージの順番が回って来てしまったのである。
辞退するか否か。その選択権は、マルティナではなくルディウスにあった。
「行くぞ、ティナ」
懐かしい愛称が飛び出したのは、ルディウスの言葉を読み取るステラの勘違いかもしれない。だが、その言葉がマルティナの背を押した。
「わたくは、いつでも殿下の隣におりますわ」
ルディウスの身長を抜かさない程度の高さのヒールをカツンと鳴らし、マルティナは彼の隣を歩き出した。
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