第16話 ヤンキー殿下は韻を踏む
昼休み。マルティナは学院中を駆け回り、座学棟の屋上でようやくルディウスの姿を発見した。
マルティナが「殿下! なぜこんな屋根のないところに!」と息巻きながら近づくと、ごろりと横になっていた彼は億劫そうに身体を起こす。
「んだよ。なんか用かよ?」
「差し入れですわ」
「頼んでねぇし」
不機嫌そうだったルディウスだが、マルティナが紙包みから特大のローゼン流メロンパンを取り出したのを見るや否や、分かりやすく「メロンパンじゃねぇか!」とテンションを上げてソレをひったくった。宝石のような翠眼も、それはもうキラッキラである。
そして、ボール大のパンにむしゃむしゃとかぶりつくルディウスを見るのは爽快であり、マルティナもご満悦だった。16歳にして、母親かのような母性がくすぐられる光景に、それはもうニッコニコである。
「お味はいかかです?」
「見てわかんねぇのかよ。うめぇに決まってんだろ!」
出た、謎の決まり。
マルティナは思わず「うふふ」と声に出して笑ってしまう。今度は焼きそばパンなるものにチャレンジしてみようと思いつつ、マルティナはいよいよ本題を話し始めた。
「ねぇ、殿下。【魔術学院チャリティー音楽祭】に参加しませんこと? 音楽を楽しめて、貧しい民の力にもなれるなんて、素敵なイベントですわよ」
「あぁん? あの偽善イベかよ」
「ま、ひどい言い方! 偽善ではなく、慈善ですわ」
ルディウスの痛烈な言い草に、「興味ねぇ」と切り捨てられるのだろうかと身構えたマルティナ。だが、意外にもルディウスは一考しているようであり、少しばかりの間が空いて。
「確か、ジェルマン侯爵が来やがるな。面白れぇ。あの音楽ヲタを異世界の音楽でビビらしてやるか!」
特大サイズのメロンパンをごくりと飲み込み、ニヤリと笑うルディウスは、マルティナの想像を遥かに超えてノリノリだった。
マルティナの目的は、ルディウスの大衆評価を上げることと、ジェルマン侯爵をこちらの派閥に引き込むことなのだが、それらが「音楽でビビらす」ことで達成されるかどうかは未知数だ。だが、走り出した暴れ馬は止まらない。
「異世界の音楽! 最高ですわ! やってやりましょう!」
***
「♪今日のゲストは誰でしょう
てめぇらご存じ外務卿
要人と交流 美女と豪遊
飲むのは焼酎 土産も購入
てめぇらの税金 バチ消え逆鱗
命捧げるな 情けかけるな
オレは見通す 叩きつけろリコール
そら、立ち上がれ! あがれあがれあがれ!」
ルディウス、渾身の一曲が音楽室で木霊した。ギャラリーであるマルティナとディヴァンは、目が点である。
「い、今のは歌ですの?」
「メロディらしいメロディがなかったように思えるが……」
「ラップは、ソウルとビートだ!」
わ、訳が分からない!
まず、「しょうちゅう」とは何なのか。そこで躓いてしまった二人には、途中でルディウスが何を言っているのか理解が追いつかなかったのだ。
「これが、異世界の音楽? 深すぎますわ……!」
「異世界? あぁ。ルディウス殿下は14歳病を患っているのか。構わないよ、その設定でいこう」
マルティナとルディウスの音楽祭に向けての練習に付き合ってくれるというディヴァンは、時間が惜しいのか、異世界転生をあっさりと流してしまう。
まぁ、いいか。この人に話し出すと長くなりそうですし……と、マルティナもそっと流すことにした。
「ルディウス殿下のらっぷとやらは、メロディよりもリズムを重視しているのだろうか? 言葉遊びのようにも聞こえた」
「韻踏んでんだよ。あと、言葉遊びじゃねぇ。オレのラップは言葉の戦いだ!」
「ふむ。なるほど」
相当なこだわりがある様子のルディウスを見て、ディヴァンは感心したように頷く。そして数十秒沈黙したかと思うと、おもむろに口を開いた。
「♪口が悪いぞルディウス殿下
君の父上国王陛下
次の王としてどうだろうか?
礼儀 正義 つくなため息 貫け流儀
掲げろ意志を 任せろ騎士に
僕は生徒会長兼アルズライト王国内務卿
コルバティール伯爵家嫡男
ディヴァン・フォン・コルバティール」
最後、早口言葉か??
再び目が点になったマルティナだったが、ルディウスは「やるじゃねぇか」とディヴァンを褒めているではないか。おまけに、二人でコツンと拳を合わせ、青春&友情の挨拶を交わしている。なんだか、羨ましい。
(さ、さすがディヴァンですわね。負けてはいられませんわ……!)
「♪愛しの殿下 狙うは天下
アンチはワンパン ランチはメロンパン
パンパンパパパン
パンダ パンジー フライパン」
「パンの歌かよ⁈」
見様見真似でらっぷをしてみたマルティナに、ルディウスの鋭いツッコミが飛んでくる。
マルティナ自身も「なんか違いますわね」と思いながら歌っていたので、恥ずかしくて顔が真っ赤である。
「うぅぅぅっ! 異世界の音楽は難しいですわ。初めてのらっぷなのですから、ご容赦くださいませ!」
「マルティナ嬢! ハート&ビートだよ!」
「ハイスペ生徒会長は黙っていてください!」
マルティナは、自分の方が異世界を愛しているのに……と、思わずディヴァンに嫉妬してしまう。まことに悔しい。
元々、マルティナは歌よりも楽器を演奏する方が得意だった。幼い頃からヴァイオリンやフルートを嗜み、特にピアノには毎日のように触れていた。異世界転生小説とアフタヌーンティーの次くらいには趣味と呼べるだろう。
(そういえば、殿下もピアノがお上手でしたわね)
ふと思い出したのは、昔、王城で催されたガーデンパーティだった。10歳くらいの時だっただろうか。城の庭に運び出されたピアノをマルティナとルディウスの二人で連弾したのだ。小さい二人が楽しそうに演奏する姿を喜んだ者たちは多く、その後も何かイベントがあるたびにオファーが来ていた記憶がある。残念ながら、お互いが多忙になってしまったために、ピアノの連弾はそれ一回きりだったが。
「殿下。わたくし、ピアノで伴奏しますわ。らっぷに合わせますから」
「てめぇ、ピアノ弾けんのか。……まぁ、基本的にはラップに伴奏とかねぇけど、それっぽく盛り上げるのにあってもいいか。いいぜ! オレに合わせろ!」
にかっと笑うルディウスを見て、マルティナは彼の役に立てることを嬉しく思った。だがその一方で、二人でピアノの連弾をしたことはおろか、マルティナの特技がピアノであることすら覚えてもらえていなかったことが、寂しくもあった。
(でも、仕方がないですわ。随分前のことですし、殿下と不仲になってからは、ピアノの話なんて少しもしてきませんでしたもの)
異世界転生小説は、たびたび掘り出されて嘲られていたが。
湿っぽくなっていても時間の無駄だと、マルティナは自分を鼓舞して音楽室のピアノに駆け寄った。今から猛練習の始まりである。
「さぁ、殿下! 【魔術学院チャリティー音楽祭】の本番に向けて、頑張りますわよ!」
「おう! オレに任せとけ!」
「この生徒会長兼アルズライト王国内務卿コルバティール伯爵家嫡男ディヴァン・フォン・コルバティールが監督するからには、君たちの成功は間違いなしだ! もちろん、審査は贔屓はしないがね!」
こうしてディヴァンが見守る中、マルティナとルディウスペアのラップはブラッシュアップされていったのであった。
***
そして、迎えた【魔術学院チャリティー音楽祭】当日――。
貴族用の出演者控え室にこっそりと忍び込む二つの影があった。
「これをこうして、こうしてこうね……!」
「違うわ。ガッとしてバッよ!」
何やらごちゃごちゃと揉めながら、ケータリングの菓子に怪しげな粉を振りかけている。怪しい。実に怪しい。
「おーほっほっほー! これで、あの女はあぁなってそうなるわ!」
「うふふふふ! さぞかし、ガーンでズドーンね!」
何言ってんだこいつら。
残念ながらそこに居合わせた者は誰もいなかったため、怪しい二人組がツッコまれることはなかったのだった。
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