第4章 ご令嬢は異世界の歌をうたう

第15話 ご令嬢はヤンキー殿下の株を上げたい

「やはり、疲れますわね」

「大丈夫ですか、マルティナ様。馬術の授業で、お身体を冷やされたのでは?」


 魔術学院の外廊下を早歩きするマルティナを、隣を歩くステラが心配そうに覗き込む。彼女は「次の授業は休まれては?」と提案したが、マルティナはふるふると首を横に振った。


「ほいほいとお休みしていては、殿下に笑われてしまいますわ! わたくし、戦乙女ヴァルキュリアの資格を取ると決めたのですから」

「……伯爵令嬢が目指すものではないのに。授業も男子ばかりじゃないですか」


 ステラが渋い顔をする理由は、マルティナが取得しようとしている戦乙女という資格が、バリバリの戦闘職だからだ。

 戦乙女は、その名の通り戦場に立つ乙女。縦横無尽に馬を駆り、前線で活躍する騎士や戦士を後方から魔術で支援する職業だ。最低限の護身剣術と高度な魔術と馬術が求められることもそうだが、そもそもアルズライト王国では、戦場は男が武勲を上げるための場であるという考え方が強いため、戦乙女は片手で数えるほどの人数しか存在しない。


 それでもマルティナは、戦乙女を目指したかった。


「国の古い常識や文化を変えていくには、自ら手本を示さなければなりませんわ。女が殿方に守られる、あるいは貴族がふんぞり返って指揮をするのが当たり前ではいけないと思いませんこと? 少なくともわたくしは、殿下の隣に立つに相応しい女になれるように――」

「素晴らしい信念だ、マルティナ嬢! 仕える身としては、君を誇らしく思うよ!」

「…………」


 マルティナがムッとして睨みつけたのは、満面の笑みで口を挟んできたディヴァンだった。彼は大きな声と大げさな身振り手振りで話しているが、これはゴマをすっているわけではなく、心からのものであることは分かる。

 だが、少々鬱陶しく感じてしまうのは、ディヴァンが授業であろうが休み時間であろうが、常にマルティナの近くをうろついているからだった。


「ディヴァン。なぜ、ずっとわたくしに付いて来ますの? わたくしの婚約者は、貴方ではなく殿下なのですが?」

「そのルディウス殿下から、君の護衛の勅命を受けているからね! 騎士として、何としても為さなければならないだろう!」

「貴方……、真面目過ぎますわ」


 マルティナは嫌味で「真面目」と言ったつもりだったが、ディヴァンは肯定的な意味に捉えたらしく、「ありがとう! さらに精進するよ!」と胸を張っていた。

 おそらく、ディヴァンには何を言っても意味がない。

 マルティナはルディウスの支持者が増えることは嬉しかったが、ディヴァン自身のことが心配だった。彼の生家であるコルバティール伯爵家は、次期国王として第一王子のパーシバルを推薦しているのだ。


「ディヴァンは、ご家族から咎められませんでしたの? 内務卿閣下は、きっと貴方が殿下の騎士になることをお許しにならないでしょう?」

「いいや。父という人間は、僕のことを信頼しているからね。自分の目で見て、ルディウス殿下に仕えることを決めた僕の心を否定はしなかった」

「できたお父様ですわね」

「父だけではないさ。パーシバル殿下を推薦する他の貴族たちだって、僕がルディウス殿下を支持することに反発してはいないよ」


 ディヴァンは笑顔で「証拠に、手紙での交友が増えた」と、嬉しそうに懐から手紙の束を取り出した。真っ黒の封筒と便箋に白い文字が不気味に浮かぶ手紙である。


「これなんか熱い文章だ。『いつでも見ている。背中に気を付けろ』。優しい差出人だろう? 背中からの何かの危機を忠告するだけでなく、見守ってくれているわけだ。他は、『ルディウスと共に死ね』。僕がルディウス殿下と共に死ねるなんて、光栄じゃないか。騎士は主君を守って散るものだが、この差出人は僕が殿下と生死を共にすることを願ってくれているのだよ。……差出人は、不明だが」


(どう見ても嫌がらせのお手紙ですわっ……!)


 いかにもたこにも怪文章な手紙の数々を見せられ、マルティナだけでなく、ステラもギョッと目を剥いて驚いていた。怖い。そして、この手紙を喜んで受け取っているディヴァンの神経の図太さというか、悪意への疎さには最早ドン引きのレベルだ。


(自分の価値観を信じている……、あるいは主君に妄信的と言うべきかしら。まぁ、悪い人ではないですわよね)


 ディヴァンの誠実さと人望は折り紙付きだ。

 先日、座学試験の結果発表の際に悪党のように振舞ったマルティナとルディウスだったが、ディヴァンが親しく接してくれている今は、学院内では「そんなプチトラブルがありましたよね」くらいの話として、悪党説が急速に風化しているのだ。

 寧ろ、「ディヴァン生徒会長と仲良くなさっている素晴らしいお二人」として、聖人説が広まりつつある。ルディウス派でもパーシバル派でもない無所属の学生たちのくるっくるの手の平返しである。

 ディヴァン効果恐るべし。


(この調子で、殿下の評価をもっと上げることはできないかしら? どうせなら、パーシバル派を全員ルディウス派に塗り替えてやりたいですわ!)


 ここ数日、マルティナは、もっとルディウスの魅力を布教する方法はないだろうかと思案を続けているのだ。誰が何と言おうと、ルディウスを未来の王にするためにできることは何でもしたいのだ。

 せっかくだ。ディヴァンからも何か意見をもらおうと、マルティナは彼に問おうとしたのだが。


「王妃が戦乙女。とても革命的だ! ん~、だが僕個人としては、如何なものかと思う。君の雷と水の魔術を侮っているわけではないよ? ただ、貴族は平民を導くために生きる義務がある。だから、彼らを信じて戦場に送り出し、武運を祈ることこそが君の役割ではないかと思うのだよ」


(いつのまにか、戦乙女の話に戻っていますわ!)


 マルティナは「その議論は次の機会にじっくり致しましょう」と、声を低くして話題を切った。ちょっと面倒くさい人ですわと思ったことはナイショである。

 

 そんな時――。

 一枚の掲示物が、マルティナの目に飛び込んできた。


「【魔術学院チャリティー音楽祭】?」

「生徒会主催の音楽の祭典さ。参加者が支払う参加費用は、貧しい村々に寄付される。素晴らしいだろう?」


 高尚な企画だなぁと頷いていると、ディヴァンの口から気になる言葉が飛び出した。


「無類の音楽好きと名高い外務卿――ジェルマン侯爵が見に来られるよ。昨年【侯爵賞】を受賞した女子学生は、それをきっかけに人気が出てね。今では有名な歌姫として活躍している」

「なんですって!」

「おや。マルティナ嬢は歌姫になりたいのかい?」

「別になりたくありませんわ!」

「ジェルマン侯爵目当てですか?」


 ディヴァンよりも先に、ステラが言い当てる。


「そうですわ! ジェルマン侯爵は、パーシバル派の筆頭とも言えるお方。その侯爵を音楽の力で口説き落とし、ルディウス殿下の味方に引き入れますの!」


 碧眼をキラッキラに輝かせるマルティナを見て、ステラが「私の主人のポジティブも怖いレベルだなあ」と思ったことはナイショである。

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