第5章 ご令嬢はハーレムルートは選ばない

第19話 ご令嬢はアフヌンを楽しむ

【魔術学院チャリティー音楽祭】が大盛況のうちに幕を閉じてから、数週間後のこと。マルティナは、学院のローズガーデンで賑やかにアフタヌーンティーを楽しんでいた。


「うふふ。お友達と飲む紅茶は最高ですわ!」

「きゃ~! お友達だなんて、あんなそんなぁ~!」

「光栄です~! 嬉しすぎて心臓がバーンってなりそうです~!」


 マルティナの「お友達」の正体、お分かりだろうか。

 淡い桃色の内巻髪が美しい双子の公爵令嬢、ヒルダとジルバである。

 この双子令嬢は、【チャリティー音楽祭】で生徒会にとっ捕まり、「怪しい薬を盛った罪」で裁かれる寸前までいった。しかし、薬を飲んでしまったルディウス本人が、「大きな被害がなかったから別にいい」と、あっさりと二人を赦してしまったことから、前科がつかずに済んだのである。


 彼女たちはそんなルディウスの懐の広さと、ピアノ演奏でパートナーをリードするマルティナを見て以来、すっかりファンになってしまったらしい。憧れだの、推しカプだのと、あまりにはしゃぎながら寄ってくるため、一度マルティナが腹を割って話してみたところ、ルディウスの話題で意気投合。まさかの「お友達」になってしまったというわけだ。


「マルティナ様。そこの一番上のあれはいかがです? ヒルダがお取りします」

「いいえ。ジルバがどーんとお皿に盛って差し上げます」

「うふふうふふ。どっちもいただきますわ」


 キャッキャウフフの女子会に、マルティナは上機嫌である。だが、隣のテーブルから水を差すように「毒味は済ませたのかい?」と、余計な一言が飛んでくる。


「わたくしとステラの手作りですわよ! ディヴァンは黙っていらして!」

「む。それは失敬」

「うめぇぞ。ディヴァンも食ってみろよ」


 すぐ隣のティーテーブルで、ルディウスがローゼン流メロンパンを豪快にちぎり取ってディヴァンに渡そうとしているところだった。ディヴァンは一瞬迷ったようだったが、それを皿で受け取り、ナイフとフォークで丁寧にカットして口に運んでいる。表情を見るに、美味しかったらしい。


 ルディウスとディヴァンは、マルティナが薬盛姉妹お茶をすると聞いて見張りに来たらしいのだが、すっかりアフタヌーンティーに参加してしまっている。その証拠に、なかなかのペースで茶菓子と紅茶が彼らの腹に消えている。


 一応、ディヴァンによって双子令嬢への尋問は済んでおり、彼女たちのオツムがやや弱いことや、何者かに利用されたということは分かっているのだ。

 ヒルダとジルバが盛った薬は、『ルディウスとマルティナを婚約解消に追い込みましょう』という謎の人物からの手紙に同封されたものであり、それを深く考えずに使ってしまったこと。眠り薬なので、使っても大丈夫だと思ったということ。


 ディヴァンによると、

「生徒会で調べたところ、あれは本当に強い眠り薬だった。人体に害は及ぼさないが、口にしたら一瞬で眠りに落ちるなかなか手に入らない類だ。運が悪ければ、愛する人の口づけでしか目覚めることができないという、恐ろしい薬さ」

 である。


(恐ろしいというか、寧ろロマンティックなお薬ですわ!)


 それを聞かされた時のマルティナは、眠ってしまったルディウスにキスをする自分の姿を想像してしまい、悶えに悶えた。

 女性向けの異世界転生小説では、キスによって聖女が王子に祝福を与えたり、治癒術師が勇者を回復させたりするではないか、と。だから、自分のキスでルディウスを救うことができたらと思うと、もううはうはとわくわくが止まらなかったのだ。


 しかし、考慮すべきは運が悪かった時のロマンティックなキスではなく、誰が眠り薬を姉妹に送り付けたのか、そしてなぜ、ルディウスは眠らずに声だけが出なくなってしまったかということだ。もちろん、マルティナとディヴァンは是非解明しなければと探求心を燃やしに燃やした。秀才の血が騒いだというわけだ。

 ところが、それに関してはルディウス自身が一番解明することを嫌がり、「パーシバル派の用意した薬が雑魚かったか、俺の治癒術がすげぇからだろ」と言い捨てて終わってしまった。

 パーシバル派の陰謀であることには納得できるが、薬に本来の効果が表れなかったことについては結局のところ不明瞭である。だが、ルディウスにそう断言されると、そんな気もしてしまうほどの説得力が彼の人並外れた治癒術にはある。眠り薬が身体に入ったところで途端に異常を癒し、声が出ない――眠ってしまう程度に済ますことができたのかもしれない。




 マルティナが「さすが殿下はそこが知れないですわ」と、事の一件を思い出して関心していた時だった。

 新しい紅茶を淹れに室内に戻っていたステラが、紅茶のポットではなく一通の封書を持って帰って来たのである。


「あら? どなたからのお手紙ですの?」

「ロヴェルという方からです。どこのご令息でしょうね。もしかして、ラブレターじゃないですか?」


 このパターン、デジャヴの香りがしますわと警戒せざるを得ない。おそらく、きっと、絶対にラブレターではないだろうと思いながら封書を受け取ると、見覚えのある印璽が捺された封蝋が目に飛び込んできた。


「ちょ、もうっ! ステラのおバカ! アルズライト王家の紋章が刻まれていますわよ! ロヴェルはご令息などではなく、国王陛下ですわよ!」

「なるほど!」


 ポンッと手を打つステラにあきれるばかりのマルティナ。

 金の十字二剣の紋章の封蝋が施されたそれは、まごうことなき国王からの文書であり、決してラブレターではない。


「はははっ! 父上からの手紙がラブレターだぁ? 傑作だな! ハートの封蝋で返事を出してやれよ」


 ロヴェル王の実の息子であるルディウスは、ツボにはまったのかゲラゲラと大笑いしている。

 しかし、その笑いは封書の中身を読み上げた時に凍り付いた。


『マルティナ・リタ・ローゼン伯爵令嬢。我が息子ルディウスが何度手紙を寄越しても参城せぬ故、強引にでも連れて来てほしい』


 王からの命令は絶対。故に――、というか義理の父になる人からの頼みなのだから、大歓迎だ。

 マルティナはラピスラズリ色の髪をくるくるともてあそびながら、にっこりとした笑みを浮かべてルディウスを見つめた。怪訝そうなルディウスとは真逆の表情だ。


「殿下。GO TO王城ですわよ!」

「嫌だ」

「GO TO王城ですわよ!」

「ことわ――」

「ですわよ!」

「チィ……ッ」


 マルティナの圧に負けたルディウスを見て、ヒルダとジルバとディヴァンが拍手をした。

 果たして、ロヴェル王がルディウスを呼びつける理由は何なのか。その時のマルティナは、考えもしなかったのだった。



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