第20話 ヤンキー殿下は大暴れする

 ロヴェル王から封書を受け取った翌日――。


「仲良く参城せよ、だなんて……。陛下ってば……!」

「目ん玉腐ってんのかよ? オレとてめぇで仲良く、なんて書いてねぇだろうがよ!」


 ポッと頬を赤く染めるマルティナに、ルディウスは特大の舌打ちを寄越す。マルティナに付き従って同乗しているステラは、このようなやり取りに慣れてしまったのか、黙って肩をすくめていた。そして、ディヴァンは「マルティナ嬢の目玉が腐っている様子はないぞ!」と高らかに事実報告を行っている。


「……人口密度が高いですわ!」

「仕方ないさ。四人乗っているのだから」

「貴方が同乗している理由が一番謎ですのよ、ディヴァン!」


 馬車にマルティナのぷりぷりと怒った声が響く。

 今は、魔術学院から王城を目指して馬車で移動中。国王が用意した馬車なので、とびきり豪華な上に乗り心地が最高に良い……はずだったのだが、四人の人間が膝を突き合わせて座っている状況だと、どうしても窮屈な感じがしてしまう。

 招かれたマルティナとルディウス、侍女のステラは馬車に乗るしかないとして、問題はさも当然といった表情で座っているディヴァンだ。

 彼は、マルティナが馬車乗り場に到着した時、既に馬車内で待っていたのだ。「やぁ。遅かったね」などと言いながら、マルティナの乗車に手を貸し、当たり前のように自分も座席に座っていた。彼はあまりにも堂々としているばかりに、つい同乗の理由を聞きそびれてしまうほどである。


「国王陛下から呼び出されたのは、わたくしと殿下ですわ」

「存じているよ、マルティナ嬢。この僕。生徒会長兼、アルズライト王国内務卿コルバティール伯爵家嫡男ディヴァン・フォン・コルバティールは、二人の主君を守るべく、同行しているんだ」

「肩書気が長くて、内容が入ってきませんわ」

「チッ。騎士だ。騎士」


 ディヴァンお決まりのギャグ(本人にそのつもりはない)が、本日も安定して炸裂している様子を見かねてか、ルディウスが面倒くさそうに口を挟む。


 分かってはいる。ディヴァンは、ただのお坊ちゃん生徒会長ではなく、ルディウスとマルティナを守べく随行している騎士なのだ。

 マルティナにとっては、四六時中、生徒会長が周囲を彷徨いているといった印象でしかないのだが、実際ディヴァンは騎士の称号を取得している。しかも、その称号を得るための試験がどれほど難しいものであるかは、全国民が知るところである。


(仕方ないですわね。殿下とのラブラブな馬車の旅は諦めますわ)


 マルティナは「人口密度が高いので、換気しますわね!」と、少々ヤケ気味に窓のカーテンを開けた。

 黄金に縁取られた馬車の窓の外を流れる景色は、王城に近づくにつれてより美しい街並みとなっていく……はずだった。


「あら? あらあらあら?」

「はぁ?」

「むむっ」

「え」


 四人が窓から外を覗くと、そこは王城が遠くに見えるだだっ広い草原だった。しかも、馬車の周りを大勢の柄の悪そうな男たちにぐるりと囲まれているではないか。その数、およそ10人ほど。粗野な衣服に身を包み、各々が剝き出しの剣やナイフを構えている。

 いったいいつの間に……、などと悠長なことを言っていられる場合ではないらしい。男たちはにやにやと笑いながら、馬車に迫って来ている。


「盗賊か?」と、ディヴァンが自身の愛剣に手をかけつつ、馬車から飛び出せる体勢を取る。目つきが騎士のソレに変わり、空気がピリピリと張り詰める。


 だが、マルティナはこの状況に全く怯えていなかった。寧ろ、ワクワクしてしまっていた。


(だって、異世界転生小説では、盗賊はヒーローの実力を示すための舞台装置みたいなものですもの!)


「さぁ、殿下! 存分にやってしまってくださいな!」


 どうぞ、どうぞと両手を広げるマルティナ。

 ルディウスならば、「ったりめぇだろ」と一蹴するかと思っていた。だが、当のルディウスの反応は、マルティナが想定しているものではなかった。


「くそっ……。まずいな」


 ルディウスは、険しい顔で外を睨みつけているではないか。

 その様子を見て、マルティナはようやく危機感を抱き、震えあがる。


(まさか、ピンチですのーーーっ?)


 いつの間にか、馬車を操っていたはずの御者がいない。まさか、既に外の盗賊たちに殺されてしまったのだろうかと、マルティナは背筋が寒くなる。


「と、盗賊は瞬殺できるというのが相場ではありませんの……?」

「オレ一人なら、アイツらボッコボコにしてやるが、てめぇと侍女が邪魔なんだよ! 女二人守りながら戦うなんざ、煩わしい」

「ならば、僕が全員を片付けよう。ルディウス殿下は、馬車内でレディたちの傍にいてくれ」

「あ? なんでこのオレが女共の御守りなんだよ!」


 ルディウスがディヴァンに向かってギャンと吠える。

 一方のマルティナは、ルディウスが難色を示していた理由が、相手が強敵かつ多勢かであるからではなく、自分とステラが足手まといであるということに気がつき、悔しい想いを抱いていた。

 つい先日、ルディウスの隣に立つに相応しい王妃になろうと決意したというのに、いきなりお荷物扱いは不本意だ。


「殿下! わたくし、魔術には自信がございます! 悪漢の一人や二人や三人や四人、お任せくださいな!」

「じゃあ、てめぇは自分の身は自分で守れ。で、馬で救援を呼んで来い!」

「わたくし、ここで戦いま――」

「なら、侍女に行かせるか? 族に追いつかれて死ぬぜ」


 食い下がろうとするマルティナの言葉をルディウスは遮り、ステラに視線を飛ばす。

 するとステラは、「私、死にます」と首が千切れるほど激しく頷いていた。


「役立たずなステラをお許しください、マルティナ様。貴女様なら、盗賊に追われても雷の魔術で蹴散らすことができます。だから、お願いです。救援を呼んできてください!」

「す、ステラ……」


 ステラのすがるような視線に、マルティナは「うぐぐ」と閉口してしまう。

 それに、理屈は通っている。四人の生存率を上げるには、主戦力のルディウスとディヴァンを少しでも自由に動けるようにするのが得策。戦い慣れていないマルティナとステラの二人を守りながら戦うよりかは、どちらか一人だけを守り、もう一人には救援を呼びに走らせる方が各段に戦いやすくなる。そして、単独行動を取るのは、攻撃魔術が扱えるマルティナが適しているということも理解できる。


(皆のために、最善を尽くさないと……)


 その決断は一瞬だった。


「すぐに王城に行き、助けを呼んで参りますわ!」

「っしゃ! 行くぜぇっ!」


 盗賊たちが馬車に手を掛けようとすると同時に、ルディウスは内側からドアを蹴り開け、敵陣にダイブした。そして、勢いのままに目の前にいた盗賊Aの額に頭突きを食らわせ、膝蹴りをお見舞いする。見事なコンボである。

 盗賊Aの「ギャァッ」という悲鳴に弾かれるようにして、盗賊たちの注目がルディウスに集まり、どよめきが起こる。


「お、お前! 第二王子のルディウスか?」

「髪は紅いが、聞いていた風貌と違うぜ」

「丸腰で出てきやがったぞ!」


 どうやら盗賊たちが思い描いていたルディウスは、長髪に高級素材の制服を着た旧ルディウスだったらしい。馬車からいきなりオラオラした見た目の青年が飛び出してきたため、たいそう驚いている様子である。

 そんな彼らに向かって、ルディウスがとびきり悪い人相で凄む。


「モブ共! 目ん玉かっぽじって、よぉく見やがれ! オレ様こそが、未来の国王ルディウス・フォン・アルズライトだ!」


 堂々と名乗りを上げるルディウスに、普段のマルティナであればクラクラメロメロしているところだ。

 けれど、今、その余裕はない。

 マルティナはルディウスが盗賊たちの気を引いている隙に、ディヴァンとステラの手を借りて、馬車に繋がれている馬の背によじ登っていたのだ。


「ルディウス殿下とステラのことは、僕に任せたまえ!」

「マルティナ様、お気を付けて!」

「ええ。わたくしが戻るまで、耐えてくださいまし!」


 マルティナが強く頷きかけると、ディヴァンは剣先で馬をつないでいた革紐を切断し、馬の胴を手でトンッと叩く。

 すると、マルティナの視界がぐらりと揺れ、次の瞬間には草原の緑と空の青が高速で後ろに流れていく。馬が、走り出したのだ。

 盗賊たちの「伯爵令嬢が逃げたぞ!」という声が聞こえ、追われているのではないかと怖くなってチラリと背中を振り返るが、盗賊たちの真ん中で拳を振るうルディウスが小さく見えるだけだった。


(殿下、ステラ、ディヴァン。どうか無事でいて!)


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