第25話 ヤンデレ殿下、プロポーズする

 煌めくエメラルドのような瞳を持つ弟が生まれた。とても小さくて、抱きしめると壊れてしまいそうなくらい柔らかい。なんて可愛いのだろう。


 ルディウスの母親が死んだ。乳母に離宮で育てさせる話も出たが、私が面倒を見ると言った。雛のように私の真似をしているルディウスの見本にならなければ。


 ルディウスが学問を父上に褒められている。私が教えたのだ。鼻が高い。それに、攻撃の魔術はからっきしだが、治癒術は一級品だ。将来が楽しみだ。


 翠眼がない私には王の資格がないと陰で話していたある公爵が、父上によって左遷された。父上は、息子想いな方だ。私は、父の期待に応えねばならない。


 ローゼン伯爵家の令嬢が遊びにやって来た。歳の近いルディウスと仲良くしてくれているようだ。愛らしい少女で、つい目で追ってしまう。


 マルティナとルディウスが庭で遊んでいる。私は帝王学の勉強で忙しいというのに、呑気なものだ。まぁ、いい。王には孤独がつきものだ。


 ルディウスが、王宮剣術を歴代最年少で修めたらしい。私は未だ最終試験で止まっているというのに。


 母上が亡くなられた。母上は、「翠眼を持って産んであげられなくてごめんね」と死の間際に仰った。私は、翠眼がなくて不幸なのだろうか。


 母の死を引きずり、落ち込んでいた私にマルティナがお菓子を作って来てくれた。ルディウスとのお茶用だったが、多く作り過ぎてしまったのだと言っていた。その分かりやすい嘘が可愛らしい。


 ルディウスの周りには、いつも人がいる。私が晩餐会で独りでいると、マルティナが挨拶に来てくれた。私を気にかけてくれたのだろうか。いや、それとも単に私と話したかったのか。


 縁談話が持ち上がり、何度か見合いをした。腹の底の見えない女ばかりで、うんざりだ。マルティナのように純粋さと優しさを併せ持つ女性はいないだろうか。


 ルディウスとマルティナが二人で勉強をしている。声をかけるか? いや。あれは、まだ私の語学力では読むことができない古代語の歴史書だ。いったいいつの間に……。


 騎士団と共に出陣した私は、満身創痍だった。マルティナの顔が見たい。彼女の顔を見ることができれば、元気になれるはずだ。だが、マルティナはルディウスと共にピアノの練習をしていると言うではないか。このような理不尽があってたまるか。


 伝承の【未来視の瞳】があれば、苦しみや悲しみを回避できるはずだ。私に翠眼があれば、こんな想いをせずに済んだかもしれぬ。


 父上より、ルディウスが次期国王であること、そしてルディウスとマルティナの婚約者が告げられた。

 私は裏切られた。選ばれなかった。奪われた。その王位は私のものだ。マルティナは私のことが好きなのだ。なぜ、二つともお前がさらっていく。


 簒奪者さんだつしゃめ! いつか必ず取り返してやる!




 ***

 パーシバル・フォン・アルズライトの記憶は、苛立ちや嫉妬、憎しみや恨みの感情が渦巻いていた。

 パーシバルは、ルディウスに王位を継がせないために暴力を振るい、彼の悪評を方々に流し、刺客を差し向けた。そして父王にまで毒を盛り、医者を買収し、じわじわと衰弱に追い込んだ。


 父王が死ぬのは時間の問題であり、部屋から出られない状態にさえなればこっちのものだ。王の言葉は、息子である自分が代弁するのだから……と。




 ルディウスの「前世」は指輪の中から彼の記憶を読み取り、原作通りの悪党だぜと舌打ちをした。だが、今自分が指輪に囚われていることは原作通りではない。このままでは、ルディウスはパーシバルのいいように始末されてしまうし、転生先を失ってしまうことは「前世」の本意ではない。

 何より、先程は散々悪態をついてしまったものの、「前世」自身はルディウスのことが嫌いではないのだ。


――そりゃあ、ガキの頃に穴が開くほど読んだ本の主人公だもんな。賢いくせに、オレに言われるがままにヤンキーになっちまうくらい馬鹿だし。


 今日という日まで、ルディウスと「前世」は精神で会話をし、意識を入れ替えながら困難に立ち向かってきた。奇妙な運命共同体といったところだろうか。

「前世」はルディウスのことを憎めないクズ王子として見ていたのだが、原作小説には描かれていない彼の深い傷と愛、そして得体のしれない者の力を借りてでも、マルティナとの幸せを掴みたいと願ったルディウスの心を知って、どうにかしてやりたいという思うが芽生えてしまった。


 第二の人生くらい、自分のために生きればいいのもを。

 ほっとけねぇに決まってんだろと、胸の内で笑う。


――原作と違ってもいい。改悪でもかまわねぇから、手を貸してくれ! マルティナ!



 ***

(今、殿下のお声が聞こえたような……)


 マルティナはきょろきょろと周囲を見渡すが、王城の廊下には兵士やメイドの姿しかない。空耳だろうかと、しゅんと気持ちが落ちてしまう。

 ロヴェル王との謁見を終えたマルティナは、パーシバルとのアフタヌーンティーなどに行っている場合ではないと思い、居ても立っても居られずに王城内を駆けていたのだ。


 ルディウスは部屋に籠っているとパーシバルは言っていたが、彼の部屋のドアを叩いても反応がなかった。眠っている可能性や本気で周囲を拒絶したい可能性もあるが、マルティナは直感的に違うと感じた。ここにはルディウスはいない。精霊たちがそう言っている気がしたのだ。


(今すぐ、殿下に会わなければ! 殿下、どちらにいらっしゃいますの?)


 つい今しがた交わしたロヴェル王との会話が思い出され、マルティナの胸がギュッと痛くなる。


 どうして、気がつかなかったのだろう。これまで、何度か違和感を感じていたではないか。

 前世の記憶を取り戻し、記憶が入り混じっていると言っていたルディウスの言動には、ちぐはぐな部分が時々あった。メロンパンを所望したかと思えば、初めて食べるかのようにローゼン流メロンパンを食べていた。記憶力の良い彼が、取り巻き令息のエリックの名前を知らないと言った。教えた覚えがないのに、マルティナに水魔術の素養があると知っていた。ピアノの思い出を忘れているかと思いきや、連弾の曲までもしっかりと覚えていた。

 では、パーシバルに首を垂れていたあのルディウスは?

 マルティナをパーシバルに預けると言ったあのルディウスは、パーシバルのさも当然といった態度を見るに、隠されていた彼の一面だろう。


 そして、それらから導き出された答えは、ロヴェル王の口から語られた王家の秘密によって裏付けされた。


『ルディウスの内には、未来を知るもう一人のルディウスがいるのだ』


 ロヴェル王は、【未来視の瞳】を持つ王族の精神には、未来を知っている異世界の「前世」の人格が宿ると言った。その時期は人それぞれだが、「前世」が精神に干渉してくることだけは確実であり、歴代の国王たちは「前世」の人格が持つ未来の記憶を頼りに政治や戦争をしてきたという。

 もちろん、ロヴェル王も。


「わしの『前世』は、わしが15の時に現れた。異世界で若くして死んだ男でな。この世界を舞台とした小説を読んだと言っていた。信じられるか? わしらが描かれた小説だ」


 転生したら小説の世界だった……は、異世界転生小説では擦られまくっているネタである。まさか自分が生きている世界に、リアル異世界転生ロマンが代々存在していたなどとは思いもよらず、マルティナは失神しかけるほどに驚いた。アルズライト王国の発展の裏には異世界人の知識があったなど、誰が想像するだろうか。


「わしの『前世』は、小説の知識をもとに破綻しかけていた財政を立て直す画期的な方法を教え、流行病を未然に防ぎ、戦争を予知して勝利に導いた。そして、今は亡き妃と縁が結べたことも、奴の功績と言ってもいい」

「まさか、そんな……。でしたら、今も陛下の内にはもう一人の陛下が?」

「いいや。もうわしの中に『前世』はおらぬ。わしは精神力で奴を上回り、記憶のみ取り込んだ。歴代の王たちも同じだ。精神を上書きして来んとする『前世』を抑え込み、打ち勝ってきた。果たして、ルディウスにそれができるかどうかだが――」


 げほげほと咳き込みながら答えるロヴェル王は、息苦しそうに言葉を紡ぐ。その険しい表情は、生まれながらにして試練を課された息子の身を案じてのものだろうが、それを聞かされたマルティナはぞっと震えてしまった。


「殿下が『前世』に上書きされてしまう……?」


 複雑な想いが胸に渦巻き、マルティナはハッとする。


 幼い頃に何度も遊び、夢を語り合ったルディウス。

 お菓子を美味しく食べてくれたルディウス。

 一緒にピアノのを弾いたルディウス。

 異世界転生小説を馬鹿にしてきたルディウス。

 マルティナがお洒落や勉強などで、どうにかして気を引きたいと思って見つめ続けていたのに、目を合わせてくれなくなったルディウス。

 取り巻きたちと遊び惚け、マルティナを遠ざけるようになったルディウス――。


 マルティナが今、守りたいと思ったルディウスは、ヤンキーになる以前のルディウスだったのだ。


(あぁ。わたくし、自分でも気がつかないほどに、ずっと殿下のことが好きでしたのね)


 マルティナは、目を閉じてルディウスの姿を思い浮かべる。

 長髪の遊び人殿下と、短髪のヤンキー殿下。もちろん、ヤンキー殿下のことも大切だ。ヤンキー殿下は、何度もマルティナの危機を救ってくれたし、マルティナ自身の価値観を変えてくれた。それは、きっと単に未来を知っていたからできたことではない。彼の持つ腕っぷしの強さと溢れんばかりの勇気がなければ、為せなかったことだろう。だから、ヤンキー殿下に消えてほしいと思うわけでもないのだ。


「陛下は、殿下が『前世』を取り込んで王に即位されることをお望みなのですか?」


 マルティナの問いかけに、ロヴェル王は――。





 ロヴェル王の言葉を思い返し、マルティナはドレスの布をギュッと握る。

 病魔に侵され、起き上がることも光をみることもままならない王は、マルティナとの話を終えると「ルディウスを頼む」と言って眠りについた。

 おそらく、ルディウスの即位は近い。

 ロヴェル王の余命については分からないが、近い将来、王位第一継承者であるルディウスがアルズライト国王に即位し、マルティナが王妃になるだろう。

 果たして、あれほど兄に怯えていたルディウスに王が務まるのか? それとも、彼の「前世」が取って代われば成し遂げられるのか?


「父上に代わり、国を治めよう。結婚しよう、マルティナ」

「え?」


 突然背後から声を掛けられ、しかもその内容がプロポーズであったことに目を丸くするマルティナ。

 そう言いながら下の階から階段をコツコツと軽快な足取りで昇って来たのは、婚約者のルディウスではなかった。パーシバルである。褪せた赤い髪をなびかせて近づいて来る彼は、これまで以上に強い自信で溢れており――。


「愚弟からの婚約破棄を承諾し、私と婚約するのだ。拒否は認めない」


 パーシバルの言葉にマルティナはギョッとして凍り付いた。 


(断固拒否ですわよ! なぜ、そんな展開になりますのっ⁈)



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