第10話 ご令嬢はぶちかます

 アルズライト王国における魔術は、体内で生成される魔力を元手に自然界の精霊を操るというものだ。その精霊の数は無数であり、精霊の組み合わせによって異なる魔術が発動できる。

 例えば、ルディウスは癒しの精霊のみ。先ほどのエリックであれば、塵と炎の精霊を掛け合わせて爆発を起こしていた。

 そして、マルティナの母譲りの水魔法は、通常川や湖といった水辺にいる精霊を操るのだが、この中庭には池も井戸もない。と、なれば。


「空気中の水分から、強引に連れて来るしかありませんわね!」


 マルティナが大きく両手を天に掲げると、可視化できるほどの青く淡い光――水の精霊たちがどんどん集まって来る。これまで経験したことのない、体内の魔力が吸い上げられ、急激に枯渇していくような感覚が全身を駆け巡る。


 けれど大丈夫。みんないい子だと、マルティナは精霊たちと優しく見つめて淡く微笑む。


 チラリとルディウスに目をやると、ルディウスは頷きながら「かましてやれ!」と短く言った。

 マルティナには、それで十分だった。


 この力は、ルディウスのために。

 そして、ルディウスが守りたい国民たちのために。


(殿下は、後ろで控えているだけのお飾り王妃なんて望まないですわよね。いいですわ。わたくし、貴方の隣に立てるような誇らしい女になりますから!)


「せいやぁぁぁぁっ!!!!」


 両手を大きく前方に振り切ると、水の精霊たちが矢のような速度で移動し、平民寮の最上階で豪水に具現化してはじけ飛んだ。

 まるで、巨大な水風船が割れたかのような轟音と衝撃が周囲に走る。

 そして建物から大量の水が洪水となって出現し、溢れ出て来て止まらない。瞬く間に炎を吞み込んでいく。

 マルティナ自身も腰が抜けてしまい、思わず「あわわ……っ」と口走ってしまう。


「火が消えました!」


 ステラの声を聴き、一瞬安堵したマルティナだったが、ハッと気がついた時には天から悲鳴が響いていた。

 それは、最上階から水圧で押し出され、地に向かって転落している平民の男子生徒の悲鳴だった。


「あぁっ! だめっ!」


 マルティナは泣きそうな声で叫ぶ。

 助けようとした男子生徒が、自分の魔術によって死んでしまうなんて。

 愛と決意がこんな形で終わってしまうなんて――。





「らっしゃぁぁぁぁぁぁいっっっ!」


 マルティナが恐怖のあまりギュッと目を閉じると同時に、ドスの効いた声が一帯に轟く。

 ドゥゥゥンッという鈍い音と共に、ルディウスは苦痛の表情で激しい衝撃に耐えていた。彼が平民寮の下で両手を広げ、腰を落とした姿勢で男子生徒を受け止めた瞬間だった。




「殿下!」


 ようやく水魔術が収まったが、すっかり水浸しになってしまった芝生広場。その広場をびしゃびしゃと駆け、マルティナはルディウスの元へ向かった。ステラも急いで追いかけて来るが、待ってはいられない。

 ルディウスを見ると、相手が大柄な男子生徒だったためか、彼はドスンと後ろにひっくり返っている。だが、目立った怪我は見受けられない。助られた男子生徒も無傷なようで、ルディウスに何度も礼を述べているところだった。

 マルティナは、その様子を見て全身の力が抜ける想いになり、胸に詰まっていた緊張の息を大きく吐き出した。


(あぁ、殿下。自国民を分け隔てなく救おうとなさる貴方は、とても立派ですわ)


 ルディウスの男らしい姿を思い出し、いっそう好きになってしまったと頬を染めるマルティナ。

 だが、ルディウスはひっくり返ったままの姿勢で、きつく睨み返してきた。


「俺は見世物じゃねえぞ。とっとと起こせ!」


 マルティナがハッと視線を下げると、ルディウスの両足は地面にめり込んで埋まってしまっていた。男子生徒を受け止めた時の衝撃は、よほどのものだったらしい。どうりで、彼がなかなか起き上がって来ないわけだ。


 彼には、マルティナが思い描いていたような異世界転生ヒーローの異能力はないのかもしれない。使っている魔法も、元のルディウスが得意としていたものだし、身体も自らせっせと鍛えている。

 敢えて言うならば、彼が前世から引き継いだものは「覚悟」だろうか。

 自分が矢面に立つという覚悟。民を導くという覚悟。王になるという覚悟――。


(素敵な転生特典ですわ。わたくし、貴方が創る国を隣で見たいです)


 マルティナは、「カッコがつかない英雄ですわね」と笑みを浮かべて愛しい人に手を差し伸べたのだった。





 ***

 同時刻。魔術学院生徒会室――。

 生徒会役員の一人がバタバタと慌てた様子で駆け込んで来た。


「生徒会長! ご報告が!」

「何だろう? ノックをしなかったことを納得させられるほどの報告かい?」

「いっ、いえ……。そ、そうです! 緊急事態です!」

「聞こう」


 壁に掛けられた群青色の学院旗の下に立つ金髪の青年は、深刻な表情で役員を見つめ返す。

 サラサラの金色の髪に透き通るような蒼眼、爽やかに整った顔は、まるで物語に出てくる王子のよう。ルディウスより、よほどプリンスという呼び名が似合う。


 そして金髪の青年は、役員から学生寮爆発と巨大な水魔術による鎮火についての報告を受けると、うんと頷き、高らかに宣言した。


「事件の中心には、彼がいるようだね。最近の彼は目に余る。早急に対処しようじゃないか。……この僕! 生徒会長兼、アルズライト王国内務卿コルバティール伯爵家嫡男ディヴァン・フォン・コルバティールがね!」


 内容はともかく、「肩書き、なっが!」と、役員は思わずにはいられなかった。



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