第3章 ご令嬢は悪役令嬢を演じたい

第11話 ヤンキー殿下は生徒会長に絡まれる

 魔術学院のローズガーデンは、マルティナのお気に入りの場所だ。

 色とりどりのバラは見ているだけで心が華やぎ、ふんわりと漂う甘い香りは気持ちを落ち着けてくれる。

 そして婚約者とのお茶の雰囲気も、最高にラブラブな感じにな……らなかった。


「俺、帰るわ」

「お、お待ちください! せっかく紅茶が入りましたのに!」


 マルティナは、ローズガーデンのテラス席から速攻で立ち去ろうとするルディウスにしがみつき、彼の退席を必死に食い止めていた。


「わたくし、殿下にお礼がしたいのですわ! 先日、わたくしに自信を持たせ、水魔術の成功に導いてくださった殿下に!」

「あ? 俺は別に、てめぇが水魔術が使えるって知ってただけだ」

「あら。わたくし、殿下の前で水魔術を使ったことなんてありませんわ。雷魔術は御身に刻んで差し上げましたけど、どちらでお知りになったのです?」


 ルディウスは一瞬の間を開けて「……お前の親父とか」と、小声で答えた。

 その抵抗が緩んだ隙をマルティナは見逃さず、強引に彼を椅子に引き戻すと、目の前にドンとボールのように丸い塊を置いてやった。

 それは、立体的な丸いパンに格子柄のクッキー生地を纏わせた謎の食べ物だった。


「んだコレ?」

「うふふ。殿下がお好きな異世界の食べ物――メロンパンなるものを作ってみましたの!」

「これが、メロンパン?」


 普段は鋭い翡翠色の瞳をまん丸くして驚くルディウスを見て、マルティナはサプライズ大成功と言わんばかりに手を叩く。ステラと頑張って試行錯誤を繰り返した甲斐がある。



 ***

 時間は数日前にまで遡る。


 マルティナは、ステラと共にメロンパンの研究に没頭した。

 まずは、パンという言葉がゲシュタルト崩壊するまで、書物で各国のパンというパンを調べ上げた。だが、メロンパンのメの字も出てこない。そのことをメロンパンが異世界の食べ物であるという証明とした。

 そして、次にメロンパンの再現へ。

 メロンが入っていないのにメロンパンという名を持つメロンパンとは、いったいどのようなパンなのか?

 サクサクふわふわとは、どんな状態なのか?

 もしや、なぞかけなのか?

 それとも、自分たちの知らないメロンとパンがあるのか?

 

 学院の厨房の片隅を借りてパン作りをする二人は、あぁでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返しながら、メロンパン(仮)の山を作っていった。緑色、オレンジ色、サクサクの衣で揚げてみたり、ふわふわのスフレ状にしてみたり……。


「これ、しばらく毎日パン生活ですよ。アフタヌーンティースタンドの全段、メロンパン(仮)ですよ」

「致し方ないですわ。だって、殿下を驚かせたいんですもの」


 そうはいっても、サクサクふわふわの正体が分からない。

 あまりにメロンパン(仮)の試食に飽きてしまったマルティナは、口直しに紅茶とクッキーで小休憩を挟んでいたのだが。

 その時、稲妻が走ったかのようなひらめきを得た。


「クッキーをパンにくっ付けたら、サクサクふわふわではなくて⁈」




 ***

 そうして、ローゼン流メロンパンはこの世に爆誕したのであった。


「丸いパンの上にクッキーが乗っているとのことでしたので、パンとクッキーを別焼きにして、後からクッキーをくっつけましたの。パンとクッキーの間にはバタークリームを挟んでありますわ!」

「見た目と大きさががメロン過ぎてビビるわ」

「あら。メロンパンの特徴を押さえたはずですけれど……。違いますの?」


 ルディウスは何か言いたげだったが、諦めたように「うぅん」と唸ると、乱暴にマルティナが作ったメロンパンに手を伸ばした。そして豪快にかぶりつき、もっしゃもっしゃと口いっぱいのメロンパンを咀嚼した。

 その顔はしかめ面から徐々に柔らかなものに変わっていき、やがて照れくさそうな笑みが口の端に浮かんでいた。


「メロンパンかどうかは分からねぇが、美味いぜ……。お前、昔から甘いもん作るの上手いよな」


(昔……から……)




 ルディウスに褒められた喜びに重なるようにして、幼い頃の記憶が鮮烈に蘇る。


 幼い時代――。

 婚約をする前のマルティナとルディウスは仲が良く、よく王城の庭園で、国をこうしたい、ああしたいと語り合いながらお茶を楽しんだ。二人とも甘いお菓子が大好きで、城のパティシエから「食べ過ぎです」と量を減らされてしまうこともしばしばあったのだ。

 そんな事態に備えて、マルティナはいつも焼き菓子を手作りして持って行っていた。マドレーヌにスコーン、クッキーにケーキ……。ルディウスが「ティナはお菓子を作るのが上手いよな」と、喜んで食べてくれることが嬉しくて、飽きずに数年の間、ずっとお菓子を作り続けていたのだ。



「異世界の前世の記憶が蘇って、殿下は別人になられたわけではありませんのね」

「……記憶は混ざってんだよ。完全に上書きしたら、俺の生活に支障ありまくりだろうが。お前の好きなご都合主義な異世界転生だ」

「わたくしの秘密の趣味まで覚えておいでだなんて!」

「忘れるもんでもねぇだろ」


(殿下は、完全に生まれ変わられたのかと思っておりましたけれど、違いますのね。……わたくしが忘れていただけで、殿下は殿下なのですね)


 昔から、ルディウスは平等な国を創りたいと話していた。平民も貴族も、男も女も強く生きることができる国を。

 自分もその理想に憧れたはずなのに、いつの間に忘れていたのだろうと、マルティナはきゅっと唇と引き結ぶ。


「変わってしまっていたのは、わたくしの方だったのかしら……」


 中身のない王妃教育に辟易し、「王を飾る華」になりたくないとため息をつき、逃げるように勉学に没頭していた自分。全てを国の慣習や親の意向、そしてルディウスのせいにして、現実から目を背けていたのではないだろうか。


 ルディウスが黙々とメロンパンを頬張る様子を見つめながら、マルティナは「こんなわたくしでは、殿下にも愛想を尽かされて当然ですわね……」ぽつりとつぶやく。

 すると、うっかりルディウスに聞こえてしまったようで、「あ? ぶつぶつうっせぇな」と睨まれてしまった。

 だが、もう砂糖ひと匙分も怖くはない。


「みんなは怯えて逃げるかもしれませんけれど、わたくし、未来の王妃ですもの。へっちゃらですわ」

「チッ……。覚えてたのかよ。それは、てめぇに発破かけるために言っただけだ!」

「な! そんな後出し情報は認めませんわよ! 棄却致します」

「黙れ、クソアマ! 俺はまだ、婚約破棄も諦めてねぇからな」

「婚約破棄も認めません!」

「王子の俺に口答えすんじゃねぇよ!」


 癒しのローズガーデンが、口喧嘩で騒がしい空間になり果てた時だった。

 突然、テラスに金髪に蒼い瞳の男子生徒が現れたのだ。

 襟の詰まった制服を生真面目に着るその人のことを、マルティナはよく知っていた。


「やぁ。逢引き中すまないね。君たちに話があるんだ」

「逢引きじゃねぇし」

「……どのようなご用件でしょう? ディヴァン生徒会長」


 ルディウスの否定は無視し、マルティナは不機嫌を隠さず淡々とした口調で応じた。ラブラブティータイムを邪魔されたのだから、ムッとせずにはいられない。

 それに、異世界転生について事細かに聴取していく予定だったのだ。前世の名前は? 異世界の文化は? 生まれ変わる時に女神様には会ったのか? 転生特典はあるのか? などなど。

 可能であるならば、「早く帰ってくださいまし」と言ってやりたい。


 マルティナがきつく睨んだこの青年――ディヴァンは王国の政治を司る内務卿コルバティール伯爵の嫡男。貴族としての務めを果たすべく、清廉潔白を地で行くような性格の男だった。魔術学院の生徒会長も務めており、誰にでも気さくで優しいことで人気が高い。

 だが、特定の貴族や王族への並々ならぬ執着が見られる。例えば軍務卿の娘であるマルティナを執拗にライバル視し、何かと張り合ってくるのだ。

 マルティナ自身も負けず嫌いであるため、魔術学院での定期試験ではいつもバッチバチの火花を散らし、学年一位の座を争っている。ちなみに現在は、悔しいことにディヴァンが勝ち越し中である。


「先日の学生寮爆破事件のことを聞いたよ。ルディウスがカルロス侯爵家のエリックとトラブルになり、彼を精神的に追い詰めたこと。エリックを過剰に攻撃したこと。そしてマルティナが過剰な威力の水魔術を使い、平民の生徒を危険に晒したこと」

「まぁ、酷い言われようですわ! 誰がそんなことを仰いましたの? 少なくとも、殿下は平民の生徒の命を救われたというのに」

「複数の生徒たちの証言だ。命を救われたという男子生徒も、恐ろしい思いをしたと話していたよ」


 マルティナは、そんな馬鹿なと大きく目を見開く。

 事件を起こしたエリックが自主退学という形で魔術学院を去り、あの件は一件落着したと思っていたというのに、まさかこちらが悪者になっていたなんて。


「証言されたのはどなたかしら? わたくし、抗議して参りますわ!」

「無駄なことはやめとけ。どうせパーシバル派の連中か、連中に金でももらった奴らが証言したんだろ」

「正義の心根を持った魔術学院の貴族たちが、そのように不誠実な発言をしているわけがないだろう! 証拠がないのならば撤回したまえ、ルディウス!」

「そう思いたかったら、そう思っとけ。別にかまわねぇよ」


 ルディウスが吐き捨てるようにして言った「パーシバル派」という派閥は、ルディウスの腹違いの兄──第一王子パーシバルこそが次期国王に相応しいとする者たちの集まりだ。彼らは現国王が王位第一継承者に指名したルディウスを決して認めようとせず、長年に渡って、ルディウスが如何に無責任で無能な王子であるかを現国王に訴え続けていた。

 そのことはマルティナも知っていたのだが、今回のように情報操作をしてまでルディウスの評価を下げようとしてくるとは。


(そもそも殿下は孤立無援だというのに、パーシバル派はやり方が汚いですわ!)


 そこで、マルティナはハッとした。

 もしや、エリックにルディウス爆殺を唆したのもパーシバル派の仕業ではないだろうか? 

 あの時、エリックは「右腕になれると思ったのに」と狂ったように叫んでいたが、アレはルディウスではなく、パーシバルの側近という意味で言っていたのでは? ルディウスに捨てられ自暴自棄になっていたエリックは、パーシバルの側近になれるという報酬をぶら下げられ、藁にも縋る思いで飛びついてしまったのでは?


(パーシバル派! 許すまじですわ!)


 だが、ディヴァンが言うようにその証拠はどこにもないし、学生たちの証言を覆す味方はルディウスにはいない。

 そして、今。タチが悪いのは、ディヴァンという青年は人の悪意を疑わず、貴族の心の美しさを信じていながら、「パーシバル派」に所属しているということだ。


「パーシバル殿下を王に推薦する者たちは、心の底から殿下を慕っているのだ。殿下は、誠実で聡明。誰にでもお優しい。……それに比べて、君はどうだ? 言動は粗暴、学問も疎かにし、最近は何かあれば暴力で解決しようとしているらしいじゃないか。非常に目に余るよ」


 ディヴァンは、尊敬するパーシバルのことを「殿下」と呼び、ルディウスのことを「君」と呼ぶ。

 それは、彼のルディウスへの評価そのもの。ディヴァンは敬愛するパーシバル以外が王になるべきではないと思っているのだ。


「僕には、生徒会長として君の生活態度を改めさせる義務がある。規則や規律は守るためにあるのだからね。君が少しでもパーシバル殿下のような人格者に近づけるように、指導させてもらうよ」

「バカか。オレは、自分でてっぺんを取る。パーシバルみたいな腑抜けと比べんじゃねぇ」

「てっぺん? つまらない冗談は言わない方がいい。君は、魔術学院のてっぺんすら取ったことがないというのに」


 ディヴァンとルディウスの会話に混ざることができず、途中から口を閉じていたマルティナだったが、なんとなくディヴァンの台詞が誘導的であると感じていた。ルディウスを挑発し、都合の良い言葉を引き出そうとしているような不穏さがある。


 そう、気がついた時には遅かった。


「あぁん? オレは魔術学院のてっぺんくらい、簡単に取ってやるよ! なんせ、魔術学院なんざ通過点だからな!」

「そうか。では、学院のてっぺん――座学試験の成績ナンバーワンを賭けて、僕と勝負しようじゃないか! 君が負けたら王位を辞退、僕が負けたら生徒会長を辞任する」

「いいぜ。その喧嘩、買ってやる!」

「えっ、ええええ! お待ちください、殿下!」


 マルティナは血相を変えて二人の会話に割り込んだが、ルディウスもディヴァンも男の約束だと言わんばかりに熱く頷き合っているではないか。


「そんな不平等な勝負、認められませんわ! 王位と生徒会長では、あまりにも重みが違います! おバカですの?」


 マルティナがルディウスを必死に止めようとする理由は、他にもある。

 そもそも、ルディウスの学力は低いはずなのだ。いつもいつも取り巻きや太鼓持ちの貴族たちに課題をやらせたり、試験では平気でカンニングをしていた彼が、学年トップクラスの頭脳を持つディヴァンに勝てるわけがない。しかも、座学の試験は一週間後に迫っているのだ。


「殿下、もしや、前世では超優秀な頭脳をお持ちで、そのチート頭脳を使われるおつもりとか?」


 一応、聞いてみた。

 だが、ルディウスはあっさりと「前世のオレは赤点の常連だ!」と堂々と恐ろしいことを言ってのけた。


(これは、「落ちこぼれが異世界でイケメンに転生」するパターンでは? 転生特典は、外見と地位だったのでしょうか? 頭脳を求めなかったところが、やっぱりおバカかもしれませんわ!)


 思わず、マルティナは失神しかけてしまう。

 こんな結果が分かり切った勝負をして、ルディウスが王位継承権を手放してしまったら、彼の強い国を創るという夢は早々に途絶えてしまう。もちろん、王妃として彼を支えたいというマルティナの夢もだ。


 そんなマルティナの危惧を感じ取ってか、ディヴァンは一つ提案をしてきた。


「君がルディウスに勉強を教えたらいい。自分たちこそが未来の王と王妃だというのならば、二人の愛の力で僕を倒したまえ!」

「うぅぅぅ受けて立ちますわっ!」


 食い気味に即断し、自信満々にラピスラズリ色の長い髪を搔き上げたマルティナ。

 勝てる根拠はまったくないが、「二人の愛」と言われたらやるしかない。たとえ、つい先ほどまで勝負に反対していたとしても。ルディウスが恐ろしい形相で「愛だぁ?」と睨んできていたとしても。


 ともかく、王と王妃の地位は二つで一つ。婚約破棄が実行されていないマルティナとルディウスは、運命共同体になったのである。


「オレたちが、必ずてめぇに吠え面をかかせてやるよ!」

「えぇ! せいぜい、吠える練習でもなさっていてくださいな!」

「不良カップルに、この僕、生徒会長兼、アルズライト王国内務卿コルバティール伯爵家嫡男ディヴァン・フォン・コルバティールが敗北することなど、ありはしないさ!」


 自信満々に胸を張って宣言したディヴァンに対して、「肩書き、なっが!」と、マルティナとルディウスは互いの顔を見合わせた。

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