堕ちた日々

@mirisano

第1話 日常

『こんなわたしでも愛される資格あるんだって実感できる気がする。』

なんて小説じみたセリフを理路整然と下着姿で言っても様になるのは彼女の身体の頭からつま先に至るまで構成されているすべてのパーツが作り物のように完璧に出来ているからだろうか。休日の静かな昼下がり、夜中のだるさを抱えながら彼女と二人、自室でのんびりとしていた。高校生というお互いにまだ法律の範囲外でそれでもなおこんな風な関係を続けているのだから自分たちは相当甘えて生きているのだと自虐するほどなかった。某飲料水のcmの様な輝かしくも瑞々しいほどの青春とやらは私たちには無関係だったそうで、実際のところ私たちに残されたものといえば恋人とも言えないような同級生と身に余るほどの快楽、それぐらいだった。こうしてベットの上で下着姿で薄いタオルケットを被っていると時間がひどく曖昧なもののように思えてきた。のろのろと私の見えないところで動いているものが、今はひどく遠いものに感じられた。

「どうしたの?」

真っ白だった視界ががらりと変わって彼女の顔を映し出す。吸い込まれそうな黒目には特に可愛げもない自分の姿が映っていた。

「別に・・・」

「あっそ。」

そろそろ起きるかとまだ覚めてない身体を起こす。ベットの下に雑に脱ぎ捨てられたズボンやらTシャツやらを身に着ける。テーブルに置かれたペットボトルの蓋を開ける。水分が不足した身体に少しづつ溜まるように水が入っていくのが感じられた。飲み終わると近くに置いてあったスマホが一件のメッセージを映す。画面をタップしてLINEを起動させる。送り主は友人の美香からだった。

『明日の小テストの範囲ってわかる?』

昨日の夕方あたりに送信されていたものですぐさま撮っておいたスクショとともに送信する。

『気づくの遅れてごめんーこれがテストの範囲表ー』

メッセージの後に最近買った黒猫のスタンプを送ると瞬く間に既読がついた。

『ありがたやー』

こちらもウサギの可愛らしいスタンプとともに送られてきた。LINEを閉じるとツイッターを開いて特に代わり映えのしないタイムラインを眺める。その隣でまだ下着姿だった彼女はそろそろ肌寒くなったようで昨日着ていた紺のニットを着たのかで視界の端でカーテンから差した木漏れ日が紺のニットを照らしてキラキラしていた。ペタペタと足音を聞きながらツイッターに目を通す。トレンドには俳優Aの不倫疑惑の話題で持ち上がりだった。特に興味も湧かずツイッターを閉じて気になっていたバンドの曲を流す。前からパーソナルスペースが広いと友人たちに耳にこぶができるほど言われてきたが自覚があるだけで直そうと思ってもやめられないのが常だった。

しっとりとした失恋曲のようで今の流行と言われて納得のいくもので、それでも歌詞をなぞって聞いてみても共感できるほどではなかったと察する。あまりにも現実味のない歌詞だ、それが一番の感想だったりする。まるで少女漫画の主人公の心情のように感じられて少しだけ羞恥心を覚えた。

「何そのテンプレみたいな歌詞は」

飲みかけのお茶を含みながら言う彼女は心なしか楽しそうに見えた。

「気になってたの。最近テレビでよく見るから」

「ふふっ、あんたにもちゃんと女々しい部分が残っていたとはねぇ」

そう言われてなんだか聞いてるのが馬鹿馬鹿しく思えて再生を止める。

「でも、」といきなり止まったのがまさか自分のせいだとは気づいてもいない様子で続ける

「メロディーは好きかな、ちょっと前に流行った曲調で私は好き、歌詞はいまいちだけど」と言った。まさかそんなに詳しいとは思っておらず内心驚いていた。

「詳しいね、何かやってたの?」

思ったことをそのまま口にすると彼女は、

「別に」とだけ言った。

「ただ、暇つぶしに聞いてるだけ。これと言って趣味らしいものもないしね」

そういえば、初めて会った時もよく聞いていた気がする。特に楽しげに聞くのではなく、聞きながら、辺りを眺めるだけ。その表情は何か思い詰めているようにも見えた。

「へぇーそういうところも蒼らしいね」

「え、何、悪口?」と口をとがらせる彼女はよくも悪くも高校生には見えなかった。

「ううん、ちゃんと褒めてるよ、クールでかっこいいと思ってる。」半分は嘘だがちゃんと褒めたつもりで言った。

「最後の嘘でしょー」

バレてたかと思ったつかの間、不意に手を引かれた。こうやって改めて向かいあってみると彼女の方が背が高く、すらっとしている。そんな風に眺めていると彼女がこういった。

「ご飯、食べに行こう。久しぶりにさぁ・・

どう?」と首をかしげて聞いてくる。

壁に掛かっている時計は十二時を回ったころだった。お腹も空いてるし、これと言って作る気力も二人にはないことは確実、そうなれば選択肢は一つしかない。

「うん、行こう」


九月の初めとも言え、まだ照り付ける日差しが身体を差すように輝いている。普段の堅苦しい制服とは違う私服でこうして、彼女と外へ出掛けるのはいつぶりだろうか。

そんなことを考えていると不意に手を握られた気がした、いや気がしたのではなく、したのだ。当の本人はすまし顔で自分たちと逆方向に流れる人々を横目にスタスタと歩いていく。これはあくまで彼女にとっては何の意味も無くてただ友達と冗談半分で手を繋ぐのと一緒で多分誰にでもすることなんだろうな、きっと前の女の子にも彼女はやってのけたのだろう。それを何かの意味だと捉えることだって思春期真っ盛りの女子であれば容易であろうに。そうならなかった私、すなわち『例外』であるわたしが彼女と一番長くいれるのは皮肉にもほどがあった。知り合ったのは今から二年前の夏、その年は例年にも増して暑さが厳しく蝉の声がいつにもまして騒がしかったのを覚えている。きっかけは、酷く単純で今考えてみれば恥ずかしくもあるものだった。

高校生にもなれば、恋人やら彼氏やらそういった浮ついた話がよりリアルに身近になっていくものだと当時の私は思っていた。しかし彼氏やら恋人といった特定の相手には興味がなかった。もちろん、中学時代は好きな子もいた気がする。それも今となっては名前さえ思い出せないほど薄れていた。そんな自分がどうしてあんなものに興味を示したのか、自分でもよく分からない、けどきっと心のどこかで憧れていたのだと思う。輝かし限りの恋人という関係に。それでも一歩踏み出せないでいたのは少しの恐怖心と小さじ一杯分の違和感からくるものだったりする。実は気づいてないだけで私は、本当はこっち側の人間だったのかもしれない。気づけば、スマホに女の子限定と書かれた出会い系のアプリをいくつかインストールしていた。その中で匿名系のアプリで出逢ったのが彼女、もとい榊葵だった。同級生、住んでる場所が近い、さっぱりしてそう、あげればきりがなかったが初めて話してみたいと思う子が彼女だった。匿名と言っても会話をしていれば必ず顔を明かすことになってしまうなと危惧していたが、この子ならどんな秘密も守ってくれそうだと心のどこかで決めつけていた。試しに『こんにちはー』とチャットを送れば、その日中に返信が返ってきた

『こんにちは、青です!こんな所で同級生に会うなんてびっくりしましたー』

プロフィール欄では考えられない程その返事には表情があった。その日はお互いに自分のことや通ってる学校の愚痴を言い合ったりしてその日はお開きになった。その時はまだ実際に会うなんて考えもしなかった。それから約半年が経ってようやく高校生活が慣れてきたころ、彼女からこんなチャットが届いた。

『直接会ってみない?』

このころはもうお互いにタメで話したりハンドルネームではなく、名前で呼んでいた。そんな状況で『会ってみない?』とチャットが飛んできた日、私はこのまま逢ってもいいものかと思案していた。直接逢って私が思い描いている彼女のイメージと違っていた場合、私はきっと失望するだろうと予想していたしもちろんその逆も考えていた。結局、散々迷った挙句にこの際だからと勢いで『いいよ』と返してしまった。

約束の当日、普段より少しお洒落にと着込んだ私の目線の先で遠くから声がした。声のした方をジッと見つめるとても同い年とは思えない格好をした彼女がそこにいた。

「遅れてごめん、ちょっと道迷ってさぁ」そう言って唇の先を上げるだけの微笑みをした彼女、これが現実で会った最初の日だった。

「ついたよ」

ぬるま湯のような思い出に浸っているといつしか目的地に到着していたようでもう既に二、三組が開店前のお店のまえで列をなしていた

「こういうお店あんまり来ないから新鮮」

「私もあんまこない、口コミ良かったしそんなに高くないんだよ」

「そう」と相槌を打ちながら列に並ぶ。映え目的なのか、女の子のグループが目立った。

ふとこの中に、私と蒼のような関係値の人たちはいるのだろうかと思案するが距離感や話し方でただの思い込みだと察する。最近、やけに同性同士の距離感を見て、変に考えてしまうのはきっと似た者同士が欲しいのだと自分の弱さを知る。蒼の隣にいてそんなことおもうのは失礼だと思いながらもこんないつ終わってもおかしくない関係を割れ物のようにあつかうのはきっと恋人には満たない関係だからだと自己解決をして、少し冷えた人の手で暖かくも少し冷たいぬくもりを感じるのだった。


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