第3話 デイアネイラの指切り⑥
戦争が先か人類が先か
「これが残りの資料です」
「僕たちに渡してたののさらに倍はありますね、これは」
「そしてそれとは別に、こっちが映像資料です」
「……まんまと嵌められたってことか」
高田さんと根崎さんの呟きが、冷たい部屋に響いた。
「こんな量、いったいいつから……」
「……本田社長は十年以上前から、この半神に関する資料を集めています」
「十年?」
「はい、私が本田社長の元で勤めさせていただいたく前から、何かを調べていらっしゃいました」
そう言う李さんは俯いている。彼は外国人的な切れ長の目を斜め下に向けて、何かに思いを馳せている。メガネの銀の蔓と、左耳の銀色のピアスが同じ色に光っていた。
「……この会社が設立した当初は、普通の警備会社として立ち上げたと聞いていました。そうじゃないんですか?」
「……本当に、社長を助けてくださいますか……?」
私がした質問に、彼は質問で返した。本田さんの部下である彼は、時々見かけることがあったが、気の強そうな、相当、気の強そうな、いやちょっと外から聞いてるだけでも怖いなあと感じるところがある人だった。お人好しの気がある本田さんとは、良いコンビなのだろうと、思っていたが。
「……最善を尽くします」
「……まあ、そういう答えですよね……はは」
しかし彼は、どこか諦めたような顔をして、流暢な日本語で言った。
「……うちの前身は、ほぼほぼマフィアと暴力団です。勿論堅気の仕事しか今はしていませんが、社長は基本的に前科者や親がソッチだったり、グレたりした連中ばっか集めてね。かく言う私も、ソッチ系です。ここに雇われた当時、ソッチの仕事をする気がないのに、どうしてそんな人間ばかり集めるのかと聞いたところ、現代日本の常識と権利が通用しない相手と戦うから、枠に収まらない連中が欲しい、とおっしゃっていました。だからあの人は、そもそもあの化物と戦うつもりでこの組織を立ち上げたんです」
「……。」
「その中でも、この『変身する食人鬼』は人生をかけてでも捕まえるつもりだと言っていました」
彼は眼鏡を外して、疲れたように瞳を覆っていた。指の隙間から、涙ボクロが覗く。
「社長には、恩があるんです、お願いします、どうか、どうか……」
「……本田さんがソッチ系の人だったと言う話は、こちらでも把握していました」
私がそう言うと、振り返った瞳が少々濡れていた。
「李さん、あなたがどこまで把握しているか私たちは知りませんが、今は前身、出自によってどうこう言っていられる問題ではないんです。そんなことくらいで、見捨てたりはしません」
彼らは行政を信用しない。指の隙間からこぼされてきた人たちだからだ。親がどうだったから、前科があるから、そこにすら責任が発生し許されてこなかった。しかし私たちは、求める人材に条件をつけるような、そんな贅沢を言ってはいられない。
「李さん、私たちの秘密も、お話ししましょう。私たちは今でこそ公務員の立場にいて、人を殺す権利まで与えられていますが……もし仮に、明日以降、神的災害が起こらなくなったとしたら、きっと刑務所に入ることになります。最悪、処刑かも」
「……なぜ」
「そういうものでしょう、戦争って」
これは、神と人間の戦争だ。しかもこちらは圧倒的に不利な消耗戦。勝ち目があるのかすらもわからない。でもそんなことは市外の人間には関係なくて、事情を知らない市民には関係ない。だからその危機がなくなった時、それは無かったことになり、私たちはただの犯罪者となる。それが、秩序だ。
私は小さい。小さくて弱い。小さい私が大きい大人の李さんを見上げた。彼は、途端にまた泣きそうな顔になっていた。案外、涙脆いのかもしれない。
「だから、数少ない協力者である本田さんのことは、可能な限り、最善を尽くして、お助けします。それが、私たちの使命です」
「……ありがとうございます。ありがとう、ございます……」
「資料を確認しましょう。時間がない」
高田さんがそう言うと、李さんは頷いた。
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