第3話 デイアネイラの指切り③

カーニバル・リズム

佐々木side


「それで半神の潜む場所が、なんでよりにもよって……遊園地なんですか……」

「老若男女が分け隔てなく来る場所だからじゃないですかね」

 指摘したかったことはそこではなかったが、本田さんは丁寧に答えてくれた。私たちはいつもの黒スーツを着たまま、遊園地の前で立ち往生している。ネズミがモチーフの巨大遊園地は、当然市内には存在しない。いや、ちょっと出かけるくらいで死ぬのが早まったりはしないけど、私は普段からあまり市の外には出ないから少し緊張していた。あと単純に、遊園地は苦手だ。それにしても、半神の棲む遊園地か……。

「半神の人を襲う頻度はある程度の周期があり、今日はその周期に合致する時、人間でいうところの、お昼時って感じですね。そして、今日真っ先に狙われる人間は、この遊園地に来ている神南市の人間です。今日、ここに来ている神南市民は六名。全員には職員さんにお願いしてGPSと盗聴器をつけてもらっています。ただし、今日襲撃が行われなかった場合は、お帰りの際に速やかに両方を外すことになっています。では対象者の氏名をお伝えしておきましょうか?」

「お願いします」

 しかし、せっかくの平日の人が少ない時に遊園地に来て命を狙われるのか……勿論そうならない様に全力で対処するつもりではいるが、まさに知らぬが仏。

「上から順に敬称略で、及川晴人、斎藤文、福田綾、松島涼子……と、白井隼人と黒木清花」

 あ、知り合い。

「デートじゃん」

「デートですね」

「デートか」

「デートだね」

 ……四人の言うことが、揃ってしまった。

「ゴホン、ともかく、主にこの六人を追います。全員ペアチケットで入られていて、既にうちの職員がマークしています。尾行する人間はローテーションにして気づかれないようにしており、こちらの人員も、大人数ではなくてできたら別れたほうがいいとは思いますが……。昨今はいろいろ厳しくて、血縁関係でない成人男性である私や職員と佐々木さんが行動すると、高確率で『事案』が発生しそうなので、四人で行動しましょう」

「何から何まですみません」

 なんで成人男性と女の子が歩いてるだけで声かけられにゃならんのだ。勿論、真島貴一もその辺は気をつけていたけれど、こういう面倒が起こるとおもわずゲンナリしてしまう。私は特殊だからしょうがないのだけれども。

「ところで皆さん、その服で入るつもりですか?」

「え、ええまあ。仕事ですし」

「私服で良いと、しおりには書いたはずですが」

「しおり?!あっあの資料の中にあった緑色のちっさい冊子のことですか」

「そうです、ごめんなさい分かりづらかったですかね」

 いやしおりて。遠足だっけ?調査じゃなかったっけ?

「でも、やはりその格好は目立ちますよ」

「いや、その」

「半神に意識されたら、事件が起きる可能性が高くなりますよ」

「……。」


 電車で一駅行ったところに服の量販店があったため、そこで他二人にお金を渡し、リュックと私服を買い、スーツはカバンに詰めた。高田さんは薄い水色のシャツに濃いモスグリーンのカーディガン、黒いジーンズを選び、ブラウンのベルトを締めている。一方根崎さんはベージュのスキニーパンツに、元の白シャツをそのまま着ている。どうやらあまりお金をかけたくなかったようだ。靴もそのままだし。一方私は、考えに考えた末にちゃんとそれっぽく見える様に水色のよくわからないキャラクターの描かれた女児服と、ピンクのスカートを選んだ。靴はあまり良いものがなかったが、まあいいだろう。ともかく普通の女児に見えるならいい。いたたまれない気持ちもすごいけど。

 ……でもその後店を出たら、わりと周囲の子供は落ち着いた格好をしていた。私が周囲からかなり浮くくらいには。子供服に対する時代の変遷を感じて、なんだかすごくつらかった。

「これでどうでしょう」

「いいと思いますよ」

 一方本田さんは物の良さそうなポロシャツとスラックスを履いている。たとえ大きい体であっても、上等なものを着て、清潔にさえしていればある程度は見た目が良くなると言われているが、実際のところその通りだなと感じる。彼に不潔な印象を抱いたことはなかった。まあ、私の感性はおじさん寄りだから、うら若い女子高生とかなんかからしたら気持ち悪いのかもしれないけど。

「ではこれ、チケットの代わりです」

「本田さん、流石にそれは」

「いえ、お金で買ったものではありません。特別な許可証です……お二人とも、持ってらっしゃるでしょ?」

 そう言って本田さんは胸のあたりと上腕を叩いた。……根崎さんの拳銃と、高田さんの仕込みナイフのことを言っているのだろう。特に根崎さんなんて、荷物検査で口論になって追い出されるのがオチである。


「いいですか、できるだけ普通に楽しんでいるように振る舞ってください。神南市から来ている時点で、神にはマークされていると思ったほうが良いですし、対象者にも不審がられます。あくまで、普通に」

 そう本田さんに言われたのもあり、遊園地内に入って、ゆっくりと対象に近づきながらも、さも遊園地を楽しみにきた風に広い敷地内を歩いていた。が、私は思い悩んでいた。楽しむ、楽しむ……どうやるんだ楽しむって。なにせ、遊園地にはこの体では来たことがない。興味も持ってこなかった。だから遊園地でどう遊ぶかって全然わかんない。だって基本的に遊園地の乗り物って、その場から動く以外の動作がないじゃん。その場から動いて戻る。その中で上がったり、下がったりするだけなわけで。それの何を楽しめっていうのよ。イラスト?それとも人形の笑顔?

 ふと見渡すと、子供たちは素直そうな笑顔で遊園地に来たことそのものを喜んでいる。いいな……いや私としてはそれがむしろ羨ましいわ……それで楽しめるのならなんてコスパが良いんだろうと考えてしまう。コスパなんて考えている時点で、きっともうダメなんだろうなあ。私はすがる様な気持ちで手を繋いでいる高田さんの方を見た。

「根崎あれ何」

「ブラックサンダーマウンテン」

 適当に言わないでよ根崎さん。

「乗りものなのあれ」

「馬鹿当たり前だろ、さっきからキャーキャー言いながら人が通ってるじゃんか」

 二人の視線は火山の上から離れない。ワクワクしてるじゃん。なんだ君達、楽しむ天才か?

「乗っていいのかな」

「さあな」

「ところで何食べてるのそれ」

「チュロス、やらねえからな」

 あ、根崎さんさっきので浮いたお金で買ったなそれ……。

 へぇー!と言いながら高田さんはさりげなく屋台を探している。カチューシャとか欲しいかな?あげたら喜ぶかな?ポップコーンとか食べたいかな?思えば、彼はあまり遊園地そのものに来た経験が少ない。……連れてってあげるべきだったな、二人とも。

「乗って良いですよ。というか来た時点でファストパスも買わずに園内をフラフラするのはかなり不自然なので」

 途端に高田さんが光ったような気がした。振り向いてみると気のせいであったが、いつも通りの笑顔なようでいて、喜色満面を隠せずにいる。

「透子ちゃんどれ乗りたい?」

 それでも私に乗りたいものを聞くのが、彼の特質なのだ。しかしどうしよう、今私が乗りたいものなんてないし、かといって私がどれでもいいよと言えば、根崎さんが茶々を入れてくるだろう。でも今の私には高田さんが乗りたいものがわからない。センターオブジアースはまだ遠いし……。

「……ちなみに、この辺だとあの落ちるお化け屋敷みたいなのが人気らしいです」

「落ちるお化け屋敷?」

 怖いものに怖いものを掛け合わせるとは斬新な。

「確かタワーオブテラーっていうらしいです」

 と、マップから視線を上げた本田さんが、ん?と目を細めた。

「どうかしました?」

「……あれ、今回の対象者ですね」

 本田さんがタワーオブテラー前方の入り口を指差している。

「やだやだやだやだ行きたくない!やだーーー!!」

「だからって五回連続メリーゴーランドはないわ!!あんたもっと怖いもん乗ったことあるでしょうが!!」

「でもなんかやだーーー!!呪いとか怖い!!」

「小学生か!!ないから!!そういうの無いから!!ほら行くよ晴人!!」

「ヴァーーーー!」

 長身のお兄さんが小柄な女の子に引き摺られていった。なんだかああまで騒いでると、狙われないような気もしないでは無い。

「……アクの強い対象者ですねえ」

「殺しても死ななそうなカップルが二組になったな」

 確かに根崎さんのいう通り、白井さんと黒木さんもあまり死ななさそうな感じがする。片方が重傷を負っても蘇生してくるタイプの敵だ。敵じゃないけど。

「一応、対象者ですし、着いて行きますか?」

「そうですね」

 あ、高田さんが嬉しそう。よかった。


 結論から言うと、私も思ったよりも楽しめてしまった。勿論、高田さんが楽しそうにしてたことや、根崎さんがわりとソワソワしてたのが嬉しかったのもあるが。……予想以上にあのカップルが逸材だったのだ。しっかりしてそうに見えるのに、男は入った瞬間部屋が暗いと怖がり、呪いの人形がヤバイと飛び上がり、バレバレの「早く立ち去るんだ!まだ間に合う!」というアナウンスに「ほらおじさんもそう言ってるし……」と及び腰だった。しかもいざアトラクションの段階になれば、多分今日だけで人間一人が発せられる悲鳴のレパートリーを全部聞けたと思う。あんな声出るんだなあ、人間の喉って。帰り際「生きてるうーー!よかったあ!」と曇り空の下で万歳してたのも、もう完全にそういう人なんだなという感じがして地味にツボに入ってしまった。高田さんですらこうではないのに、なんだろう、世間知らずなお坊ちゃんかなんかだったのかな。それを無視してずるずる引っ張っていく彼女さんも彼女さんだけど。

「楽しかったー、何かお土産とかあるのかな。名物とか」

「名物はテラーまんじゅうだぞ」

 そんなものはないよ根崎さん。

「ディズニーランドにおまんじゅうって売ってるの?」

「バッカ、ホテルや旅館といえば饅頭だろ?売ってねえほうがおかしーんだよ」

 いやそれはそうだけどそうじゃない。

「おまんじゅうはなかったけど、クッキーならあるよ!ほらこれ!」

「え?!根崎!無いってよおまんじゅう」

「ちっ、下手なことすんなよ」

 クッキーはディズニーランド中どこでもあるだろ。対象者二人は男の方がへっぴり腰になっているのを見かねてタートル・トークに行くらしい。亀さんとお話しするだけだよ〜という彼女の言葉にすら疑心暗鬼になっている男性の顔は、どう見ても騙されてジェットコースターに乗せられた幼児のそれである。

「んふ、もう少し、付いていきますか?ふふふ」

「……佐々木さんもなかなか良い性格をしてるなあ」

「ですね……」

 だってしょうがないじゃない。あんな仲睦まじいと笑わずにはいられないでしょ。


 次の対象者は女性同士で来ているみたいだった。友達かな?

 彼女たちはアトラクションに乗るまでの小休止のつもりなのか、リフレスコスというカフェにいる。骨付き肉にかぶりついてビールを飲みながら、今日の計画を話しているようだった。

「文、ディズニーってのは遊びじゃないのよ」

「うん」

 遊びじゃないのか?

「今の時期はハロウィーンの真っ只中、昨日も言ったけどイベントが目白押しなの。次のパレードは十五時からだから、それまでにこのエリアにあるショーとこっちのショーを観に行くからね。で、その前にはさっき買っておいたこのファストパスで文が行きたがってたセンターオブジアースとレイジング・スピリッツに……」

 ……この子たちの尾行ってできるのか?センターオブジアースのファストパスとか、もうとっくに売り切れてたけど。

「……レストランの予約もしておいたから。いい?かっ飛ばすわよ文、ディズニーで私と一緒にいる限り、失敗はさせない」

「ありがとね、何から何まで」

 無理そう……さっきだって本田さんがいつの間にかアプリでファストパスの予約してくれてたから乗れたようなものだしな……。高田さん乗りたかっただろうに、残念だな。いやいや、公私混同良くない。これはあくまで仕事、仕事。

「でも文がディズニーに興味持つなんて」

「たまにはいいかな〜と思って、チケットこんなに高いと思わなかったけど……」

 どうやら友達に連れられる形で一人は来たらしかった。静かにビールを飲みながら、外を眺めている。

「……異世界だねえ」

「夢の国だもの!」

「そうだねえ」

「あ、ちなみに今回のハロウィーンの魅力は……」

 口数の少ない女の子がディズニーに詳しい女の子の話を頷きながら聞いている。朗々とわかりやすく、ショーのどこが面白いのかを話す女の子はなかなかに話し上手だったが、相槌を打つ子のタイミングもいい。ああして聞いてもらえると話すかいがあるだろう。

「……センターオブジアースに行くのは難しそうですね」

「そうなの?」

「うん、ファストパスがないから」

「ああ、それなら問題ないですよ」

「え?」

「そういうこともあるだろうと思って、予め買っておきました」

 本田さんがそう言って取り出したのは、日付だけが書かれたチケットの束だった。

「これもファストパスなんですか?」

「ちょっと特殊なパスですが、問題なく使えますよ」

「へえ」

 予め買っておけるんだ、便利だな。

 と、思っていたのだが。どうやら私が小柄なせいで、後ろの対象者二人に机が見えたらしい。

『文やばい、後ろやばい』

『どうしたの』

『後ろの人たち、バケパのファストパス束で持ってる』

『なんて?』

 二人は私たちが盗聴しているなんて露にも思わないようで、ひそひそ話をして、聞こえてないつもりでいる。

『バケパっていうのはディズニーの宿泊プランのチケットで、一枚が普通の入場券の倍とか下手すると十倍とかするチケット。それについてるどれにでも乗れるファストパスが束でって……確実に金持ちね、あの家族。……くぅ〜羨ましい!!』

 マジかよ。そんなにするのかよディズニー。ていうか本田さんそれいいんですか、どうやって手に入れたんですか、お金を正規で払ってるんだとしても払ってないんだとしても色々問題あるんだけども?!高田さんがビールの泡を口につけたまま静止してる。根崎さんは普段通りを装ってスマホを弄っているが、一瞬顔を上げていたのを私は見逃さなかった。

『……お父さんわりと若いな……ヤンパパ?再婚?成金?社長?』

『愛人や子供たちを連れて豪遊するヤクザ?』

『っぽい!確かに!』

「はは、想像力が逞しいですねえ」

 その話だと差し詰め高田さんや根崎さんが愛人になってしまうんだが。

「……じゃあそろそろ行こっか!」

「うん」

 二人が席を立ってから、少し時間を置いて私たちも席を立つ予定だ。二人は歩いている間も始終話していて、笑って、小突きあったりしていた。友達と呼ぶにふさわしい二人だった。無事でいてほしいと願うような、そういう二人だった。


「さて、次はようやくメインディッシュだね」

「メインディッシュじゃないから、野次馬しに来たんじゃないんだよ私たち」

 呆れた私の声に、本田さんが答えた。

「白井さんと黒木さんのお二人は、今はマーメイドラグーンにいるみたいです。こっちの対象にはもう認識されてしまっていて、着いていくのは難しそうですし、彼らの方にいきましょう」

 デートスポットって感じだなあ。

「でも彼らは知り合いだし、見つからないようにしないとだよね」

「最悪バレたら遊びに来たってことにすれば良いでしょ」

「それこそ不自然だろーが」

 敷地内に入ると、盗聴器の電波の範囲内に入ったらしい。二人の会話が流れてきた。


『アリエル!!ああああアリエル!!かわいい!!人魚!!天使!!』

『ファンサが完璧すぎる……これが日本最高のテーマパーク……!』

『隼人!噛みしめてないで写真!写真!!』

 ……そういえば隼人さんってドルオタだっけ。え、彼女さんもそうだったの?それにこの感じはアイドルだけが好きってわけじゃないってことか……?

『ダメだ手がぶれる!!無理!』

『隼人後ろ後ろ!』

『え、ああスタッフさんありがとうござ……お、王子……!』

 普段とのギャップがすごい。え、二人ともどんな顔して言ってるのこれ。白井さんは当然のことながら、黒木さんだってかなりのクールビューティーだったよね?笑顔は素敵だけど笑顔に無言の圧があるタイプのクールビューティだよね。クールもビューティーも吹っ飛ぶ謎めいた気持ち悪い例えるなら南国の猿の奇声って感じの笑い声が聞こえたのは気のせいだろうか。

『王子すみません王子あの、お、お写真……ァ、ありがとうございます……』

『いや惚れるこれは惚れる隼人短い恋だったわね……王子と達者で暮らして……』

『バカヤロウ王子にはアリエルがいるんだよぉ!』

 前、高田さんが白井さんの話を引き出していたときのことを思い出す。あの時も、高田さんにそっちの話題を振った時には、今になって思うと人格が変わったんじゃないかって位のギャップがあった。あの時彼はどんな顔をしていたっけ?思い出せないのが非常に、非常に悔しかった。


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