ドキドキハロウィン
「ただいま〜」
俺は、もう慣れた楓との家に入る。
いつもなら、一緒に帰るのだが何故か今日は一人で帰っていいよと言われた。
だから、雫と帰ってきた。
うん、一人じゃないね。いや、途中で気づいたんだよ。でも、誘われたからさ、雫に。
まあ、バレなければいいだろう。
というか、どうして今日は一人で帰るのを許してくれたのだろう。
俺は疑問に思いながらリビングに足を入れた。
あれ?暗いな。電気つけてよ。
「トリック・オア・トリート」
奥から楓の声。ああ、そういうことか。今日は、ハロウィンだったな。
だとしたら、まずいな。お菓子なんか持ってないや。
どんないたずらされるのやら。
「お菓子をくれなきゃ監禁しちゃうぞっ」
俺はその場で180度回転して走り出す。
「お菓子買ってくる!」
監禁と来るとはさすがの龍之介君もびっくり。
「ダメだよ」
うるさい。楓、絶対にお菓子あげてやるからな!
「な、何?!」
扉が開かなかった。鍵が閉められていたのだ。
しかし、焦る俺はそれに気づかず何度もドアを押す。
「どうしてそんなに焦っているの?」
笑顔で楓が追ってくる。
お前のせいだよ。
「って、えええぇぇぇぇぇ!お前服はどうした?!」
「コスプレだよ」
「何もコスチュームしてないのにコスプレって言うなよ!コス詐欺(?)だ!」
もう、頭がおかしくなりそうだった。
何で俺は裸の女性に迫られているのだろうか。
「あはは、まあ冗談はこれくらいにしておいて。何で今日はあの女と帰ったの?」
……え?
「私、言ったよね、『一人で帰って』って。それなのにどうしてあの女と帰ったの?他の女ならまだ我慢できたかもしれないけど、よりにもよってあの女と帰るなんて。浮気じゃない?」
ど、どうしてバレたんだ……。
「盗聴器だよ」
どうして……。
「龍君に色目を使う女を殺すため」
今日のご飯は……。
「話しそらさないで」
「頭の中読まないでくれますか?」
盗聴器って一体どこにあるんだ?
あった。ネクタイの裏側につけてあった。
後で取っておこう。
でも、今はこの楓をどうにかしないと。
「言い訳はしないよ。俺は雫と帰っていた。反省している。だからお詫びに明日デートしないか?」
ここは、嘘を言わないことが大切なんだ。楓は何故か俺の嘘に敏感だからな。
「……わかった。それで赦してあげる」
偉そうな態度の楓。
俺は見逃さないぞ。一瞬嬉しそうな顔をしたのを。
「ありがとう」
「あの女とは何もないのよね」
雫のことか?
「ああ、もちろん。雫とは友だちだからな」
それに、ただ雫と楽しくしゃべって帰っていたわけではない。
少し相談に乗ってもらっていた。
恋愛相談な。
俺は、明日のデートで楓に告白するつもりだ。
◆◇◆◇◆◇
あの日、俺と楓がすれ違っていたとわかった日。
「……せっかく両想いになれたと思ったのに」
楓の表情は悲しそうで今にも泣き出しそうだった。
「ごめん」
不幸な出来事だった。どっちが悪いとかじゃない。いや、少し……かなり、ほとんど俺のせいかもしれない。
「っ?!わ、私のどこがダメなの?!龍君のためなら全部直すから!」
そうか、楓は俺のことが好きだったのか。親友としてじゃなく、異性として。
「俺は楓の気持ちには答えられないよ。だって俺は楓のことを異性として見たことがないから」
出会ってから、楓は大切な親友だった。
「……そんなことって。龍君に異性としてさえ見られてなかったなんて……。もういいや。死のう、龍君と」
ちょ、ちょっと待て!死ぬな!
……ん?って俺も道連れ?!
「は、早まるなよ?!続きがちゃんとあるから、聞いてくれ!
楓の気持ちを知って、正直嫌な気持ちはしなかったよ。いや、嬉しかったよ」
「じゃ、じゃあどうして?!」
「楓の想いは、ちゃんと楓を好きになってから応えたいから」
俺をここまで愛してくれた楓。そんな楓と、俺は付き合う資格はあるのか。
ないな。少なくとも、俺が楓のことを好きになるときまで。
「だから、もう少し待ってくれないか?」
俺の想いはきちんと伝えた。これが伝わらなかったら、死ぬ……の?
俺って今、縛られているから逃げられないんだよな。
ヤバい、急に心臓が暴れだした。楓が急に可愛く見えてきたぞ。もともと可愛いけど!これが、吊り橋効果か。
「うん!1ヶ月くらい全然待つよ!」
ちょっと、楓さん。勝手に期間を決めないでいただけますか?
まあ、十分か。
「ありがとう」
◆◇◆◇◆◇
私は岡本雫。
実は、私には好きな人がいる。
同じクラスになった龍之介君。
きっかけは、いつだっけ?忘れた。
中学生の頃から誰にも優しく接する龍之介君にどんどん惹かれていった。
私は龍之介君が好きだ。
でも、龍之介君は女子に人気があって厳しい。それに、一番の強敵は白石楓さん。
いつも、龍之介君の隣にいて私の邪魔をしてくる。
昨日、龍之介君が珍しく下校中1人だった。
「龍之介君、1人?一緒に帰ろう?」
絶好の機会は見逃さない。
ここで少しでも好感度を上げよう。
「いいよ」
龍之介君との会話は面白い。
でも、だんだんと近づいてくる家。
まだ話し足りないよ。
「雫。少し相談があるんだ」
どうしたんだろう。急に真面目な雰囲気に。
「実は明日、楓とデートに行こうと思っているんだ。そして、告白をしようと思ってて。何かアドバイスとかない?」
……本気なんだろう。龍之介君の表情を見れば分かる。
「……いいよ」
最悪なデートコースを教えてあげようと思った。
でもそんなことできなかった。
白石さんが羨ましい。
私もあんな風に周りを気にせずに攻めたら良かったのかな。
自己嫌悪と後悔に溺れながら、私は龍之介君にデートプランを伝える。
ずっと私が練っていたデートプランだ。
いつか、龍之介君とデートに行けた日のために。
「参考になったよ。ありがとう、雫」
「……うん。明日頑張ってね」
「おう」
どこかで願っている。
失敗しますように。
否定はしない。本当に最低だ、私。
◆◇◆◇◆◇
とうとう来た。待ちに待った、私と龍君が結ばれる日。
デートプランは、龍君が考えていると言った。
まあ、十中八九あの女のプランだろう。昨日の二人の会話を盗み聞きしていたから分かる。
私はそれを知っててあえてそのデートプランに乗る。あのデートプランは恐らく彼女が練って作っていたもの。
それを、他の女がするの。
どう?絶望するでしょう。もう二度と龍君に近づこうなんて思わないはず。
私は高揚しながら窓から家を出た。
◆◇◆◇◆◇
よし。準備完了だ。
デートプランは雫のをそのまま使わせてもらう。お恥ずかしながら、自分で思いつかなかったのだ。
まあ、今日は失敗できないからな。
今は8時。楓とは駅に9時に待ちあわせだ。
一緒に行けばいいのにって言ったら、怒られた。
少し時間が経って気づいた。
楓は待っててほしいんだな。
待ち合わせ場所で俺が先に来ていて、
『ごめんね、待った?』
『いや、今来たところ』
これをしたいのだろう。
そうと分かれば俺はすぐに家を出る。
玄関の扉が開く音が聞こえていないから、楓はまだ家にいる。
俺はそっと玄関を開けて外に出た。
◆◇◆◇◆◇
な、なんだと……!もうすでに楓がいる!
ちくしょう。
まあ、いっか普通に行こ。
「……あ」
行こうとしたら、何か楓の周りに3人の男が来た。
あれは、ナンパだ。
「待ってろよ、今助けてやる」
俺は走って楓の元へ駆け寄る。
「ひぃ!」
「や、やべぇぞこの女!」
「逃げるぞ!」
え、えぇ?どうして、ナンパしてた人たちが逃げてんだ?
「あ、龍君ー!」
楓が何かをカバンに入れながら俺の方へ。
楓、俺は見逃さなかったよ。今、カバンにスタンガン入れたよね。
それに、ナンパしてた人たちも俺に同情の視線を向けないで。
「ご、ごめん、待った?」
「いま来たところだよ!」
それ、俺が言いたかったやつ。
もういいや。
「じゃあ、行こっか」
「うん!」
◆◇◆◇◆◇
涼やかな風が木々を揺らす。
太陽は水平線に飲み込まれ沈んでく。
空が朱色に染まり、波が音をたてる。
俺と楓はデートの最後に海岸へ赴いていた。
雫のプランじゃない。俺が唯一考えたもの。
「楓、待たせてごめん」
聞けば楓は中3の時から俺を想っていてくれてたらしい。
はい。全く気づきませんでした。自他ともに認める、鈍感野郎です。
「そんなこと……ないよ」
少し間が開いたね。分かってる。本当にごめんなさい。
「でも、それ程龍君が私のことを本気で考えているんだって感じるから充分だよ」
最初に出会った頃は、趣味が合うと思った。
案の定、同じ読書仲間として親友になれた。
楓との会話はいつも笑いが絶えなかった。
飽きないし、自分の素を出せる。
いたずらが好きで、成功した時には子供のように笑顔になる。
黒い艶のある長い髪。笑ったときに笑窪ができるところ。すらっと伸びた脚。モデルのように細い身体。
そんな、中身も外見も全て含めて、
「楓、好きだよ」
夕焼けのせいか、楓の頬は染まっている。たぶん、俺も紅いのだろう。
楓は目の縁に涙をためて、嬉しそうに笑う。
俺の一番好きな表情で。
「私も、だよ」
震えながらも透き通るようなソプラノ声。
楓の目元から一粒の雫がこぼれ落ちる。
「俺と付き合ってくれないか?」
「はい。結婚を前提に」
楓の愛は重いのかもしれない。
それでも、俺はそんな彼女を愛し続ける。
だってこんなにも、彼女が愛おしいのだから。
俺と楓は抱きしめ合い――
◆◇◆◇◆◇
俺と楓が付き合ってからというと、別にそんなに変わることはなかった。
挙げるとするなら毎朝起きると、隣に楓がいることだ。コスプレ(コス詐欺)した楓が。
登下校中は、腕を組んで見せつけるように歩く。ちなみに楓が。
たまに、俺が入浴中に楓が侵入してくるがそこはちゃんと追い出している。
まあ、それ以外は以前と変わらない。うん、かなり変わったな。
「龍之介君」
昼休み。楓が委員会の会議でボッチ飯(楓の手作り)をしていた俺に、雫が話しかけてきた。
俺が、ボッチ飯なのはしょうがないんだ。
楓は俺が他の女子と話すのを嫌い、禁止する。
男子と食べようにも、楓と付き合ってからといもの射殺すような視線を向けられる。
「どうしたの?」
女子と喋ったらいけないんだが、話しかけられた場合のみ許されている。3分だけ。
赦せ、雫よ。俺もできることなら楓を悲しませたくないんだ。
とはいっても、雫や他の女子と全く話せないわけではない。楓と一緒にいるときは許可がでるのだ。
だから、雫とは割と毎日話している。
「……私ね」
両手を胸の前で組み、俯いている雫。
体調悪いのかな?
「わ、私!」
顔を上げる雫。
雫の顔は赤く火照っている。しかも、涙目だ。
分かった。だからもう何も言うな。これは、かなりの重症だ。
今すぐ保健室に連れてってやるからな。
俺は立ち上がる。
「私、ずっと前から龍之介君のことが好きだったの!」
……え?
「今は、白石さんと付き合っているけど、龍之介君を絶対に落としてみせるから!」
ちょ、ちょっと待って!この制服、盗聴器搭載されてるんだよ!
この会話、楓に聞かれたら……ってもう遅いわ。
「その時は、私と付き合ってください!」
上目遣いでこちらを伺う雫。
俺は、何て応えたらいいのだろうか。
いいよ、と応えたら楓が悲しむだろう。断ったら、雫が傷つく。
ちくしょう、ここは崖っぷちか。
「いいよ。やれるものならやってみなさい」
教室の扉から声がした。楓のだ。
声のした方を見れば、肩で息をする楓が教室の入口にいた。
お、おい。大丈夫なのか、そんなこと雫に許可して。
あと、委員会の会議はどうした。ちゃんと終わってるの?
「……白石さん」
楓を捉える雫の目が鋭くなる。
え、何それ怖い。
楓は俺の方へ歩いてくる。
え、怖い。
「龍君は私のものよ」
俺のすぐそばまで歩み寄り、手を伸ばす。
な、何を?!
ビンタかと思いきや、楓は優しく俺の顎に手をかける。
楓の唇が俺の唇へと当たる。
『きゃああーっ!!』
女子の黄色い悲鳴があがる。
『……っち』
男子の舌打ちが聞こえる。
雫はというと、呆然としてこちらを見ていた。
俺はその日から、学校全員の非リア男子を敵にまわすことになった。
ああ、俺はこれからどうなるんだろう?
いつの間にか始まっていた親友との同棲生活 猫丸 @reosyu12
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