いつの間にか始まっていた親友との同棲生活

猫丸

いつの間にか始まっていた親友との同棲生活

 目が覚める。


「……知らない天井だ」


 まさか現実世界でこの言葉を言うことになろうとは。


 いや、マジで知らないぞ。この天井。


「すぅ、すぅ」


 そして、隣からは静かな息遣いが聞こえる。

 それに加え女の子特有の甘い香り。


「か、楓っ?!」


 隣で寝ていたのは、俺の親友である白石楓が寝ていた。

 裸で。


 もう一度言う。裸で。


 幸い毛布で大事なところは隠れているが、床に散らかっている衣服を見れば裸なのは周知の事実。


「クソッ……。俺は、俺は何てことを」


 知らない天井、そして、裸の楓とベッドの上。


 気づいてしまった。


 ここは、恐らくはラブホ。そこで俺と楓は……。


 俺は、自分のしてしまったことの重大さに震えた。

 その上、記憶がないなんて。


「ははっ、最低だな……」


「んんっ」


 隣から毛布を押しのけて楓が体を起こした。


 眠そうに目を擦り欠伸をしている。


「楓っ!」


 俺はいてもたっていられず楓と向き合った。


「ど、どうしたの、龍君?!」


「ごめん。いや、ごめんで許されるとは思っていない。だけど言わせてくれ、本当にごめん」


 俺は地面……ではなくベッドに頭をつけ必死に謝った。


「……えっとぉ、何のこと?」


 楓がきょとんと首をかしげる。

 ああ、寝起きだから頭が回ってないのだろう。

 少し心が痛むが俺の口から真実を伝えよう。


「だから昨日お前としたんだろ?セック――」



◆◇◆◇◆◇ 



「あははははっ」


「……」


 リビングに笑い声が響く。


「あははははっ」


「笑いすぎだろっ」


 俺は机を叩き目の前に座る彼女に訴える。


「だってぇ、だってね〜」


「だいたいお前があんな格好で寝てるからっ」


「それは、ごめんってば。私、いつも裸で寝てるから癖で。ベットも一つしか用意してなくて。二人で寝ちゃえってね」


「もうちょっと恥を持てよ!」


「あははっ」


 机の上には朝食が。

 俺と楓は新しい制服に見を包んでいる。


「ほら、この話はもういいでしょ。早く準備しないと高校の入学式に遅れるよ」


 朝からこんなに疲れたのは初めてだ。


 目が覚めたら知らないところ。

 隣には裸の親友。

 誤解してバカにされて。


「はあ〜」


 俺、神田龍之介は今日から高校卒業まで白石楓と同棲することになった。


 そこそこ広いマンションの一室に男女。響きがヤバい。

 まあ、相手が親友だから大丈夫だけど。


 てか俺ともっと一緒にいたいから同棲ってどういうことだよ。よく両親許したよな。


 そして、父さん、母さん。何で俺に何も言わなかったの?知ってたんだよね。

 急に知らない天井合って、隣には裸の楓がいて焦ったよ。



 まあ、こんなふうに始まった同棲生活。相手が相手だから疲れそうだなと、俺は小さくため息を吐いた。

 だが、内心では少し面白そうだなっと思っていた。



◆◇◆◇◆◇



「ああ〜別々のクラスか〜」


 靴箱の前の掲示板に貼られたクラス分けの紙を見ていた楓が残念そうに言った。


「そうだな。でも隣のクラスだからいいじゃん」


 俺はしょぼくれる楓を励ます。


「そうだね。休み時間会いに行けばいいか」


「でも、そんな毎日来なくてもいいんだぞ。何てったって今年こそ俺は彼女を作るんだからな!全力でアプローチしてやる!」


 ふざけた口調で楓に宣言した。

 ふざけた口調といっても半分くらいは本当だったりする。


「は?どういうこと?」


「……え?」


 背筋が凍る。

 目の前から聞こえた声は、低かったが間違いなく楓の声だ。

 しかし、怒気を隠す気のない声は明らかにいつもの楓の声ではない。


 ゆっくり楓のほうを見る。

 どんな表情をしているのか気になったからだ。


「……」


 しかし、楓は俯いていたので表情は分からなかった。

 何か呟き、苛ついたように地面を何度も踏みつける。

 何度も、何度も何度も。


「か、楓?」


 自分の喉から信じられないくらい上ずった声が出る。


「え、何かな?あ、ていうか龍君に彼女なんてできないよ〜。……龍君には私がいるからそんなのいらないよ」


 俺が呼ぶと楓は顔を上げいつもの声で笑った。

 しかし、目は光を失っていた。

 それに、最後のほう何か呟いていたような気がしたが聞きとれなかった。



◆◇◆◇◆◇



 入学式が終わった後は担任の紹介と学校の説明、配布物が配られて終わった。


 あの楓の件は分からずじまいだ。

 入学式が始まるまで楓と話していたがいつも通りだった。

 あれは、あれかな。新しい環境に気づかぬ内にストレスが溜まっていた、って感じかな。

 うん、そうだよ。俺も朝、疲れたもん。


 よし、そろそろ楓の教室に向かおうかな。


「龍之介君」


 教室から出ようとしたら後ろから声をかけられた。

 この声は聞き覚えがある。


「同じクラスだったのか、雫」


 彼女は岡本雫。

 同じ中学校で仲が良かった友達だ。


「うん。また同じクラスになれて嬉しい」


 中学三年生のとき雫とは同じクラスだったのだ。


「俺も。またよろしくな」


 俺は雫に右手を差し出す。


 そして、その右手はすぐに握られた。


 ……楓に。


 痛い痛い痛い。何か痛いよ。


「早く帰ろうよ、龍君」


 ゾクゾク。


 背中から寒気がよじ登る。


 楓を見ると笑顔なのだが、また瞳に光が宿ってなかった。

 この笑顔軽くホラーだよな。何で口は笑顔なのに目は笑ってないんだろう。


 まあ、とにかく今は従うしかないな。


「ご、ごめんね、雫。また明日」


 会話の途中で帰ることになったことの謝罪をして、俺は楓に手を引かれ帰った。


 家に入ったら機嫌なおるかな、と思ったけどまだなおっていないらしい。

 なかなか手を離してくれない。


 夕食食べるときは俺のほうをじっと見ていたし。

 ちなみに夕食はカレーで楓が作ってくれた。

 食事は、というか家事全部を楓がやってくれている。


 まあ、とにかく今日の楓はおかしい。


 そして、今日一番におかしいのが……


「なんで俺、縛られてんだ?」


 ベッドの上で両手両足を紐で縛られていた。

 周りを見渡すが楓の姿はない。

 天井は、見慣れないが知っている天井だ。


 状況の整理をしよう。何故こうなった。


 まず夕飯食べて、急に眠くなったからベッドに倒れ込むように寝た。

 そして、起きたらコレ。


 分からん。


「おーい、楓ー」


 とりあえず楓を呼ぶことに。


「どうしたの?」


 ドアを開け普通に入ってきた楓。


「『どうしたの?』じゃないよ。なんでこんな監禁まがいなことしてるの?」


 早く解いてと楓に手を差し出す。


「今日話してた女、誰?」


 楓は俺の要求を無視して俺に尋ねる。

 目が怖いから俺は黙って従う。


「お、女?ああ、雫ね。彼女の名前は岡本雫だよ。雫とは去年同じクラスだったんだ。それで今年も同じクラスになったから話してたんだよ」


 正直に答えた。隠す必要皆無だしね。


「じゃあ、朝の『彼女を作る』って発言は本当?」


 ああ、あれか……。

 朝、あの発言で楓の様子がおかしくなったんだよな。


 どうしてだ。


 少し考えてみよう。


 楓とは親友。

 昨日から同棲することになった。

 俺の彼女ほしい発言で機嫌が悪くなる。

 雫と話してたらさらに機嫌が悪くなり、現在拘束されている。


 あっ!分かった!


「確かに少し本気だった。だけどやっぱり(今は)いいよ」


「本当?」


 楓が疑わしく俺を見てくる。


「ああ、本当だ。お前がいるからな」


 親友の俺が誰かに取られると思って怖かったんだろ?

 親友じゃなくなるかもって。


「龍君、気づいてたの?」


 楓が驚いたように目を見開く。


「気づいてた、っていうか今気づいた。楓がどうして同棲を始めたのか。そして、何で今俺を拘束しているのか」


 どうしても取られたくなかったんだな。

 楓との友情がそこまで深いものになっていたとは、嬉しいよ。


「そう!私耐えられないの!龍君が他の女と仲良くするの!」


 楓は泣きそうにやりながら、叫ぶ。


「楓がそこまで俺を(親友として)想ってくれていたなんて嬉しいよ」


「っ?!……私、気づいてたの。自分が少しおかしいって。龍君が他の女と話しているだけでこんなに嫉妬して」


 楓の苦しそうな表情を見て分かる。

 楓は今まで自分のその思考に悩まされていたんたろう。

 でも……


「それは、楓がそれだけ俺を(親友として)好きだってことだろ?」


 俺は安心させるように笑顔を向ける。


「うん。好き、大好き。だから、もう他の女と話さないで。他の女を見ないで。他の女を触れないで」


「楓、俺も好きだよ(親友として)。だから、なるべく楓以外の女性とは話さない。でも、必要な会話はさせてくれ」


 楓の瞳から大粒の涙が溢れる。


「嬉しい、龍君が私と同じ気持ちだったなんて……。もしかしたら龍君、私に興味ないんじゃないかって」


 そうだったのか。俺は楓をいつも不安にさせていたんだな。

 こんなんじゃ親友失格だな。いや、違う。今から変わるんだ。本当の親友に。もう二度と楓を不安にさせない。


「そんなことないよ。楓は俺にとって(親友として)一番大切な人だから」


「龍君がそんなに私のことを想ってくれてたなんて。……いいよ、他の女と会話しても。我慢する。できる。だって龍君は私にとって一番大切な人だから」



 こうして本当の意味で楓と親友になった俺は喜びを噛み締めた。


 ちなみにその後すぐに手足の紐は解かれた。

 手首、足首に赤いあとがくっきり残っていた。

 それを見た楓さんは顔を赤くさせてハァハァ言っていました。何でか、ちょっと、いやかなり怖かったです。



◆◇◆◇◆◇〜後日談〜



「ねえ。今日三分もあの女と話してたよね。しかも楽しそうに。ずっとヘラヘラして。これ浮気?まさか、龍君浮気してる?そんなわけないよね。でもね私不安なの。いつか龍君が私を嫌いになるんじゃないかって。だから、監禁するね。ん?そんな心配しないでいいよ。二日間だけだから。私たちの寝室のベッドの上で縛りつけるだけ。その間の龍君のお世話は全部私がやってあげる。食事も歯磨きも着替もトイレもお風呂も。全部、全部。私なしじゃ生きれない身体にしてあげる」


 帰ってきたら玄関先で今の言葉をぶっ放された。

 情報量多すぎ。しかも結構ヤバいことおっしゃっているから聞き流せない。


 楓が言ってた『あの女』ってのはたぶん雫のことだろう。


 今日の放課後、話しかけられ無視するわけにもいかず会話していたのだ。


 用事があると罪悪感に苛まれながらも嘘を言い、急いで会話を切り上げた。つもりだったんだが楓にとっては長かったらしい。


 ところで最近の楓は少し、いやかなりおかしい。

 新・親友になった後からなんか距離がとても近くなった。

 例えば、一緒に寝たり。手を繋いで学校行ったり。ご飯を食べさせあったり。


 雫の件も楓は『三分も』って言ってたけど、だいぶ短いきがするんだよね。


 何か楓、雫に敵対心抱いてんだよな〜。他の女子にも持ってんだけど、雫のと比べたら可愛いもの。

 この前何でか聞いたら、あきれながら「鈍感」とため息混じりに言われた。


 はあ〜。俺程、鋭く尖った人はそうそういないよ。

 

 まあ、そんなことより俺は最近疑問を持ち始めている。

 親友ってこんなんなの?


「楓、そんなことで監禁はやり過ぎじゃないかな〜?」


 また紐で縛るんでしょ?

 しかも聞こえたよ!トイレとかお風呂って言葉が!


 とにかく、監禁だけはなんとかしてでも阻止しなくては。


「そんなことで……?ちょっと前から思ってたんだけど。龍君さ、私たちが付き合ってるって自覚ある?」


 …………………………。


 ………………。


 ………。


 ……んん?!

 あれ?聞き間違いかな?なんか『付き合ってる』って聞こえたんだけど。

 いつから親友から恋人に発展したの?


 そんなわけないよね。


「か、楓……?付き合ってるってどういう……」


「はあ?」


 ひぃっ!


 楓の殺すような眼光に悲鳴すらあげれなかった。

 背筋は凍てつき、手足は震える。


 ……ああ、終わった。


 俺はどこで間違ったんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る