デクレッシェンド

 なんとか映画の時間に間に合ったオレと楓は、元々予約されていた席に着き、早々に携帯の電気を切る。


「間に合ってよかった……ほんとにごめん」


「気にしなくていいわよ、起こさなかった私も悪いし」


 ……そういえば、なんで起こさなかったんだ?

 逆ギレとかそういうわけでなく、純粋な好奇心でオレは思ったことをポロリと零した。


「そういえば、起こさなかったのって?」


「寝顔が可愛かったから」


 ​楓がなんでもない調子で応える反面、オレは面食らって言葉を詰まらせた。

 ……可愛かったから、かあ。

 喜んでいいのか、悲しむべきなのか悩んでいる途中、ふと火薬の香りがオレの鼻腔をくすぐった。


「誰だ……?」


 辺りを見回すと、オレは一人怪しい格好をしている男を見つけた。

 駅で見た男のような、ピエロの格好をしたソイツは落ち着きなく周囲に目を配らせていた。

 ……しかし、アイツどっかで見た事がある気がする。

 どこかは忘れたが、確かに見た事がある。

 それに、火薬の匂いがするのはアイツからだ。


「すまない、楓」


「未音?」


 席を立ち上がり、男の方へ接近する。

 ……周囲に、人はいないな。


「亜人種課です、申し訳ありませんが荷物の確認をさせていただけませんか?

 火薬の匂いがするので、少し気になりまして」


「え、…………いや、あの」


 かなりの動揺を男は見せる。

 やっぱりビンゴだ。

 コイツ​……銃を持ってるな!!


「見せれない理由でも?」


「​───────畜生、やるしかねぇか!!」


 男がリュックの中からマシンガンを取り出す。

 オレは、すぐにマシンガンを蹴り上げ、男から遠ざけた。


「……やっぱり、“劇団”か!?」


「ヒッ……来るなぁ!!」


 油断は禁物だった。

 何故ならば、相手がリュックから拳銃を取りだしたのだ。

 ……しくじった、今度は間に合わない。


「に​───────」


 逃げて、そう言おうとしたがオレの声よりも、銃の声が勝り、その一室を支配する。

 弾丸は、オレの腹部へ着弾した。

 鋭い痛みに、そこから熱湯を注がれる感覚にオレは、歯を食いしばって踏ん張る。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!?!??」


「誰、誰だ!?」


「あの人、腹から、ち、血、血がァァ!?」


「いや、警察を呼べよ誰か!?」


 次々に、この場にいる人達が慌て始める。

 ……そういえば、楓はどうしてるだろう?

 楓の席を見ると、彼女は驚きと、ショックが入り交じった表情を浮かべながら、オレを見ていた。


「全員、携帯を出すなぁ!?

 こいつみたいに撃つぞ!?」


 この状況の中、不釣り合いな姿をした犯人が天井に拳銃を掲げ、発砲する。

 ……とりあえず、マシンガンはもっと遠ざけなければ。


「動くなよ、源ォ!!」


 オレの名を叫びながら、男はオレの背を撃つ。

 ……だがまぁ、あいにくとオレはこんなんでタダで倒れるほどヤワじゃない。

 力を振り絞って、走ってオレは遠くへと蹴り飛ばす。


「​───────ッ!!

 テメェ、そうだよなぁお前はそんな、模範的ないい子ちゃんだったよなぁ!?

 そりゃ、そこのビッチもなびくわけだぜ!

 聞いてるかよ橘花楓!?」


 男が、楓を睨む。

 ……やっぱり、どこかで見たことはあると思ったが。

 アイツ、高校の頃の同級生の……!


「え、もしかして……田中くん?」


「やっと気付いたのかよクソッタレ!!

 お前は俺を裏切ったんだ……その報いを受けさせる為に俺は、この組織の下っ端になったんだ!!」


 手をわなわなと震わせ、田中は憤怒する。


「俺は、お前が好きだった!!

 その顔が、俺の好みだったからな、自慰に明け暮れたよ!!

 ホントに、本気で好きなってた……だっていうのによォ!!

 でもお前、麻上なんかと付き合ったよな!?

 俺が麻上に虐められてたってのに、お前はあんなカスと付き合ったんだ、結局は顔と金なんだろ!?

 俺の気持ちを裏切りやがって……今度はこんなゴミとの混ざりもんと一緒に暮らしやがって!!

 絶対に殺してやるって、誓ったんだよ!!」


 田中が吠え、さらに発砲する。

 その凶弾はオレへ当たることは無かった。

 怒りのあまり、手元が大きくぶれまくっていたから、照準なんて合うわけがなかったからだ。

 弾丸が当たらなかったのが分かると、楓が一瞬、安堵を浮かべた。

 そして直ぐに、田中を睨むと、


「私に恨んでるなら、私を撃ってよ。

 ……未音は、関係ないじゃない」


 そう、言い切ってしまった。

 ……火に油を注ぐとは、このことだろう。

 なんて、余計なことを……!!


「……なんだと、俺に、俺に指図するってのかよビッチ、売女め!!

 許さねぇ……オレの女になるってんなら許してやろうと思ってたのに……許さねぇ、許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ許さねぇ………………!!」


 もはや、怯えてるかのように田中は手を震わせる。

 元とはいえ想い人を撃つこととなって気が動転しているのか、息も荒々しくなっている。

 撃つぞ、撃つぞと何度も決心しては思い直しているようで、引き金に指を添えては離してを繰り返していた。

 彼なりの葛藤があるのだろう。


「……早く、撃ちなよ」


 凛とした美しさを保ちながら、楓が言う。

 その言葉が田中の理性(セーフティ)を外したのだった。

 先程の手の震えは止まり、ただ楓を撃つべく冷静に正確に照準を直し​───────


 突如として現れた『紋様』に田中は驚き、銃を手放すのだった。


「え……えぇ!?」


「シッ​───────​──────!!」


 そこから現れるは不祥事を起こした亜人種課の中でも未だに英雄と称される、罪人にとっては死神そのもののような男が現れた。

 その鎌はギロチンの如く。

 綺麗に田中を腕を切り落としたのだった。


「い…………ギャァァァァァァァァァォ!?!?!?!?

 うで、うでうで……ぼく、俺の腕がァァァァァ!?!?!?」


 叫ぶ田中を、不快そうに玄人さんは睨んだ。


「喧しい、さっさと死ね」


 振り下ろされる、処刑人の刃。

 その身体を裂くと同時に再び紋様が現れた。


「民間の方に迷惑がかかるのでね、少し寂しい所へ連れていかせてもらう」


「あ……か​───────」


 田中が、なにか言おうとしたが、無慈悲にそれは遮られて姿を消した。


「……深海へと移した、後は圧死しているだろう」


 さてとと呟いて、玄人さんがオレを睨む。

 獅子のように険しいその眼光は、怒りを顕にしている証拠だった。

 荒々しく、玄人さんがオレの襟首を掴み身体を浮かせると、怒号を映画館に響かせたのだった。


「貴様……私は以前にも言ったぞ、確かに言った。

『武装』はしておけと……用心しておけと言っただろう!?

 何故、武器を身につけていない、防具はどうした?

 そんな油断を露わにして、伊藤へ復讐をしたいだと!?

 笑えすらしない、甘すぎるぞ!!

 貴様が武装をしていたら、民間人は恐怖に感情を煽られることはなかったんだ!!」


 その叱責は、オレの心にとても響いた。

 確かに、オレは油断していた。

 そうだ、武装をしておけばここに居る人達は怖がることなんてない、直ぐに解決するハズだった。

 ……なんて、なんて未熟者なんだオレは。

 砕けそうなほど、強く歯軋りして玄人さんに、そしてここに居る人達に向かって、


「私の怠惰でこのような事態を招いてしまいました、本当に申し訳ございません!!

 以降はないように猛省し、仕事へ励ませていただきます!!」


 深く頭を下げる。

 それに合わせて、玄人さんが満足気に微笑んで、オレに合わせて頭を下げる。


「……この件は、彼の責任でもあり。

 そして、しっかりと指導を行えていなかった私の不徳が起因しております。

 彼を非難するなら、私にも非難を。

 彼に石を投げるなら、私にも石を投げてください。

 我々は、それら全てを禊として、次に活かして見せます」


 ……玄人さんの言葉は、人を魅了する魔法でも篭っているのか。

 オレと玄人さんに飛んできたのは、石でも罵倒でもない。

 賞賛の拍手であった。


「恨んでなんてないよ、君がこうやって身体を張らなかったら私たちが撃ち殺されていただろう。

 マシンガンを持ってたということは、つまりは無差別に人を撃つつもりだったのだろう」


「そうよ、ありがとうね貴方。

 とっても立派だったわ、彼氏にこうなって欲しいわ」


 そんな、皆の温かさにオレは、目頭が熱く感じるのだった​───────。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 一通りの事後処理を済ませた後、オレは玄人さんに呼び出された。


「未音、悪いが休暇は返上だ。

 蒼龍も長旅に疲れてて申し訳ないが、すぐに仕事をしてもらわなければいかん」


「もしかして……道化師、とかですか?」


「そうだ」


 玄人さんが頷く。

 ……そっか、今日はここで楓とお別れか。

 もう少しゆっくりしたかったがこればかりは仕方がない。


「楓」


「分かった、未音は気を付けてね」


 楓が手を振り、映画館を後にする。

 その姿が見えなくなるまでオレと玄人さんが見送り、消えた瞬間に玄人さんは『紋様』を空間に浮かばせた。

 ……さすが、『転移』の禁呪だ。

 呪力でマークをつけたところに瞬間移動できるってのは、凄い便利なわけで。

 そして、蒼龍が玄人さんに託した藤也(とうや)の首飾り。

 呪術を詠唱なしで唱えれる伝巧絶歌でんこつせっかのおかげで、好きなタイミングで行けるようになった。

 鬼に金棒とは、まさにこの事だろう。


「さて、行こうか未音」


 玄人さんの後ろを付いて歩き、紋様へと入る。

 眩しい光が周囲を包み、それが引いた次の瞬間にはオレは亜人種課の地下一階にある、職員約百人ほど入れる広さである、重要作戦会議室にいた。

 そこには、数十名のオレよりも歴が長い先輩方の中でも選りすぐりの実力を持つ方々と光さんがいた。


「未音く……どうしたのそのケガ!?」


「気にしないでくれ、オレが未熟だったからこうなったんだ」


 ……思えば、オレは光さんを置いて道化師を追ったりと他人を鑑みない行動が多いと思う。

 治さないと、多分だけど将来不幸なことになりかねない。


「さて、集まったな。

 この場にいる君たちは、私が見込んでいた者たちだ。

 君達には道化師の正体を伝えておこうと思ってな」


 奥に設置されているモニターが光り、画像が映る。

 そこには、オレの昔の同級生がいた。


『”ワタシの正体に関するヒントを一つだけ。

 ───ワタシは、本来ならばこのビルにいるはずの人間の名でございます“』


 確かに、奴はそう言っていた。

 なるほど、たしかに言ってることは間違っていない。

 麻上 巴は、確かに本来ならばビルにいるハズだった。

 それを拒み、こうして腑に落ちるのが容易となったのは僥倖、そう言うべきだろうか。


「彼の名は麻上 巴……改め」


 麻上巴じゃなかったのか?

 そんな疑問に答えるように、玄人さんが口を開いた。


煌月こうづき ともえ

 我が父が“実験”と称して産んだ、その最高傑作の成れの果てだ。

 どういう経緯かは不明だが、当時父の秘書を勤めていた麻上 洸一氏によって拾われた。

 現状判明している呪術は『変化』のみだ。

 しかし、それでも厄介な相手となるだろう」


 煌月……ということは、玄人さんの弟ってことになるのか。


「君達には、私と同じく雑兵を蹴散らしながらコレの首をとってほしい。

 どこにいるか分からない以上、長期戦は必須となる。

 ……時間が経てば経つほど死者は増える。

 迅速な排除を、心がけよう」


「「了解しました!!」」


 全体が覇気のある声で、答えた直後に慌ただしげに一人の職員が部屋に入った。


「し、し、失礼します!!

 玄人様……その、く、空港が…………

 いえ、風魔が乗っているとされる飛行機が爆破してしまったとの事で…………!!」


「なに​───────!?」


 その言葉は、やる気に満ちていた空間を破壊するくらい容易なほど、凶暴な威力だった。

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