クレッシェンド

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 玄人の部屋が爆発した同時刻、自身の住まうアパート内にて、光は真剣な眼差しで画面を見ていた。

 頭にヘッドホンを付け、外界からのノイズを遮断し、何やら作業に夢中になってしまっていた。


 ​───────それが、唯一の失点であった。

 ガチャりと、鍵の開く音を彼女は聴き逃してしまったのだった。

 ゆっくりと、ゆっくりとソレは歩みを進める。


 そして、███も、一つの過ちを犯した。

 即座に殺してしまえば、多少はマシだったろうに。

 彼女が、ちょうど休憩を挟もうとヘッドホンを外してしまい、その靴音が耳に入ってしまったのだった。


「ッ…………!! 誰​───────!?」


 直ぐに振り返り、傍に置いていた鞭型の呪装具を手に取る。

 するとそこにはナイフを持った、麻上あさがみ ともえの姿があった。


「あなた、一体どうやって鍵を……!?」


 光の問いに答えることなくどこか飄々と、彼はゆっくりと光へと歩み寄る。

 ゾンビのようにゆらゆらと身体を揺らめく麻上の瞳は、怒りや恨みではない。

『覚悟』があった。

 とてつもない、燃えたぎる程の覚悟を瞳に宿し、麻上がゆっくりと光へと迫る。


「───こういう時はたしか、『逃げろ』よね玄人さん……!」


 そんな様の麻上に対して光が覚悟を決め、鞭を麻上の足へと向けて放つ。

 しなる鞭は、麻上の足首へ絡みつくと『棘』を生やし、彼の足首を貫く。

 そして、光が引っ張り、彼を転倒させた。


「……護身用の呪装具を近くに置いといて良かったわ」


 安堵して、胸を撫で下ろし光が直ぐに家へと出るべく玄関へ向かう。

 しかし、


「逃がす訳……ねぇだろぉがよォ!?」


 麻上は、直ぐに床を杭へと変化させて光の足を貫通させた。


「いっつ……っ!!」


「オイオイオイオイオォイ……光チャンよぉ?

 オメーにはたっぷり後悔して貰うぜぇ?

 オレに逆らったらどうなるか、“身体”に教えてやらねぇとよォ!?」


 彼女へ乗りかかり、麻上は光の部屋着を破る。

 それと同時に、抵抗などさせないようにナイフで肩を深く突き刺した。


「グッ……!

 …………ねぇ、そんな下手な演技はやめたらどうなの?」


「あ?」


 首を傾げる麻上の頬に、光がゆっくりと手を添える。

 悲しさを、彼女は隠さずに涙を目元に溜めながら、口を開いた。


「トモくん……分かるんだよ?

 貴方が、私達の家族だった……麻上 巴だってことくらい」


「っ……!?

 な、何を」


「誤魔化さなくていい。

 ……分かるもん、家族なんだからさ」


 光が、愛おしそうに男の頬を撫でる。

 自然と、彼女の頬には涙が流れていた。


「……だとしたら、どうするつもりだ?

 ワタシは道化師だ、もう過去は捨てた……いや、今から捨てる!!

 光、キミという大事な人を殺して……ッ!!」


「そう、また貴方は間違えるのね、トモくん」


「間違えてなどいない、正解だ!!

 ……僕は、正解を選んだんだ!!」


 道化師が声を震わし、叫ぶ。

 若干の躊躇いが彼の脳裏を襲った。


「間違いよ。

 ……私を殺したところで、貴方はなにも変えれない、私が死ぬだけだもの」


「……本当に、そうかな?」


 どこか含みを持たせて、道化師が仮面の下で笑みを浮かべる。

 そして、


「​───────​───────」


 光の耳元で何か囁く。

 それを聞いた光は、目を見開いて激怒した。


「そんなふざけたことしたら絶対にゆるさ…………!」


「許さなくていいよ、コレはボクの結論だ」


 そして、道化師は床から杭を出現させて光の胸を貫いた。


「トモくん………っ!」


「おやすみ光。

 次は、君の夢が輝くようにワタシ《・・・》は祈らせて貰おう」


 光の意識が遠のいていく。

 酩酊に似た感触を覚え、それでもと彼女は抗って道化師に手を伸ばす。

 しかし、道化師がその場から離れることで二人の距離は遠ざかる。

 振り返ることなく、彼は光に顔を見せずにその場から去ったのだった。


 道化師が去った数分後に、空間に謎の紋様が現れると同時に、そこから玄人が出てくる。

 周囲を見渡し、胸から血を流す光を見つけて玄人はすぐに駆け寄った。


「大丈夫か!?

 クソ、だから警告しただろうに……!!」


 悔しさで、歯が砕けてしまいそうな程の力で食いしばる玄人。

 彼の呼びかけに光がうっすらと瞼を開く。

 自身の瞳に写っている人物は玄人であると、脳で理解した瞬間、彼女は玄人の襟を掴み、懇願するのだった。


「玄人、さん……お願い……この怪我を、治して……!!」


 その懇願は、脳裏に居続ける想い人の為に。

 まだ死んではいけない、死ねないと彼女は食い下がる。

 しかし、彼女の心臓は見事に貫かれており、助かることはない。

 そんな残酷な現実を悟ってしまいながらも、彼女に懇願された玄人は深呼吸をして、冷静に訊ねた。


「​───────残念だが、治すことは出来ん。

 心臓を貫かれている、悪いが手遅れだ。

 ……しかし、誤魔化すことはできる。それでもいいか?」


 玄人の問いに、光が力強く頷く。

 その頷きに玄人は応えるべく、懐から竹笛を取りだした。

 禍々しい気配を放つそれは、呪装具であると光は瀕死になりながらも見抜くのだった。


「……因循姑息、名前の通りその場しのぎに特化したモノだ。

 コレで、キミの心臓に一時的に穴を塞ぎ、活力を与えてくれる。

 しかし、制限時間は十二時間だ、それまでに君は自身の目的を果たすのだ」


 光が再度頷くと、玄人は竹笛から音色を奏で始めた。

 一曲奏で終え、竹笛がボロボロと粒子へと姿を変えていく。

 それと同時に、光の胸の穴が塞がれ始めるのだった。


「ありがとうございます、玄人さん」


「礼には及ばん。……それよりも、亜人種課へ急ぐぞ。

 他の職員にも電話を掛けるように言ってある」


「あ、源くんは多分応答できないかと思います……その、同居してる子と映画を見に行くって言ってたので」


 光の言葉に、玄人は動揺を見せた。

 大至急来て欲しいと言うのに、そこに縛られるというのは、『劇団』のメンバーが襲撃を仕掛ける恐れがあったからだった。

 未音は現在、過去に行われた『田沼家掃討作戦』の時に目覚しい活躍を見せており、今回も道化師に警戒されているのは、玄人の予想にあった。

 玄人は先程、爆発に巻き込まれたこともあり、その可能性は捨て切れなかった。

 その不安は、悪戯というべきなのだろうか。


『玄人様、つい先程……劇団と思わしきメンバーが新宿映画館を襲撃したと源より通報が……!』


「くそ、やはりか​───────!!」


 無線により報告を受け、玄人はすぐに空間に二つの紋様を浮かばせた。


「光くん、君はこれを使って亜人種課のオフィスへと移動しろ!!

 私は、そこへと急ぐ……!」


 それだけ言い残し、玄人は紋様の中へと入っていった。

 光は玄人の指示に従い、玄人が入っていったのとは別の紋様へと入り、亜人種課のオフィスへと辿り着いたのだった​───────

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