始まりが終わる
十月三十日。
午前十時、未音と楓の住むアパートの中。
楓は、ベッドで睡眠を取っている、未音の元へ向かう。
元々、約束していた映画の予約は朝の十一時で、そこまでの距離は長く、その時間に間に合うかは怪しいところではあったが、楓はどうにも未音を怒る気にはならなかった。
彼の、幸せそうな顔を久しぶりに見て嬉しかったのだった。
「……子供みたい」
微笑みを浮かべ、楓が愛おしそうに未音の頭を撫でる。
その、直後に彼は目を覚ましたのだった。
「ん? ……おはよう楓。今って何時だ?」
「十時よ、寝坊助さん」
「───────嘘だろ!?」
先程までの幸せうな顔とは正反対、未音が焦燥をあらわにして身体を勢いよく起こし、直ぐにクローゼットに手にかける。
「すまない楓、今から準備する!!
……えぇと、五分で済めばギリギリ間に合うかな!?」
「多分ね。
でも、焦らなくてもいいからね未音。貴方の好きなペースで行ってくれたら、それでいいわ。
途中からでも、映画は面白いわ」
「そう言ってくれるとありがたいけど、とりあえず急ぐよ!」
そう言って、未音は急いで更衣を始める。
予告よりも早く、彼は三分で準備を済ませてから、リビングに移って待っていた楓の元へ行く。
何か、ファッション誌を読んでいたみたいで珍しく、目を輝かせ、鼻歌混じりに目を通していた。
未音に気付いた楓がチラリと視線を向ける。
「早いね、未音。それじゃ、行きましょっか」
雑誌を閉じて、席を立つ。
そして、二人は最寄りの駅まで歩いた。
歩いてる最中、
「ねぇ、未音。
……仕事、楽しい?」
楓がふと、そんなことを未音に訊ねた。
不思議そうに首を傾げながら、未音はあっさりと
「そんなわけない。
悪でも、人を殺す仕事なんだ。楽しいわけがないじゃないか」
そう、答えた。
その回答は、楓が想像していた通りであり、そして言って欲しくない答えでもあった。
「そう、よね。ごめんね未音、突然こんなこと訊ねちゃって。
……最近、貴方が張り詰めた表情しか浮かべてないから少し気になったの。
前まではすごい、余裕があった気がしたから」
「なるほど、気にしてくれてありがとう楓。
いやぁ、なるべく普通に振舞ってるつもりだったけどオレも下手なんだなぁ」
照れ臭そうな笑みを浮かべ、未音が頬をかく。
会話は途絶え、二人は切符を買い電車へと乗る。
その途中、未音は奇妙な格好をした人物に視線を向けた。
その視線の先には時期的にはハロウィンだと言うのに、サンタクロースの格好をした男がいたのだった。
「……なんだ、あの格好……?
ハロウィンには一日早いぞ」
目を細め、未音がその男を警戒する。
しかし、その男とは行く駅が違うみたいで、彼は反対車両の方へ並んでいた。
「未音、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
楓に呼ばれ、未音は直ぐに答える。
流石に、警戒しすぎかと未音は自身に呆れた笑みを浮かべて、楓と共に電車へと乗るのだった───────
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……本当か、その情報は」
「はい、昨日の夜にその姿を確認したとの事です」
同時刻の十時十五分、亜人種課では。
玄人の部屋で、その部下と険しい表情で話し合っていた。
その内容は、荊棘 巽らしき男を昨日の夜に目撃したと、民間人からの報告を受けたからだった。
部下が監視カメラを確認すると、その容姿は荊棘巽と瓜二つだったため、玄人に報告したのだった。
「なるほど、“変化”はそんな芸当ができるのか」
「……死者の蘇生など、あっていいのでしょうか?」
あっさりと受け入れる玄人とは対比に、その部下はどこか憂いげに玄人ヘ訊ねた。
「そんなもの、あっていいわけないだろう。
だがね、仕方ないのさ。それを求めた人類が悪い。
新たな命の創造、そして途絶えた命の蘇生。
それらの禁忌を人は平気に手を染め、過ちを繰り返す。
その罪の罰が今、まさに雨のごとく降り注がれているのさ。
……作戦変更だ、亜人種課を総動員させて今から防衛作戦を始めよう。
今日休みを取ったものには悪いが、徹底して連絡を───────」
「失礼します、玄人様はおりますでしょうか?」
命令を下そうとしたその矢先、ノックと共に一人の男が部屋へと入った。
その脇にはダンボールが抱えられていた。
「お荷物のお届け物です。
送り主は…煌月 灰利様からです」
「……待て、貴様は何者だ!!」
言い終えると同時に、男の肩にはナイフが深く突き刺さっていた。
刹那的な速さで玄人が懐から取り出し、投擲したのだった。
ナイフが刺さり、男が苦しそうに顔を歪める。
「ぐぅっ……!!」
「悪いな、私は職員やここへ関与している企業の者達の顔を全て記憶している。
そして、そのダンボールから血の匂いがしたため、この対応を取らせてもらった」
「玄人様、私が確認致します」
玄人の部下が、手際よくダンボールを開封し始める。
その様子を、玄人が監視する。
というのも、玄人の現在の部下は叔父、灰利により配属された男であり、忠実ではあるがどこか信用出来ない男であった。
なにか仕込むのではないか、と疑念が生じ、玄人はその男の事を見て、
「……申し訳ありません、玄人様!!」
「どうし───────ッ!?」
僅かな火薬の匂い、そして紫煙の香りが鼻腔をくすぐる。
その紫煙を愛用していた人物がいたが、その男は行方不明となっていた。
見えずとも分かる、点と線が繋がる。
玄人は直ぐにそのダンボールから距離をとり、部下はダンボールの上に覆いかぶさった。
無駄な行為ではあるが、それでも玄人が助かるならと咄嗟にとった行動であった。
「タ……タス、け…………」
ダンボールの中に入っていた、生首のみとなった亜人種課の問題児、本多が助けを乞う。
その瞬間───────
玄人の部屋全体が爆発で飲み込まれたのだった。
「“……おーおー、すごい爆発ですね”」
「フン、忘れるなよ道化師。
貴様に手を貸したのは、アイツが目障りだったからだ。
折角の麻上の駄賃を、奴は腐った金だと一蹴して関係を絶たせよった」
その光景を、付近のビルから双眼鏡で覗く、肥満体の男、
葉巻を加えながら灰利がテーブルを指で小突く。
「ほれ、早く寄越せ。
誰のおかげでアレを爆殺出来たと思っている?
私がいたからだろう?」
そう言い、交渉の物を一刻も早くと灰利がせびる。
亜人種課のビルと、道化師達がいるビルは約五百メートルの距離がある。
狙撃の心配も、亜人種課の屋上を見ておけばいい為、灰利は油断していた。
道化師すらも、屋上から人の気配がなかったため、攻撃されることはない、そうタカをくくっていた。
しかし、その予想を、簡単に覆された。
不意に窓が割れ、灰利の腹部にナイフが刺さった。
「…………え、い、イギャァァァァァァァァァァ!?!?!?
ナ、ナイフ……しかもこれは、く、く、玄人の……!?
なぜ、ヤツは、ヤツは死んだハズ……!?」
「“ほう、すんでのところで逃げおおせたのですか。
そして、易々と彼は投擲に成功した。
……やはり、源なんかよりも彼の方が……”」
うんうんと、一人で納得し道化師は紅茶を飲み込む。
道化の仮面を外さず、器用に彼は紅茶を飲む。
「な、何をしている道化師……早く私の腹に刺さっとるナイフを取らんか!?」
「……煩いなぁ、アンタはもうお役御免だよ」
道化師がティーカップに呪力を注ぎ、ミニガンへと姿を変化させる。
あと数ミリの間隔を保ちながら、道化師が銃口を灰利の顔面へと突きつける。
強気な態度を見せていた彼が、途端に恐怖で顔を歪ませた。
「さようなら、叔父さん?」
「叔父?
……貴様、まさか!?」
何かを悟る、灰利だったが手遅れだった。
道化師が引き金を弾き、彼をミンチへと変化させてしまったからだった。
灰利を始末した後、道化師が直ぐに懐から携帯を出して小沢へと電話を掛ける。
「“もしもし、私です。
少し時間を変更させていただきます。
……はい、一時間後でお願いします”」
手短に用件を済ませた道化師が、携帯をなにかのリモコンへと姿を変えさせる。
「さぁて、お祭りの始まりだ……僕の、僕の…………っ!!」
先程までの余裕を持った態度は那由他へと消え、道化師がしゃがみ込んだ。
その脳裏には、ある女性を浮かべた。
「……やっぱり必要ない。
僕が、僕である為に彼女には消えてもらう……っ!!」
そして覚悟を決め、道化師は次なる目的地へと向かい始めた。
その頃、爆発に巻き込まれたが、無傷だった玄人はオフィスへと駆け、
「緊急招集だ……今すぐ、亜人種課の者達を休みを返上させて連れてこさせろ!!
民間人を急いで避難させるぞ!!」
身体の到る金属片が刺さっているというのに、玄人は苦痛で顔を歪めることなく職員全員に命令を下した。
そして、自身のポケットから携帯を取り出すと、光へと電話をかけ始めた。
しかし、コール音が何度鳴り響いても光が出ることは無かった。
「……もしや、もう《・・》か!?」
なにか心当たりがあった玄人は、すぐに亜人種課を飛び出し、光の住むアパートへと向かうのだった。
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