少女は絶望し、道化師の手を取る

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 ───その少女は順風満帆にして、明るい未来が待っていた。

 大企業の要人を親に持ち、更には多数の異性に好意を持たれるほど容姿端麗な男性と交際をしていた。

 他校であり、場所も少し離れていたが、少女はその男を愛していた。

 そして、そんな彼女を支える良き友人達。

 彼女の明るい人柄がそうさせるのか、周りはとてもどこか人工的な、暖かな光で満ち溢れていた。


『ねぇ、今日さ───皆で星を見に行かない?』


 ある日の昼休み、友人の一人がそんな提案をしたのだった。


『凄い星が綺麗に見れる所を見つけたの!!

 ホントに凄いよ、今でも星は綺麗に見れるけど、そこは格が違うの!!

 まるで、宝石の山のように、星が綺麗に見えるの!!』


 その友人の押しに、少女は目を輝かせる。

 少女は小さな頃から綺麗なものに目がなく、今回の友人の話は、とても魅力が感じるのだった。

 こくりと頷き、少女はその日の夜、複数の友人と共に、廃ビルへの屋上へと登った。

 バリケードがされていたが、とても簡易的なモノで、少女達の手で退けることは容易かった。

 ───しかし、少女はそこで気付くべきだったのだ。

 なぜ、下見に行ったはずなのに、バリケードがあるのを知らないのだろう、と。


 共に屋上へと登り、少女は綺麗な星に目を奪われ、柵の方へとやや興奮気味に走り、身を乗り出すようにして夜空を眺める。


『……すっごい、本当に、綺麗』


 見惚れ、歓喜と恍惚が入り交じった声を出した。

 その、直後に事は起こった。


『……ごめんね、でも貴女が悪いの。

 ───貴女なんかが、麻上君と付き合うから』


 そんな、小声が聞こえたと同時に少女は背後から衝撃が走り、足場のない、大空へと突き出されたのだった。


 何が起こったのか分からず、少女は必死に手を動かし、どうにかしようと足掻く。


 綺麗だった光景を、醜い感情で白紙にされたのだろうか? そんな、答えを彼女は見つけ、途端に全てが憎くなった。

 どうしようもない死に、そして、自身を殺した頭上の、醜女達が。


 少女は、麻上との幸せな未来を思い描き起こし、必死に足掻く、足掻く、足掻く。

 しかし堕ちる。彼女は幸せの階段を登れずに、ただただ不幸への落とし穴に嵌り、地へと堕ちていく。


 まるで、銃声のような音が響く。

 それは、彼女が地へと墜落した証拠だった。

 彼女の身体は四散し、人の形を保てていなかった。

 代わりに、鮮やかな、思わず見惚れてしまうほどに綺麗な血が地面に広がっていく。

 そうして、完成するは一輪の花のように。


 彼女を弔うべく、花は咲いた。

 彼女の身体から美しく、しかし悲劇的に。

 その彼岸花は、死体が処理されるまで咲き続いていた─────




 数ヶ月経ち、少女は同じ行動を取っていた。

 それをプログラミングされた機械のように、延々と少女は感情なき表情で柵へと近寄っては、堕ちていく。

 羽をもがれた鳥のように、少女はただひたすらに墜落し続けていた。

 しかし、少女には次第に変化が訪れていた。


 まずは一つ、この数ヶ月に渡って三名ほど、自身の姿に惑わされて堕ちた人間がいた。

 そして二つめ、当初は感情がなく、ただ堕ちていたが、二人目からだろうか。

 地面に咲く花に、魅了され、最終的には堕ちるものの次第に自由に動けるようになっていた。

 そんな、ある日だった。


『“おやおや、こんな所に素敵なお嬢様が。

 初めましてお嬢様、ワタシは……道化というものでございます”』


 飛び降りる寸前の少女に声を掛ける、道化の仮面をつけた、人の形をしたナニカが、そこにいた。

 ───なるほど、道化師か。

 最近になって活動を広めた、謎の殺人鬼。

 現代の切り裂きジャックと言っても差し支えのない、亜人種課の中でも約半時間で捜査を解決させたという煌月さんでも捜査が難航するヤツが、今回の黒幕というわけだった。


 少女は戸惑った表情で、道化を見つめる。

 そんな少女に、道化師は明るい声音で、少女に問いかけた。


『“飛び降りですか、勿体のない事を。

 貴女のお顔は美しい。まるで、一つの芸術品だ。

 そう、ピカソのゲルニカのよう”』


 ピカソは分からないけど、凄い画家ということは知っているのだろうか、少女は勘違いをしながら微笑み、答える。


『ワタシだってこんな怖い事、したくないわ。

 それでも、身体が言うことを聞いてくれないの。

 あ、でもこう見えて結構動けるようにはなっているのよ?

 最初なんて、ろくに抵抗出来なかったのだから』


『“知っております、それが地縛霊の定めなのです。

 回り続ける時計のように、決まった時間に飛び出す鳩時計のように貴女はひたすらに同じアクションを取らなければ、ならない。

 ───しかし、それではダメだ。

 貴女はゲルニカ、モナ・リザになってはいけないのです”』


『どうして? モナ・リザは最高の絵でしょう?』


 そんな、些細な問いに道化師は、


『“何をおっしゃいますか”』


『“コレは、価値観の違いというヤツです。

 ワタシにとってモナ・リザは美しく感じとれず、ゲルニカこそが素晴らしいと感じさせてくれるのです”』


 答えながら、少女の身体に───触れた。


 そもそも、見える時点で疑ってはいた。

 なぜなら少女は、霊だ。幽霊は、鬼にしか見れないし、触れない。

 例外はある。しかしそれは、本当に稀だったり、呪術に精通していなければいけないことだった。

 つまり道化師は鬼の可能性が高いという証拠だった。


『“───よし、これで完了だ。

 今、ワタシはワタシにのみ使えるで、貴女の身体のプログラムを変更出来たよ。

 まぁ、要約すると飛び降りなんてことしなくてもいい、日が昇る前にこのビルに戻ってしまえばどこへ行ってもいいというプログラムにした。

 ……まぁ、おいおいもっと素晴らしい仕上がりにしてみせよう”』


 道化師は笑いながら去る。

 ドアノブを握った瞬間、ふと、景色きおくを俯瞰しているオレと目が合った。

 仮面越しでもよく見える、その目は。

 光が全くと言っていいほどない。まるで、古い鏡を見せられているようだった。


『”ではごきげんよう、また会おうじゃあないか“』


 そう言いながら、道化師は杖をついて、笑いながら立ち去るのだった。




 それから一ヶ月が経ち、少女の表情は苛立ちを隠せていなかった。

 何故なら、自身を死に追いやった女達はどうやら今ものうのうと暮らせており、なんなら社会人を快適に過ごせていたからだった。

 何食わぬ表情で、全員晴れやかな顔で過ごす、その様はとても憎らしく、殺意に溢れていた。


 殺したいが殺せれない、その耐え兼ねる絶望の中、


『”やぁ、レディ。

 どうしたのだい、そんなに表情を強ばらせて“』


 丁度、自身を自由にしてくれた恩人がいた。

 少女は縋り付くように道化師の傍へ寄り、懇願する。

 復讐の手伝いを、自身に憎き、醜い女達を殺せれる力を欲するのだった。


『お願い、殺したい人が沢山いるの。

 力を、貸してください……!!』


 少女が懇願する。

 道化師はそれを待っていたと言わんばかりに、


『”いいよ、ワタシだけのゲルニカ。

 貴女という芸術を生み出した彼女達で、次はキミが造るのだ。

 醜き女達を突き落とし、肉塊を撒き散らして、鮮やかで、綺麗な彼岸花を“』


 手を伸ばし、そして少女に触れるのだった。

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