少年は掴み、地獄へと誘う
───幽霊の少女が潜む、廃ビルとは二軒程挟んだビルの屋上にて。
呼吸など、いつしたか覚えていないほど、瞬きすらせずにただ、死に体のように蒼龍は構えていた。
いつ、飛び降りるか分からない緊張感の中、蒼龍はひたすらに耐えて、楓のみを凝視していた。
『───僕? 僕は今日は無理かなぁ。
悪いけど、蒼龍が頑張ってよ』
そんな中、ふと、
友人の同居人が危機に迫っているというのに、なんという酷い男なのだろうと、蒼龍は友人に対して苛立ちを僅かに感じ、歯軋りする。
その直後だった。
まるで、タイミングを見計らったかのように楓が廃ビルから空を舞うのだった。
僅かコンマ数秒遅れ、蒼龍は駆ける。
気付かれたか? 否、まぐれだと蒼龍は即座に湧き上がった疑問を否定し、速度を早めた。
その速さは、まるで銃弾の如く速く、そして鋭くあった。
おおよそ、平和に生きていた人間なら出せないであろう速さを、蒼龍は涼しげな顔をして出していたのだ。
高校の頃から、弟の代わりとなって夜に鬼と命懸けの戦いをしていた蒼龍にとっては。
これくらいの速さならば、朝飯前だった。
しかし、このままでは足りない。
少女の墜落する速さの方が勝っている。
だというのに、蒼龍は焦ることなく、
「出番だ───“鬼忌廻改”!!」
そう叫ぶと、紫の妖光を放ち、柄に巻かれていた鎖が解けて楓へと向かって伸びる。
そのまま、彼女の身体を柔らかく、包み込むように鎖が巻きついた。
「よっとぉ!!」
そのまま自身の元へと引き寄せて、蒼龍は楓を抱える。
そして、呟くような小さな声で、蒼龍は唱える。
『───“風舞”!!』
その瞬間、彼の首飾りが緑色に光、砕け散るのと共に、ふわりと強風が蒼龍と楓を包む。天然の布に助けられ、ながら、二人は安全に地面へと着陸したのだった。
「よし、約束は守ったぞ未音」
廃ビルを見上げ、未音と視線を合わせた蒼龍は、微笑みながら楓を家へと運ぶ為、踵を返すのだった。
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『……嘘よ、コレは、悪夢、そう、悪夢だわ!!』
幽霊が、否定するように必死に首を振る。
現実から目を背けるその姿は、どこか幼子に似てて、内心でこれからすることに罪悪感が芽生えた。
だが、彼女は楓を殺そうとした。
その一点に於いて、許す道理なんであるわけが無い。
心を冷徹のみに切り替えて、彼女の首筋に、牙を食い込ませる。
『いっ、つぅ……いや、いやいやいやいや!!
貴方、ワタシの事を完全に殺そうとしてるわね、なんで!?
ワタシは、ただ、ただ……ワタシを突き落とした彼女達が憎くて───』
「関係の無い彼女を巻き込んどいてよく言うな、そういうの、被害者ヅラって言うんだぜ。
……仮に殺されたとしても、君が赤の他人まで手をかけた時点で、もう君は被害者じゃない、人殺しの加害者だ」
彼女の言葉を遮り、オレは首筋を食いちぎる。
直後、オレの脳裏に見たことの無い景色が流れ始めた───
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