事件は終わり、青年は切り替える

 ───それから少女は、道化師に貰った力で復讐を完遂した。

 全員で五人の少女達を、明るい未来から、冷たい地面へと落下させたのだ。

 自分にされた事を、そっくりそのまま返す事に躊躇いなど無かった。

 自分の未来を奪ったのだ、ならば彼女達から取り上げても誰も文句は言わないハズだと。

 そうして、落としていき終わった後、少女は満足することは、残念ながら無かった。


 愚かにも、少女は他の人も落としたいと思い始めたのだった。

 地面に咲いた彼岸花を、もっと見たいと彼女は暴走し始め、無関係の人間を飛び降りさせた。


 やがて、一人の青年……つまり、オレがこのビルへとやって来て、少女はオレの事を捜査官と見抜き、自身の邪魔をさせないようにオレを追い出し、そして脅そうとしたが失敗に終わった。


 以上が、事の顛末だった。

 なんてない、くだらない少女の復讐劇。

 そこから展開された、彼女の殺人劇。

 それが、彼女の───


「”否、違うよみなもと 未音みおと

 短絡的な思考で、頭の悪さは相も変わらず健在で何よりだ“」


 否と言い張るその人影は、道化師の姿をしていた。

 場所はこのビルというのは分かる。

 少女の記憶の中に流れ込んだ、その映像はチャンネルが変わったのかと錯覚してしまう程に唐突な、主役の横取り野郎が現れた。

 ……道化師はどうやら、オレのことを知っているらしい。

 しかし、どう言った経緯で?

 可能性があるとすれば、犯人はオレの知り合いの可能性もあるわけか。


「”先に言っておくと、コレはキミの言動を予想して会話を成立させようと努力している。

 そして初めまして、私は道化師と呼ばれているしがないただの鬼です“」


 どこか巫山戯ているような明るい声音で、道化師は言葉を紡ぐ。


「”えーとですね、この映像を見ているということはワタシの読み通り、あの少女は無様に倒されたと言うわけだ。

 いやぁ、本当に“」


 どこか面白そうに、あの少女を嘲笑うように道化師は発言した。


「”愚かですよねぇ人間は。

 力を手にした途端にその快楽に溺れて、求め続ける。

 生存価値のない、全滅させる価値のある生き物にも程がある“」


 そんなことを、淡々と口にしやがりながら、道化師は口を止めなかった。

 オレからすれば、自分で手にかけようとしないコイツが偉そうに人の価値を語るのはどうかと思う。

 オレを自分側に引きづりこもうと、騙るのは勝手だが、もう少しマシな内容にして欲しかったものだ。


「”しかし、これでようやく、事件が始まる。

 さて、ワタシは貴方に宣言しに来ました。

 煌月こうづき 玄人くろとに伝えといてくださいね?”』


 深々と敬礼をして、道化師は高らかに宣言を始めた。

 コンサートの開催情報を、実に楽しそうに。


『”───ハロウィンの日に、我々が結成した復讐者達だけのチームである『劇団』が、テロ行為を行います。

 場所は当然東京、ついでに和歌山!!

 そしてワタシは、その日に貴方という戦力を手にして、そのテロ行為を完遂させる“」


 その仮面の下は、絶対に笑っているだろうと確信させながら、オレはただ一言だけ呟いた。

 テロ行為は防がないとダメだ、死力を尽くして。

 だがそれはそれとして、道化師の発言に対して、一つだけ返さなければ。

 他人事のように、拒絶を示しながら、オレは道化師のオレを戦力に加えるという発言に答えた。


「そうか、頑張れよ」


「”オヤオヤオヤ、まぁ確かにワタシの正体は気になることでしょう。

 なんせアナタのことを知っているのだから!!“」


 しかし、どうやら道化師は別の言葉を予想していたらしい。

 一人寂しく劇を続ける悲しい役者は手を大袈裟に仰げる。

 そして最後の最後に、気になりやがることを言って、挨拶を終えるのだった。


「”ワタシの正体に関するヒントを一つだけ。

 ───ワタシは、本来ならばこのビルにいるはずの人間の名でございます“」


 待て、ということすら出来ない一瞬で、視界が元に戻り、辺りが夜の帳で塗りつぶされた黒の世界へと戻る。

 散っていく白き魂の片鱗。数多の人を飛び降り自殺させた殺人鬼は白雪のように散っていく。

 残った半身を振り投げて、オレは散っていく霊体に背を向ける。


「───とりあえず、煌月さんに伝えるか」


 オレは、胸ポケットから携帯を取り出して煌月さんに連絡を取るのだった。

 ……最後の道化師の発言を脳裏に浮かべ、襟を引かれるような錯覚を覚えながら。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ───事件から一週間が経ち、オレは麻上を呼び出した。

 というのも、彼の手柄とオレが上層部へ伝えた結果、色んな人が麻上のことを褒めたりしてて、オレが話しかけれるような余裕がなかったからだった。

 これは元々、麻上との約束だ。

 蒼龍は何か言いたげだったが、仕方がない。

 伊藤を殺せれる近道になるなら、それがダメな事だろうと厭わない。


 カフェテリアで待つこと数分、麻上はどこか苛立っている様子でオレの前の席に、乱暴に座った。


「あーうっぜ、何が『着任してから解決までなんという速さだ』、だよ!!

 うぜぇきめぇくせぇの三連チャンだよ全く。

 あ、お前にはキレてねぇよみおと?

 だって、お前はオレとの約束を守ってくれたもんなぁ?

 約束を守る奴はオレは好きだしねー」


 そう言いながら、麻上は店員に珈琲を注文し、おしぼりを受け取った。

 それで手を拭きながら、麻上はオレに理由を訊ねるのだった。


「で、話って?」


「……宇城うじょう琥珀こはくって娘の名前に、聞き覚えは?」


 オレの質問に、麻上はあっけらかんと


「あぁ、元カノね。死んじまったけど。

 いやぁ、生きてたら生きてたでオレが多分潰してただろうけどさ。

 元々、遊ぼうとしか考えてなかったし……多分薬漬けにして風俗に売ってたなァ」


 とても、同情すら出来ないほどに屑らしい発言をするのだった。


「……一応、口裏合わせとこうかなって思ってさ。

 その子が、今回の飛び降り自殺の犯人だ」


「まぁ、あそこで最初に飛び降り自殺したのアイツだし、だろうなって思ってたわ。

 ほら、別にオレ、術師いるって言ってただけで幽霊に対しては言ってなかったじゃん?」


 確かに、言ってなかったな。

 私情は持ち込まないところは変に真面目なのか、それとも彼女のことを心底どうでもいいと思っているのか。

 おそらくは後者だろう。

 オレは既に配られているカップを取り、珈琲を啜る。

 無糖は苦くて滅多に飲まないが、何故か無性に無糖を飲みたかった。


「……あぁ、でもそっか」


 麻上が空を眺め、呟く。

 まるで、あの世にいる彼女のことを想うように、その目線はどこか、温かなモノだった。


「アイツ、玩具に出来なかったの残念だなぁ本当に。

 巻添えで他の女達殺してさぁ。くだらねぇ心中だよね」


 しかし、言葉は心底冷たく。

 麻上は届いた珈琲を一杯飲み始めた。


 ───少女の巻添心中は終わり、次なる事件へと手につけるのだった。

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