バースデイ
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グチャリ、ぬちゃりと醜い音が響く。
ハンバーグのタネを作る時、似たような音が響くがまさにそれだ。
▉▉さんだったソレを、目の前の巨漢は愛おしそうにこねていた。
……友紀奈はきっと、喋ることを忘れてしまってる。
でも、静かにしてくれてるのが幸いだった。
男が熱心にこねているから? 否、指示がないから他の奴らもオレ達を殺そうとしに来なかった。
……多分、こいつの進行を邪魔してはいけないのだろう。
この狂人的な司会進行役が許さない限り、仲間であるハズの彼らは怯えながら、しかし目の前の餌にハァハァと、目の前の馳走を我慢している汚らしい、飢えた野良犬のような息遣いで、彼らは待機していた。
「……あぁ、そうだ」
ふと、唐突に思い出したのか伊藤がオレを見る。
……友紀奈だけでも、友紀奈だけでも逃がさないと。
でも、同時にそれは不可能だと脳が判断してしまう。
どいつも、オレなんかよりも体格がガッチリとしている。
走って逃げたところで、捕まるだろう。
鬼は、人の約1.5倍程の身体能力があるみたいで、成人した鬼の平均的な五十メートル走のタイムはだいたい五秒以内。
……オレは、スポーツもやってたし、鬼と人のハーフとはいえそのタイムを僅かに上回っている。
しかし、後ろには壁のように伊藤の部下が立ちはだかっているし、伊藤は多分、オレよりももっと早いと思う。
抵抗や逃走なんて、出来るはずがない。
ゆっくりと歩きながら伊藤はオレと視線を合わせるようにしゃがんだ。
「……あのさ、君が大事に抱えているその子、渡してくんない?
早く殺してあげないと、親子仲良く天国へ送ってあげないと可哀想だろう?」
「な、───────」
……何を言っている? コイツは異国の人間だったのか、言葉が理解できない。
友紀奈を強く抱き締める。
いや、オレたちは確かに同じ国の、同じ亜人種として認定されている、迫害されやすい同類だ。
ただ、脳が理解を拒んだだけだった。
……少し間が開き、伊藤の言葉を理解する。答えはノーだ。絶対に渡さない、そう決意して。
例え、ボコボコにされて死のうが構わない。元々この命はこの少女によって救われたモノだからだ。
オレは力強く、首を振り伊藤の頼みを断った。
「うーん……何言っても、脅しても渡す気なさそうだなぁ。
時間もそろそろヤバいだろうし、しょうがない、君の▉▉には恩があるんだけど……」
伊藤が後ろのヤツらにやれ、と指示を飛ばす。
伊藤の言葉に、迅速に猟犬めいた男達の嬲りが開始された。
先ず、ナイフで右の肩を深く突き刺される。
次に、その右腕の骨を驚異的な力で折られた。
ここまでする必要があるのかと頭に疑問が湧いたが、元々、伊藤達は快楽的連続殺人鬼として有名だったし、愉しみたいだけなんだろう。
───右腕は力が出ない、右側がガラ空きになってしまい、そこから友紀奈が奪われそうになるが片腕で抱き直して、友紀奈に覆いかぶさり、その魔の手を拒んだ。
“やめて、もういいよ”と少女が声を震わせながら悲鳴のように、嘆願するかのように言うが、諦めることなんて、してたまるか。
この少女に、人生を救ってもらった。
ならばオレは今、この状況で友紀奈の命くらい救わなければならない、それが道理だ。
「兄貴ぃ……コイツ、しぶといっすよォ?」
「じゃあさ、先に足を砕いちまおう。
両腕砕いたところでタックルとかされても嫌だしさ……大人に歯向かったんだ、お仕置くらいは覚悟してるだろうしねェ?」
伊藤の言葉に、男たちは俺の脚の骨を折りにかかった。
───見事に脚の骨は折れた、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
けれど、諦めるわけにはいかない。
絶対に、絶対に護ってみせる。
きっと、隣人の人が何かあったのだろうと察して通報するに違いない。
僅かな希望を抱いて、オレは耐える。
動かせるのは片腕だけになった、ほぼ絶望的な状況の中、一筋の光を見出して、耐える。
「……もう片腕、逝っちゃえよォ!!!!」
───しかし、あまりにもしぶとかったのか伊藤は堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。
伊藤の金棒による一撃で、オレの左腕は、胴体と分離された。
痛い、そんなことよりもマズイ、友紀奈、友友紀奈が、危ない。
何も抵抗出来るはずもなくなったオレはサッカーボールのように蹴り転がされ、男たちは友紀奈と対面する。
男達の厭らしい、吐き気のする笑顔を前に、少女は静かな、怒りの炎を瞳に灯していた。
「……アレレ、怒る勇気はあるんだ」
「あるよ、お父さんをお母さんを、未音おにーちゃんをこんな風にした貴方を、わたしは許さない」
「……いいねぇ、せっかくだし最後の一言くらいは言わせてやるぜェ?
オレ、中学生の女の子殺すのはハジメテだからさぁ」
言って、男が床に転がっている刀を拾う。
それは、それは▉▉さんの刀だ。
「……ゆ、きな……」
胴体をくねらせて伊藤の元へ這い寄る。
……噛み付いてやる。
痛みで、一瞬だけ怯むはずだ。
刀を離してくれたら嬉しい。
「未音おにーちゃん」
友紀奈の、声が聞こえる。
顔を上げると……瞳を涙で濡らした少女が、始めて会った時のような、明るい、太陽のような笑顔を見せて───
「ばいばい」
そう、別れを告げながら殺人鬼に首を切断された。
首を切っただけと思えば、身体を次々に裂かれる。
まるでそれは、調理しているコックのような刃物捌きだった。
「……やめ、ろ……やめろ……や、めろよ」
その子は、生肉じゃない、調理なんてする必要は無い。
───最後に、左足首を縦に斬り裂いて、その解体ショーは終わった。
何故なら、庭の窓から大鎌を手に構えた男が現れたからだ。
髪は煙のように白く、そして黒いコートを纏っていた。
……その顔を知っている。
以前、ニュースで見たことのある顔だった。
殺人鬼を即座に仕留める日本が誇る対亜人の英雄。
その名を───
「……
伊藤がその名を口にする。
それと同時に、オレを囲んでた部下達がその鎌によって全員、首をはねられた。
煌月の目を見ると、宝石のように蒼い眼は怒りがあらわになっていた。
「……クソがっ!!」
伊藤が、懐から丸い何かを放り投げる。
その丸い何かは煙を撒き散らして、オレたちの視界を奪った。
しかし、英雄は舌打ちせずにカチャリ、と何かを取り出す音が聞こえた。
ヒュン、何かが風を切る音が聞こえた。
そのすぐ後に、なにか苦しそうに声を上げる伊藤の声が聞こえた。
「ぐぅお……煙の中で、視界を奪われてこの距離をナイフ投げで狙いを外さねぇとか……スナイパーもビックリだぞクソがっ!!」
忌々しそうに言い残し、伊藤はこの邸宅から出る。
……革靴が床を踏む音が聞こえるが、それは伊藤に向かうのではなく、オレに向かって近付かれていた。
「少年、話を聞こうか?
……といっても、まずは治療からだな」
言いながら、男はなにか、電話をかけ始めた。
「────アァ、アアァァァァ」
……自然と、悪くないのにこの人に怒りを抱いてしまう。
なんで、もっと早く来てくれなかったのか。
なんで、アイツを追わないのか。
なんで───なにも護れなかったオレを、助けようとするのか。
「あァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
ワケもなく、吼える。
犬のようにみっともなく、吼えちらかす。
───こうして、夕暮れと共にオレの絶望は終えるのだった。
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