崩壊は構えていない時に現れた

 巨大な、武家屋敷めいた建物の前に立つ。

 引き戸を音を立てながら開けると、目の前には義父であるみなもと 義博よりひろが立っていた。

 鷹のように険しい目つきでオレを睨み、オレのことを非難する。


「……奴に頼るとは、一体どこで縁を作った?

 面倒なことをしてくれたな、屑め。

 やはり、やはりお前なぞ拾わなければよかった」


 後悔の情を、溜息と共に吐き出す。

 コイツの悪態に、オレは構ってられない。

 何故なら、オレはコイツに言っとかなければならないことがあったからだ。


「……オレ、サッカーまたやるから。

 アンタがどんな妨害してこようとやってやる。

 楓季さんの娘さんと約束したんだ。今度は絶対に諦めないからな」


「そうか。好きにするといい。

 お前なんぞに構う暇など当分はない。私は私で忙しいのだ。

 ……まぁ、あんなことでへこたれた貴様なんぞに続けれるかと問われたら私は首を横に振るがな」


 義博が視線を背けて、自身の部屋へと向かう。

 ……なんか、案外あっさりだったな。

 でも、それはそれでいいことだ。

 アイツは邪魔する暇なんてない、そう言った。

 なら、その間に活躍しまくってプロへの推薦を握ってやる。

 心に宿る闘志を更に燃やして、オレは制服に着替えて学校へと向かうのだった。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ─────それから月日は流れ、一年が経った。

 義博は言った通り邪魔なんてすることはなかった。

 その代わりというか、シューズ代とかは自己負担だったので深夜バイトも同時に行い、賄っていた。

 顧問の先生に入部届を渡した瞬間、泣いて喜んでくれた。

 やっぱりというか、顧問は義博に脅されていたらしい。

 そんな義博に見返してやる。その一心でオレは練習を頑張った。

 頑張って、頑張って、頑張って。

 汗泥まみれになりながらもオレは───念願のプロへの推薦を勝ち取った。


 今日は、それを言いに行くために橘花邸へと向かっている。

 あの日から、オレは週一の割合であの家に顔を出していた。

 楓季さんや由奈さん、そして友紀奈や楓さんと談笑を交わすことを心の支えとした。

 部活の邪魔をしてこなかったとはいえ、それは義博だけだったからだ。

 奴の息子の、義貴なんかはオレを見かけると足の骨を折ろうとしてきたりした。


 ……まぁ、義貴はヘタレなんで骨なんて折られることはなかったが、その代わりにユニフォームをズタズタに裂かれたりシューズをダメにされたりはしてた。

 そんな嫌がらせに耐えてこられたのは、きっと、この家での談笑、そして友紀奈との約束……まぁ、一方的に誓っただけだけど。

 それらがあったからだ。


 家の前に着き、呼び鈴を鳴らす。

 ドアからひょっこりと楓季さんが顔を出した。


「あぁ、いらっしゃい未音くん。

 あがってきなさい」


「ありがとうございます、今日は、凄く大事な話があって来ました。

 ……友紀奈ちゃんはいますかね?」


 最後の質問で楓季さんは察したのか、微笑みながら答えた。


「今はいない。まだ部活だと思うよ?

 まぁ、男二人で仲良く話そうよ」


 そう言い、楓季さんがリビングまで誘導してくれる。

 いたたた、なんて呟きながら楓季さんはソファへと座った。

 ……どうしたんだろ、痛めたのかな?


「腰、なんかあったんですか?」


「ん、あぁ。……ヘルニアを患ってしまってね。当分は事務仕事に専念しろって偉いさんに怒られたよ」


 困った困ったと、明るく笑う楓季さん。

 ふと、その笑い声が止まる。


「───おめでとう、未音くん。

 プロ入りなんだろ? すごいじゃないか、友紀奈も泣いて喜ぶよ」


「……やっぱりバレてましたか」


 この人の前ではお見通しだった。


「……前に、読書が趣味と言ったけどね。

 ホントは、サッカー選手になりたかったんだ。

 でも、家の都合で捜査官になることを強いられてしまってね。

 だから、君がこうやって活躍してくれて、我が事のように嬉しく思うよ」


 独り言のように言う楓季さんの表情は嬉しさもある。けれど、自分もこうなりたかったと、羨望も混じってる気がした。


「……オレがこうして来れたのは、楓季さん達のおかげです。

 ただの、鬼と人間のハーフのオレなんかを拾ってくれた」


 飢えて死ぬだけだったオレに、光を与えてくれた。

 この人達には感謝しきれない。

 ……目頭に涙が溜まってるのが分かる。

 普通は出る。抑えることなんか、できるもんかよ。


「これからもっと、もっと頑張ります!

 ……楓季さんが、皆さんが誇れるような、そんな人間になって、みせます!!」


 オレの言葉に、楓季さんは微笑んだ。

 ……よく見たら、その頬には涙が伝っていた───。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 友紀奈が帰ってきて、そこからは楓さん除き四人で談笑をしていた。

 オレが推薦されたと聞くと友紀奈は泣きながら“嬉しい!! お姉ちゃんにも言ってあげないと! あーあ、今日がバイトじゃなきゃ良かったのになぁ!!”って喜んでくれた。


「そういやさ」


 ココアの入ったマグカップをテーブルに置きながら、友紀奈がオレの顔をチラリと見て、


「おにーちゃんのお父さんとかに恩返しするの? おにーちゃん」


「え」


 一瞬、ピクリと身体が反応してしまう。

 あんな奴らに恩返しなんてしたくない。

 確かに、幼少の頃はしっかりと育ててくれた。

 結構甘やかされた記憶がある、特にデパートの時なんかは欲しいものがあったら買ったりしてくれた。

 けれど、そんな思い出があっても、どうしても彼らには恩返しなんてことはしたくなかったのだった。


「いや、しない」


「駄目だよおにーちゃん!!」


 がぁーっと、怒った子ライオンのようにオレを睨んで、友紀奈が勢いよく立ち上がる。


「おにーちゃんがおっきくなるまでしっかり育ててくれたんだから、そこはしっかりと恩返ししなきゃ!!

 ……確かに、おにーちゃんをあんな状態になるまで追い出したんだし、わたしも正直に言うとおにーちゃんには酷いこと言ってると思う!

 けどさ、やっぱりわたし、おにーちゃんには自分のお父さんとお母さんにも仲良くして欲しいと思うの!!」


「……友紀奈、すまないけどね」


「お父さんは静かにしてて!! 反抗期になるよ、わたし!!」


 なにか辛い思い出があるのだろうか、楓季さんはそれだけですぐに黙って珈琲を飲み始めた。

“ブラックは沁みるなぁ、心に”なんて事を呟きながら、オレと二人で話してた時とは違った、どこか心底、悲しそうな涙をポロリと零した。


「…………………………」


 友紀奈の言うことは分かる。

 けれど、今更、和解なんて出来るだろうか?


「できるよ、未音おにーちゃんならさ!!」


 オレの考えを見透かしたかのように、友紀奈が励ますような笑顔を浮かべる。

 ……参った、本当に参った。

 友紀奈にそんな笑顔をされたら、オレは頷くしかない。


「……わかった、わかったよ友紀奈。

 頑張るよ。あの人らに認めてもらうように」


「……………………!!」


 ぱぁっ、と明るい笑顔を浮かべ、


「うん! わたし、すっごく応援するね!!」


 友紀奈は励ましてくれるのだった。


「あ、あと!!」


 友紀奈は、人差し指をオレの目の前に立てると、


「学校にもちゃんと行かなきゃダメだよ!!

 悲しいことがあっても、絶対にね!!

 お姉ちゃんから聞いたよ、おにーちゃんがたまに授業サボってるって!!」


 ぐわぁ、と先程の子ライオン同様の怒り顔となった。

 ……楓さん、多分だけど友紀奈が黙ってないだろうなと思って言ったんだろうな。


「…分かった、それも、頑張るよ」


 可能な限りで、そう内心で呟きながらオレは友紀奈に言う。


「はい! 指切り!!」


 しかし、考えは見透かされていたのか、もしくは偶然か。

 少女は、甘ったれたことは許してくれなかった。

 ……こうなれば仕方が無い。

 観念して小指を差し出す。


「ゆーびきりげーんまーんうそついたらはりまんぼんのーます」


 そんな、恐ろしい謳い文句を友紀奈は歌い、約束を交わすのだった。


 それから少し経ち、



 ピンポーン


 呼び鈴が響いたのだった。

 ……お客さんだろうか?

 楓季さんは心当たりがあるようで由奈さんの方へ視線を向けて、出るのをお願いした。


「すまないけど、お願いしてもいいかい?」


「えぇ、分かったわあなた」


 由奈さんが微笑んで立ち上がる。

 それと同時に楓季さんが勢いよく立ち上がり、


「未音くん、実はね……キミにサプライズがあったんだ!」


 手を鳴らし、茶目っ気な笑顔を見せる。

 隠し持ってたのか、友紀奈がクラッカーを取り出して、その破裂音を、部屋に響かした。


「え、さ、サプライズ……?」


「あぁ、由奈が取りに行ってくれたのは君のプレゼントなんだ。

 中身はね───」


「逃げて!!」


 楓季さんが言いかけていたが、由奈さんの大声で止まった。

 見たことの無い、険しい顔つきを一瞬見せて楓季さんが玄関へ繋がるドアを開ける。

 そこには───


「お前は……!」


 驚いた声をあげる楓季さん。

 そこには、指名手配されている連続殺人事件を起こしている男……名前は確か、伊藤 守人がいた。

 背は恐らく二メートルは超えている。

 その規格外の背に恥じない、ふさわしい筋肉が彼の来ている白スーツ越しでも分かる。

 ……そういえば、同級生が噂にしてたっけ。

 伊藤守人は、その白スーツを返り血で真っ赤に染めている事から、あだ名となった“ブラッディ・スーツ”の由来だと。


 なるほど、そのあだ名は確かにふさわしい。

 何故なら、伊藤のすぐそばにある肉塊……▉▉さんだったモノの吹き出した液体で、見事に血染まっていた。


「探したぜェ……橘花ァ?

 あの時の借りを返してやるよ。俺達の狩りでなァ!」


 その手には、現代とは考えられない武器を持っていた。

 まるで、桃太郎の鬼が持っていそうな金棒をソイツは持っていた。

 ……その金棒からは禍々しぃ気配を感じた。


「……お母さん?」


「友紀奈、見ちゃダメだ……!!」


 呆けている場合じゃない。

 とりあえずは、友紀奈を逃がさないと。

 ふと、楓季さんと視線が合う。

 向こうも考えは同じだった。

 裏口……庭から、オレは友紀奈を抱えて逃げようと踵を向けた瞬間、庭には見知らぬ男が複数人立っていた。


「おいおい、言ったろう?

 ……俺達ってさ、つまりは俺はひとりじゃないって気付けよばぁかがよォ!!」


 ガラス戸が割られる。

 咄嗟に友紀奈に覆いかぶさって良かった、ガラスの破片が刺さっては危なかったからた。


「……いったい、誰から聞いた?

 捜査官の内部の者か?」


「いいや、違うよ。

 ……明導院って情報屋が教えてくれたんだよ。

 お前のお家はここだってさァ」


 忌々しげに下を鳴らしながら、楓季さんが恨み言を吐き出す。


「……あのオカマめ、やってくれたな!」


「そういうこったァ!!」


 金棒が、振り上げられる。

 あれほど、まるで竹刀を振っているのではないかと思わせるほど軽やかに持てるなんて恐ろしい腕力だ。


 金棒が、振り下ろされる。

 それはまるで、激流の如く。

 楓季さんを▉▉と同じ運命を辿らそうと───


「─────甘い!!」


「う、ぐおぉぉぉぉぉ!?!?」


 同じ運命を辿らされる、そう思ったが違ったようだ。

 振り下ろされる直前、楓季さんは伊藤の腕を掴み、そして軽やかに投げ飛ばした。

 見事なまでな合気道。

 バレエのような、そんな魅力があった。


「……へぇ、やるじゃん。

 流石はかつて、茨木家殲滅作戦の時に大活躍した男だよねェ?

 覚えてるか? 俺もその中にいたんだぜ?」


 ゆっくりと起き上がりながら、伊藤が再び金棒を握る。

 楓季さんは───いつの間に持っていたのか。

 手に、刀を握り締め、刀身を伊藤に向けていた。


「……そうだったのか」


「あぁそうだ。

 俺らは今、敵討ちしに来てんだよォ!!」


 再び、伊藤が飛びかかる。

 楓季さんは腰を低くし、刃を構え───


「…………ぐうっ!? こんな時に……」


 そして、病魔による痛みが唐突に、死神の鎌の如く楓季さんに襲いかかるのだった───

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る