喪失の心

目覚めの朝

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 目を開けると、見知らぬ天井が視界に入った。

 真っ白なその天井は、どこか青空全体を覆う雲を連想させる。

 遅れて、嗅覚による薬品など独特な匂いを察知し、ここが病室だとわかった。

 なんで、オレはこんなところに……?


「……ようやく目が覚めたか、駄鬼め」


 ふと、義博の声が聞こえる。

 彼は、オレの事を見下した眼をしていた。

 ……場合によっては今すぐに殺してきそうな、そんな殺意の籠った眼でもあった。


「貴様、よくもまぁ恩人である彼らをあのような残虐な姿へと変えたな?

 流石は、血が血であるということか。貴様はやはり仇で返すことしか出来ないゴミ屑だったというわけだ」


 …………なにを、言ってるんだ?

 オレには義博の言ってることがさっぱり分からな─────


『ばいばい』


 ─────そうだ、オレは、たしか、護れなかったんだ。

 友紀奈を、オレなんかを救ってくれた人を、恩を返すことなんて出来ずに、見殺しにしてしまったんだ、った。


「───────うっ」


 突然襲い来る吐き気に、思わず口元を手で抑える。

 それを、どこか嬉しそうにしながら義博は口撃をやめなかった。


「フン、あの時の快楽を思い出したか? 気色の悪い奴だ。やはり、貴様は生きていてはいけない。

 今すぐ、ここで殺してやろう」


 義博が、腰にさしていた刀の柄を握る。

 ───本気でやる気だろう。

 でも、護れなかったオレには相応しい罰だと思う。


「待て」


 しかし、義博の肩を掴む男が現れた。

 その黒煙のような色の髪の男はたしか、あの時に現れた、煌月玄人こうづきくろとその人だった。

 しかし、どこか違和感がある。

 たしか、あの人の髪は白かったような……?


みなもと 義博よしひろ、それ以上この被害者の精神を追い詰めるような真似はやめろ。

 なんだ、自身の倅をまともに育成出来なかった八つ当たりでもしているのか?

 だとしたら醜い、醜すぎる。

 とても鬼狩りの名門の当主がやる器ではないな、今すぐに刀を捨てて廃業するべきだ」


「煌月の……倅か。

 貴様こそ、何やら厚かましい態度をしてくれるがこれは我が家族の問題だ。無関係の者は口を出さないでもらいたいのだが?」


「関係ならある。貴様にも説明しただろう?」


 忌々しそうに舌打ちをして、義博が一歩引く。

 最後に、オレを睨んで義博は、


「……忌々しいが、復讐の為の力はつけてやる。その気になれば、私の部屋へ来るといい。

 今はその醜い身体を何とかしろ、見ただけで嘔吐モノだ」


 そう、口にしてオレの病室から去った。

 義博が去った後、煌月さんは何事も無かったかのようにオレに訊ねてきた。


「さて、それでは以前キミに言った通り、話を聞かせてもらおう。

 ……まぁ、だいたい事情は分かってしまってるがね?

 伊藤は宅配業者を装って、橘花家へと強襲し、キミは次女の友紀奈ちゃんを護ろうと抵抗したため片方の肩から腕にかけては潰されて、それ以外の腕と、両下肢の骨は折られるという重症……そして、友紀奈ちゃんは十数分割された。

 ……楓季さんと由奈さんは判別が難しかったが何とか判別ができたが、さすがに説明は省かせてもらおう。

 さて、今、説明した内容でだいたいあっているかい?」


「……あの、なんで知ってるんでしょうか……?」


「機密事項なので、詳しくは答えれないが……私はね、超能力者なんだ」


 そんな、冗談としか聞こえないことを本気で、煌月さんは言う。



 超能力者か。

 ……それなら、


「なら、瞬間移動でも何でもして、楓季さん達を……友紀奈を、助けに来れたハズです。

 なんで、なんで、よりによってオレなんかだけを助け───」


「それ以上は、被害者への冒涜だ」


 本心を言おうとしたが、玄人さんに遮られた。

 その目は厳しく、俺を非難していた。


「助かったことに絶望するな、嘆くな。

 助かったのならば、その者達の得られるハズだったこの先の幸せを掴むために努力するべきだ。

 キミの命だし、好きにして構わないがね」


 そう言うと、玄人さんは背を向けて病室から去ろうとする。

 ……事件のことを聞くのではなかったのだろうか?

 そんな疑問を予想していたのか、玄人さんはオレが口にするよりも早くに独り言のように、


「確認したかったかっただけなのでね。

 そうそう、無くなった片腕はくっつけさせてもらった。安心していい、しっかり動く」


 呟いて、扉を開ける。

 出る寸前、オレの方へと再び振り返り、


「恩人の仇討ちか、恩人の言われた事を守り抜くかはキミの自由だ。しかし、仇討ちへの道を選ぶというのなら、その手助けはしっかりと手伝わせてもらおう。

 みなもと 未音みおと、悔いなき選択をしたまえ」


 それだけ言い残して、男は去った。

 ─── 一人残された病室で、オレは二つの光景を思い浮かべる。


 オレは───────

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