人生を考える徹マン

 いつもの五人組で中学時代からしばしば麻雀を打っていた。月に一、二度、そして盆暮れは一睡もせず二日間みっちりと徹マンする。麻雀なんて団塊世代までのもので、同年代の大半は興味もないし体験もない。が、祐介たちにとっては家庭感を味わえる楽しい時間だった。


 高校三年の年の暮れ。昨年に続き、今年も魔境の『北京飯店』二階で卓を囲む。店の営業は、三〇日が昼まで、三一日から年明け三日までが休み。よって大掃除を終えた三〇日夜から翌日未明まで二階を使うことができる。チーフも交えてやったのは一度だけ。あまり興味がないようで今回は参加していない。


 夜七時頃に全員集合。食べ物は空本が勤め先の商店街にあるスーパーで買ってきてくれた。カップラーメンの類、チョコレート、タバコ、カップ酒、ガキでも買える超安もんウイスキー・レッドなど。レッドは水道水で割って飲む。


 みんなで賑やかに盛り上がり、やがて酔いも回って惰性で牌を打つようになってきた頃、誰彼となく麻雀以外の話になっていく。


「ほんまにここは臭いだけでなく建てもんもポンコツやのぅ」

 パシッ。


「匂いだけやない。トラックの振動がえぐいわ。まるで歩道で麻雀やってるみたいや。ほら、また牌がずれ落ちた」

 ポロッ。


 冷静になるほど感じる二階のボロさ。


「ほんまやで、窓が揺れてると思ったら建物自体が揺れとるやんけ。隙間風もびゅーびゅー入ってきよる。そろそろ崩壊するぞ」

 パチーン。


「それにこの部屋、異常にミニサイズやと思わんか。そこの梁で何度か頭ぶつけそうになった。畳も普通のんより確実に小さいし。玄関なんて奥行き三〇センチないで。昔はみんなこんなサイズの部屋やったんかな」


「いや、ここは特別狭いな」

 パシッ。


 階段を上り切った所、台所と居間、それぞれの間に本来は襖があるのだが、この高さも幅も、昭和四〇年前後築の団地よりもさらに小さい。


「でも、チーフと社長は最初ここに住んでたらしいからな。マジの話、エッチしても揺れとったやろな。どういう理由でこの場所に行きついたのか知らんけど、ほんまよく住めたもんや」と空本がいう。


 同級生の何人かは、陽の当たらないアパートや長屋、二階建て一軒家とはいえ階段が急で狭すぎて、泥棒かミッション・イン・ポッシブルのようになってしまう家に住んでいる者はいた。が、『北京飯店』の二階ほど、狭い低い臭い部屋は誰も見たことがなかった。


 どうでもいい話でグダグダと卓を囲んでいるうち、あっという間に午前となり、唯一門限制度のある新谷だけが家に帰る。そして丑三つ時、浅賀がディープな話をはじめるのであった。


「おい祐介、お前いつまでバイクレースを続けるつもりや。あんなもんで食っていけるとほんまに信じてるんか。派手に稼げてるのはほんの数人やと思うけどな」

 パチーン。


 十八歳ですでに年収が一〇〇〇万円を超えていた浅賀の冷静な一言だ。


「うぅん、どうやろ。でも、俺はとことん突き進むで」

 パシッ。


 酒の酔いはピークを通り越し、空本の顔面は青白く、田所は真っ赤っか。


「しかし、お前んち、おかあさん一人で頑張ってて、はように稼げる男にならなあかんやろが。就職が決まったと言っても所詮小さな町工場や。田所のニッサンはメーカー直営。お前とはまったく次元が違うんやぞ。そんなところでお前が埋没するとは思えん」


「しゃあない。こうすることでとりあえずは周りのみんなが安心しよるんやから」


「高校を出てその程度ではあかんやろ。ま、高校いうても所詮、新設の定員割れのレベルや。田所みたいに価値を生かせたヤツはええけど、お前みたいなんは結局中卒でも一緒ったんとちゃうんか」


 そんな風に言われてしまうと、つい負けん気が湧いてくる。


 バシッーン。

「俺は別にいい会社へ就職するとか、大学へ行きたいから高校へ行ったわけやない。友達と会いたいからや。それだけや」


「それはかまへん。友達と会いたいのは俺らも同じや。でも、高校へ行くには金がかかる。公立でもある程度の金額は払わなあかん。その上お前みたいにバイクレースなんて言うてるやつに、いったいどれだけの金がかかってると思ってんねん。全部、親のおかげや」

 パチン。


「でも、俺は夢を見つけたかった。金より夢が大事や。金のために夢を捨てるなんて俺には考えられん」

 バッシーン。


「ふふ、そういうところが祐介やのぅ。でもな、お母さんはいつまでも働いてられへんぞ。お前のいう夢とやらで稼げるんやったらそれでええ。でも、もう高校を卒業するかというところまできて、それではもう遅い。先に稼いでから夢を追いかけるんではあかんのか。正直、お前はお母さんに甘えてるだけや。お母さんはお前に夢を見せてやろうと人一倍頑張ってはるんや。それがお前にわからんのか」


 頭の中が一瞬真っ白になった祐介は、口任せにこう言い返した。


「人は必ず死ぬ。それがいつやってくるかは誰にもわからん。いつ死んでもいいように悔いのないように生きなあかんねん」


「確かにそうや。お前のお父さんは突然死んでもうた。でも、だからこそ一気に稼げばいいと俺は思う。歳行ってからではなんもできんぞ。短時間で大きく稼いで、それからやりたいことをやればええ。前に祐介が手伝いに来た時、俺が溶接してた直系十センチ程度のしょぼい配管あったやろ。あれ一個でなんぼやと思う。単価五千円や。それが毎月五〇〇個から発注がある。しかも、あれは安い仕事。ほかにその何倍も儲かる仕事がいくらでもあるんや。レーサーになれたとして賞金はいくらや。いったいなんぼ儲かるというんや」

 パチーン。


 浅賀の言うことはいつも、太い柱のように揺るぎのない力強いものがあった。彼は中卒で隣町の工場に就職し、昨春、その工場の先輩と二人で独立。『北京飯店』から車で四〇分ほどの枚方市の山林に工場はある。少しでも金が欲しい祐介にたまに仕事を与えていたのだった。この時の浅賀は先輩と共同経営で年商七、八〇〇〇万円の売り上げを出していた。


 空本が話す。


「レーサーの賞金て、噂では国内戦で優勝が一〇万円という話。そりゃ国際戦の五〇〇クラスとかになったら何百万もあるやろうけど。稼ぐためにはスポンサーをつけてなんぼやと、洋一君はよくそう言うてる。でも、今年から洋一君についた三重県のカウリングの会社は、現物支給だけで金はないって嘆いてた。レースだけで食えてるのはトップの三、四人という話や。ヨーロッパでは何十人もいるらしいけど。日本ではメーカーの開発テストライダーをしたり、整備や製造に勤務してたりの兼業らしいで。俺もバイクショップに勤めながらやから何とかやれてるんやと思う」


 冷静に考えるほどレーサーで稼ぐなんてことは不可能に近い。が、祐介としてはますます意地を張ってしまうのであった。


「でも、俺は諦めへんで。何でもやってみなわからんやん。もしかしたらその三、四人の中に入れるかもわからん。とことんやり尽くしてからそういうことを言おうや」

 バシッ。


 すると突然、田所が叫び、自分の牌を倒して見せた。

「ロッーン。ロンッ、ロンッ。祐介アウトぉ。二萬あたりっ。ニコニコのドラ二つ、はいマーンガーン。いっひっひっひっ」


「最悪やな、おまえっ。人が真剣に人生の話をしている時に」


「ボケッ、浅賀の話に心を奪われてるお前が悪いねん。ちゃんと現実を見ないと。はっはっはっ」

 ジャラジャラジャラ……。


 当時の麻雀はすべて手動である。麻雀店のように機械なんてことはない。祐介は田所に八〇〇〇点を払い、次のゲームのために再び牌を積んでいく。


 浅賀が口を開いた。


「ま、祐介、せいぜいがんばれや。ところで俺は年明け早々独立して工場を持つことになった。祐介にもちょっと手伝ってもらいたいことがあるので時間をくれ。もちろんバイト代は払う」


 サイコロを振り、各自が牌を取っていく。そして空本がレースの話を続けた。


「そういえばこの間のレース、洋一君が六位に入賞しとったで。あの人どんどん早くなってるわ。このままいくとB級昇進は確実やな」

 

「へぇ、そうなんや。俺はあいつのことはなんにも知らんから。あいつはほんまのアホやから、行くところまでいきよるで」


「洋一君はほんまにすごいわ。一緒に走っても全然ついていかれへん。空本なんてサーカスの人かと思うくらいバランス感覚いいし。この間の鈴鹿の一二五クラスでも予選トップやで。信じられへん。俺なんてまだ予選通過したことないし」


 祐介は何事も勉強熱心なのはいいが、まったくいい成績を残せていない状態だった。浅賀がちらっと祐介の目を見てまた一言。


「ま、そういうことや、祐介。あんまり無理するとほんまに怪我するぞ。はよ稼いでおかあさん楽させたれ」

 パシッーン。


 そう言って牌を高く持ち上げて捨てた直後に、再び田所の大きな声が響いた。


「ロ~ンっ、ロン、ロン、ロッ~~~ン」


「なんじゃぁ田所、またニコニコやないか、頼むわ、もうハコ(手持ちの点がなくなること)寸前なんや俺、くっそぉマジか」


 浅賀は顔をしかめた。


 仕事や生き方についてはとことん冷静沈着でも、麻雀だけは熱く悔しがるところが、浅賀がみんなから嫌われない理由でもあった。


 気が付けば外が明るくなっていた。しかし、誰もケツを割ることはない。とはいえ、身体はとっくに限界を超えている。対面の牌を取ろうとした瞬間に、まず空本が倒れ込み、せっかく並べた麻雀牌がばらばらに。空本はその形でいびきをかいて深い眠りについた。そっと寝かせる。


 しばらく三人打ちとなり、今度は田所が後ろにバタッ。


 最後に残るのはいつも祐介と浅賀である。時に二人打ちという珍しい打ち方になることもあった。この二人だけで三日間寝ず食わずでやり続けたこともあるほどだ。


 そこにチーフが二階へ上がってきた。今日はいつだ。三一日の昼か。


「なーんや、君らまだやっとんのかい。あれ、空本君も田所君も死んでるやないか。おにぎりと玉子焼きもってきたからお食べ、ほら、下へ降りていき。足元気いつけや」


 寝不足の極限でトランス状態の祐介と浅賀は、おにぎりにがっつきながら二人してわけもなく笑い続けた。


「お前はほんまのアホや」


「浅賀もな」


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