あなたの知らないトイレと二階

 チーフが言うように、『北京飯店』は確かに空き巣さえもスルーするであろうギリギリの佇まいなのであった。


 まず店そのものが道路よりも低い。イナイチとの間に幅一.五mほどの歩道があるのだが、店はこの歩道よりも五センチほど埋もれるような格好で立っている。おまけに電柱が入口に立ちはだかるようにあるので、灯りをともさない昼間は存在感がまったくない。入口はアルミサッシの引き戸タイプで、年々すべりが悪くなって開けるのに常連客でさえてこずっている。チーフに言わせると「建物ではなく地面が歪んでるから直しようがない」とのこと。


 店を開業したのは一九七〇年代後半。その頃に歩道の整備工事があり、以来「少し埋もれてしまっただけ」だという。その時代にゲリラ豪雨なんてものがあったら確実に浸水したことであろう。建物の築年数は定かではなく、少なくとも大阪万博(一九七〇年)よりも古いとか。


 建物の上から俯瞰すると、喫茶店側が太くて、『北京飯店』は細くてやや鋭利な台形をしている。イナイチ側から向かって見ると、『北京飯店』の右側は舗装をしていない砂利地で、軽自動車ならなんとか二台おける。その右端に塗料が剥げ落ち、錆が回った高さ三メートルほどの鉄柱が一本立っていて、五メートル上に青白い照明がつく看板が掛かかっている。


 店内へ入ると、右手がカウンターで赤いビニールを貼った場末のスナック的な椅子が六、七席。すべて腰掛けてひねるとキーキーとうるさい。左はテーブルが六〇~七〇センチほどの間隔で二つ置かれ、ひとつのテーブルにパイプ椅子を六つずつ配置しているが、必ずいくつかの椅子は浮いたまま。実際には十二人座ることなんて出来ない。


 左手の壁は微妙に波打つ合板で、美しい筆文字で書かれたメニューの紙札がずらりと並ぶ。これはちゃんと文字屋に頼んで書いてもらったもの。当時は筆書き職人というのが存在したのだ。


 カウンターの向こう側は厨房で、奥行きは二メートルほどしかなく、その隙間に三つの釜(ガスの火口)やスープ、餃子の鉄板、台下冷蔵庫がみっちりと横に並び、壁際に食器や素材を載せる棚がある。その下にラードやごま油、醤油などの入った一斗缶が並び、同じく壁側の勝手口横に奥行き四五センチ幅九〇センチの小さな二層シンクがおかれている。宴会用の大皿や三升の炊飯釜などを洗うときはホースを引っ張って勝手口の外で洗う。ちなみに床はセメントだが傾斜がついていてグリース・トラップがあるので上にスノコが敷いてある。このスノコの割れ目からしばしばネズミが顔を出す。


 客席の突き当たり左側にコカコーラのロゴが入った赤い巨大な冷蔵庫が置かれ、向かいには卵が入ったダンボール箱、冷水機、壊れて開いたままのレジ、黒電話、サランラップなどが。壁には出前などの無数のメモがテープで貼られている。


 と、これくらいならその辺の都市の片隅に今でも残ってそう。これより先が比類なき『北京飯店』ならではの、あなたの知らない世界なのだ。


 飲食店の最重要心臓部とも言うべくトイレこそが最もえぐいのである。というか、客を選ぶと言うべきか。特に若い女性ほどなぜかトイレに行きたがるようで、もしも「トイレはどこですか」などと聞かれたときには、さすがのチーフも「ええっと、その…」なんて口ごもってしまう。一〇人中九人は、行きはよいが帰りは顔面蒼白の無言。酷い時は入るのをやめて引き返してくる人もいるくらい。


 そのトイレは建物から少し離れた位置にある。ガタガタのブリキ製の小屋で、鍵の調子が万年悪い。何度も付け替えているのだが、ブリキの箱自体が歪んでいるものだから使用する際に鍵がうまくかからず、お客が無理して掛けているうちに壊れてしまうのである。ドアを開けたら誰かのお尻とご対面なんてことはしょっちゅうだ。


 ボットン式であるからして当然和式。トイレだけは一番に綺麗に掃除しておかなければならないからこそ、毎度ホースで散水しながらブラシでしっかりと磨くようにしているのだが、逆にそのせいでどうしても水溜りが出来てしまい、見る人によってはそれが汚水に感じてしまうという最悪のスパイラル。電球は四〇ワットではすぐに切れてしまうので二〇ワットとかなり暗い。換気扇はなく、小窓がひとつついているだけだ。


 トイレまでの道のりも険しい。客席からコーラ冷蔵庫前の突き当りを右に曲がり、三メートルほどの暗くて細い通路を行かなければならない。ここにチーフの私物や餃子の木製のバット、米、テイクアウト用の各種の折り箱、古くなったエロ漫画などが零れんばかりに積まれているのである。わずか四〇~五〇センチのその通路を抜け、暖簾をくぐると今度は割れた鏡と直径二〇センチくらいの丸い手洗いがお出迎え。その正面にある開きっぱなしのブリキ製の扉の向こうが、あなたの知らないトイレなのだ。


 そして、なんとこのトイレをはるかに超えた魔境が『北京飯店』には存在する。それが二階だ。ここには常連客でも入った者は数えるほどしかいないし、リピートもありえない。かつては店の中から行けたが、今ではコーラの巨大な冷蔵庫で塞いでしまっている。だから一度外へ出て、裏の月極駐車場から入っていくことになる。


 駐車場から回ってブロック塀の隙間に朽ち果てかけのボロボロの木の扉がある。これをこじ開けると五〇センチ先にもうひとつドアがでてくる。これが鍵を解除していても、建物か地面が歪んでいるせいかなかなか開かないのだ。ゴリゴリと何度もノブを回したりひっぱたりして、酷い時は数分間格闘することも。で、ようやく開けることができても、今度は梯子のような急階段が目の前に立ちはだかるからたまらない。わずかに靴をおくスペースがあるのだが、狭すぎて縦には置けない。横に一足ずつ置いたらもう一杯というありえない面積なのだ。だから靴は二階で脱ぐことになっていた。


 間取りは四畳半と三畳の二間あり、襖は外したままである。壁に張り付くようにして流しとガスコンロがあり、一応一畳分ほどの押し入れと狭苦しい和式のトイレがひとつある。こちらのトイレもプレハブに負けず劣らず鼻が捻じ曲がるほどに臭い。窓がイナイチ側にひとつあるが、これまた容易には開かない。祐介や空本、浅賀などがたまに麻雀に使わせてもらっていたが、トラックが通るたびに真横を走っているのかと思うほど揺れる。実はチーフと社長は最初この部屋で暮らし、子供が出来たと同時に一〇〇メートル先の綺麗なマンションに越したというから信じられないような話だ。 


 時代錯誤も甚だしい、まるでインドの田舎のような造りであるが、それでもチーフはお客から問合せをもらうと「二階に宴会場があるので使ってもらってええよ」などと、あたかも快適な個室があるように自慢げに言い放つのであった。


 カタチとして唯一、時代を超越して格好良かったのは暖簾と提灯。暖簾は白地に赤い文字で、提灯は赤地に黒色で『北京飯店』と書かれ、風に揺られるたび輝いて見えた。


 これらのことから『北京飯店』は盗人目線からしても規格外ということが言える。


 そもそもこのエリア全体がハイリスクローリターンであることは、ちょっとリサーチすればすぐにわかること。店の裏側の月極駐車場の向こうは五畝ほどの田んぼが広がり、その向こうには平屋の長屋がずらりと並ぶ。住宅と田んぼの間には舗装された一方通行の道が走るが、長屋と長屋の間の道は舗装されておらず、苔が生えたような古臭い植物や錆びた自転車、物干し竿には延び切った股引や大きな女性もののパンツなどがぶら下がっている。


 そして、その長屋の向こう側には、まるで昭和中期の小学校のような、長さ二〇メートル以上はある平屋木造の靴下工場がある。さすがに手製ではなく機械製であったが、それでも映画ターミネーター一のようにどこかぎくしゃくとしていて、どこかレトロさを感じさせるものであった。その奥の林に囲まれたところには、たまに脱走騒動のある少年院が待ち構える。


 イナイチ沿いも規格外の役者が揃っている。お隣が裏町の強者や曲者たちが集まる喫茶店「X」。二〇〇メートル先が先述の「パーラー171」。その隣が、腐っている料理を平気で出すと言われる二四時間営業の大衆食堂。その向かいが板金工場とスジの人が担う産廃屋。バッテリー工場、中古車屋。インターチェンジ周辺はラブホテル街。唯一健康的で華やかな色合いを放っていたのは、大手ファミリーレストランくらいであろう。


 こんな裏町のど真ん中にある『北京飯店』に、ドスをもって「金を出せ」なんてのは相当にピントがずれているということだ。

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