クール系

「好きです、涼宮玲すずみやれいさん。俺と付き合ってください……!」


 誰もいない放課後の図書室。夕陽が射し込むカウンター。聞こえるのは、カウンターにいる彼女が本をめくる音だけ。ちらりと見えた表紙には、可愛らしい女の子のイラストが載っている。図書委員の彼女にとって、これ以上のシチュエーションがあるだろうか。

 ほぼ勝利を確信して手を差し出した緋色勇也だったが、待てど暮らせど握り返されない。


 そっと顔を上げて、たった今告白したはずの彼女の様子をうかがった。

 涼宮玲は、先ほどとまったく変わらず文庫本をめくっていた。淡々とした表情からは、感情が全然読み取れない。

 勇也は思わず再び声をかけた。


「あ、あの、涼宮さん……」

「うるさい」


 冷たい声だったが、ようやく言葉が返ってきた。

 玲は文庫本を閉じると、切れ長の瞳をさらにつりあげて勇也をにらんだ。


「ここがどこかわかってるの? 図書室よ、図書室。そんなところで大声出さないで」

「す、すいません」


 ごもっともな指摘に、さっきまでの自信もしぼんでいく。

 玲はふうっと息を吐き出した。


「あと、わたし誰とも付き合う気ないから」

「えっ」

「男女交際とか興味ないの。だから悪いけど、あなたへの返事はノー。ほかを当たってちょうだい」


 それでこの話はしまいだとばかりに、玲は再び文庫本を開いて目を落とした。なんとかもう一度話をしたかったが、取りつく島もなさそうだった。


 しかたなく図書室を出ると、見知った顔が仏頂面で立っていた。

 小山内那奈は憮然としながら、手に持っていたものを押しつけてきた。勇也が教室に置いてきたリュックだった。


「あんがと」


 いつものように軽い礼を口にして、リュックを受け取る。那奈は「んで?」と言った。


「今回はうまくいったの?」

「いってたら帰ろうとしてねえよ」

「そりゃそうだ」


 聞く前から答えはわかっていた、とばかりに那奈は薄く笑った。


「A組の涼宮さんといえば、男子どころか女子さえも敬遠しちゃうような一匹狼タイプだし。間違っても男子とちゃらちゃら付き合う人じゃないわ」


 確かにその通りだ。勇也も無言で認めた。

 キリッとした目元と艷やかな黒髪、真っ白な肌は、日本人形のよう。どこか人間離れした美しさに他者を寄せつけない雰囲気は、高貴さすら感じる。

 勇也はうっとりしながらつぶやいた。


「あんな人が笑顔になったら、どんなにきれいなんだろうなぁ」


 クーデレ、という言葉はあるが、実際にクール系女子がデレるシーンなんて、そうそう見れるものではない。

 那奈が冷たく返した。


「たぶんあんたにゃ一生拝めないでしょうよ」


 思わず目に涙を浮かべてにらみつけたが、那奈は澄ました顔でそっぽを向いた。その肩を掴んで揺さぶってやろうか。


 その時、廊下の角を曲がって一人の男子生徒が走ってくるのが見えた。勇也は思わずゲッとつぶやく。昨年度のミスターコンで三位に輝いた、A組の生徒だった。サラッとした茶髪をなびかせた、少しちゃらついた感じのいけ好かないやつだ。と、勇也は思っている。

 彼は図書室の前で止まると、半泣きで女子生徒の肩を掴む男子、すなわち勇也を怪訝な顔で見た。


「あんたらなにやってんの? 痴話ゲンカ?」

「違わい」


 思わぬ邪魔が入り、勇也はパッと手を離した。那奈はサッサッと肩を払う。

 A組の男子は首をかしげた。


「C組の緋色と小山内だっけ? しょっちゅうケンカしてるカップルの」

「カップルじゃねえし」


 なぜか男子はにやにやした。


「いいねぇ、その反応。まさに定番」


 からかわれているのだと気づき、勇也はますます気分を害した。いつでもハーレムを築ける人気者に、勇也の悩みなんてわかるまい。

 那奈がちらりと男子を見上げた。


「そういう戸成となりくんはどうしたの?」


 戸成と呼ばれた彼は、図書室を指差した。


「幼馴染の迎え」

「あー、じゃあ本当だったんだ。涼宮さんとマンションでお隣同士って」

「まあね。あんたらと一緒」


 一緒にしてくれるな。勇也はふいっと顔をそむけた。幼馴染と言ったって、那奈と玲じゃ天地の差がある。玲のような美人相手じゃ、比べるのもおこがましい。

 那奈がビシッと頭をはたいてきた。


「悪かったわね」

「俺なんも言ってねえし」

「顔に全部出てんのよ、バカ」


 勇也と那奈のやり取りを、戸成が目を細めて見ている。


「なんか懐かしいなー、そういう感じ。ちょっと落ち着く」


 那奈が眉をひそめた。


「戸成くんと涼宮さんじゃ、こんなの絶対ありえないでしょ」

「そんなことないよ。ちょっと前まで同じようなもんだったよ。くだらないことで言い合ってケンカして、いつの間にか仲直りしてさ」

「へえ、意外」

「だろ? でも、それじゃダメだなって最近気づいた」


 戸成はどこか恥ずかしそうに頬を指でかいた。


「幼馴染って立場にいつまでも甘んじてちゃ、この先絶対後悔するって。相手がずっと隣にいるとは限んないからさ。あんたらも覚えておきなよ」


 戸成は苦笑すると、図書室の中へ入っていった。戸の隙間からそっとのぞくと、カウンターに座る玲と戸成がなにか話しているのが見えた。

 玲は勇也と話す時と変わらず無表情だったが、眉間にあったシワは消えている。戸成の方も柔らかい笑顔で、互いの信頼関係がうかがえた。


 ふいに戸成の手が、玲の頭をぽんと撫でた。幼馴染という立場だからこそできるスキンシップだろう。そう思っても、勇也の手にはギリッと力がこもった。

 いくら幼馴染とはいえ、距離感バグってないか? あいつ絶対下心あるよ、ありまくりだよ。

 同じ幼馴染でも、勇也は那奈の頭を撫でたりはしない。手を繋いだり肩を組んだり同じベッドで座ったりはしても、それはない。


 那奈がため息をついた。


「わたしらの距離感だって、相当バグってるけどね」


 それより気になるのは玲の反応だ。彼女のことだから、あの絶対零度の眼差しで冷たくあしらうのがオチだろう。

 そうのんきに構えていた勇也の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。


 どこかあわてたように戸成の手から逃れた玲の横顔は、かつてないほど赤らんでいた。おまけに戸成に向かってなにやら怒鳴っている。つい先ほど、勇也にここがどこかわかっているのかと説いた人と同一人物とは思えない。しかも怒鳴られた戸成本人は、当たり前のようにヘラヘラ笑いながらまた玲の頭を撫でている。

 じゃれ合うカップルそのものだ。


 唖然とする勇也の肩を、那奈がポンポンと軽く叩いた。


「よかったね、念願が叶ったじゃん。クーデレ女子のデレ姿」


 いや、それはそうなんだが……。

 かつてないほどの敗北感に、勇也はへなへなと膝からくずおれた。背後で那奈がボソリとつぶやいた。


「どっかの幼馴染を見習えよ」


 およそ女子とは思えない荒っぽい言葉遣いの幼馴染を見上げる。

 さっき戸成が、幼馴染の立場に甘んじるなと言った気がするが……。それは果たしてどういう意味だろうか。

 まさかとは思うが、俺と那奈が?


「……いや」


 ないないない。

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