女王様系
「好きです、
ひとけのない裏門。五時を知らせる懐かしくどこか物悲しいメロディー。風が吹くたび揺れる、紅葉混じりの木々。
告白の舞台としてはけっして万人受けするとは言えないが、人とは少し違う感性を持つ彼女だ。普通のシチュエーションでは満足なんてしてくれまい。
吉と出るか凶と出るか。今回ばかりは予測できない。緋色勇也は頭を深く下げて手を差し出した。すると──
「あなた、バカなの?」
氷のような冷たい罵声を浴びせられた。
「わたしをヘタな手紙で不躾に呼び出して、名乗るよりも先に告白? そんなくだらない用件のために、わたしをこんな薄暗い場所に連れてきたの? 何様のつもり? わたしをものにできるという思考がたとえ〇,一秒でもあったなんて信じられないわ。あなた鏡を見たことある? そもそも鏡の存在をご存知? わたしがあなたを相手にすると、本気で思った? わたしがそんな暇人に見えるのかしら、そんな物好きに思われたのかしら、そんな脳みそ花畑のバカ女だとお考えかしら?」
「すいませんすいませんすいません! 思ってないです誓ってそんなことはええもちろんですとも申し訳ありませんでした!」
聞いているだけで耳をふさぎたくなるような暴言の数々に、勇也は思わず両膝をついて土下座の体勢になっていた。それを上から見下ろしている希咲があざ笑った。
「あらあら、なっさけない。仮にもわたしに告白した男が。期待外れもいいところ。まあ、下駄箱にコソコソ手紙を入れる時点で、あなたの失恋は決定だったけど。用が終わったなら帰ってもいいかしら? わたしの大事な時間をこれ以上無駄にしたくないの」
言い終わるが早いが、希咲はさっと身をひるがえして去っていった。その颯爽としたうしろ姿を見つめながら、勇也は考えていた。
あのローファーに踏まれてみたい。
「気持ち悪っ」
小山内那奈から、遠慮のない侮蔑の言葉をかけられた。
「いや、普通にキモい。あんたにマゾの気があったなんて思わなかった。幼馴染どころかご近所さんやめたい。今後わたしの半径一メートル以内によらないで、つーか今すぐ出てって」
「やだ」
腕に那奈お気に入りの猫のクッションを抱きしめながら、勇也は完全に拗ねていた。
「俺はキモくもないし、マゾでもない」
「普通の感覚の人間は、どんな相手にも踏まれたいなんて思わない。ってかマジで信じらんない。あの里中先輩を呼びつけて告るとか、明日先輩のファンクラブからシメられるよ」
ドン引きしながら那奈は、勇也からクッションを取り上げた。
「あんたの趣味って本当にわけわかんない。ぶりっ子に惚れたかと思ったら、正反対の真面目な子にいって、次は清楚なお嬢様、天然ハーフときて、今度はサディスト女王様。ほんとは誰でもいいんじゃないの?」
「なわけないだろ!」
「他人からすりゃそう見えるのよ」
クッションで勇也の頭をはたき、那奈は希咲並に冷たく言い放った。
「いじけんなら自分の部屋でやってよね。わたしはあんたの慰め係じゃないっつーの。あんたのお母さんにでも頼めば?」
「今日は母ちゃん遅くなるから、那奈んちでメシ食わせてもらえって」
「……そういやママが言ってた」
那奈が立ち上がって伸びをした。
「じゃあ外の空気でも吸いにいこう。ずっと閉じこもってても仕方ないし。甘いもの食べて切り替え」
勇也はブスっとしたまま言った。
「この前オープンしたカフェだろ。スイーツが可愛くておいしいって女子たちが騒いでた」
「当たり」
那奈はにやりとした。
「テイクアウトで買えるカップケーキが人気らしくって」
「SNS映えするってやつ?」
「それもあるけど、種類もいっぱいあって意外に低カロリーなんだってさ。一個くらいならおごってあげる」
ただでというなら、ついていってもいいだろう。勇也はようやく腰を上げた。
女性受けを強く意識しているらしいそのカフェは、白を基調としたインテリアに、可愛らしくも控えめなデザインのティーセットがマッチしていた。フラワーアレンジメントや壁面のリースも、主張しすぎず美しい。
テイクアウト用にショーケースに入れられたスイーツも、期待を裏切らないものばかりだった。十種類近くのパウンドケーキ。パステルカラーの一口サイズのマカロン。クッキーは猫の形をした缶の中に、たっぷりと入っている。今の季節にぴったりなスイートポテト、マロンタルト、アップルパイ。
なにより目を引くのはやはり、那奈の言った通りカップケーキだ。好きなケーキにトッピングは自分で選べるらしい。
那奈が瞳をキラキラさせながら、カップケーキを眺めた。
「わたし、チーズケーキにホワイトチョコとラズベリーソースかけてみたい」
「俺はどうしよっかなー」
勇也もあごに指をあて、真剣に考えた。
無難なのはプレーンにチョコレートクリームだろう。だが、それではおもしろみがない。どうせなら少し冒険して、おいしい組み合わせで食べてみたい。抹茶の生地にホワイトチョコレート。コーヒーの生地にブルーベリーソース。ココア生地にマカダミアナッツをたっぷりまぶすのも絶対に合う。
店員に聞いてみるのが一番だろうと、勇也はこちらに背を向けて作業していた店員に声をかけた。
「すいませーん」
「はぁーい」
接客業特有の甲高い声で振り返ったその店員を見て、勇也は固まった。那奈も硬直した。数秒ののち、店員の愛想笑いも引きつった。
袖がゆったりふくらんだパフスリーブの白いブラウスに、膝丈のふんわり広がったスカート、そしてフリルたっぷりのピンク色のエプロンを身につけ、髪にレースのカチューシャまでつけていたのは──里中希咲だった。
このカフェのもうひとつの特徴は、制服にある。メイド服とロリータをミックスさせたという制服を一度着てみたいという女子高生で、アルバイトの応募が殺到したらしい。
しばらくの沈黙のあと、勇也が口を開いた。
「里中、先輩っすよ……ね……?」
いつものメイクと雰囲気が違いすぎて、思わず疑問系になってしまった。かけている丸眼鏡のせいもあった。双子の姉妹と言われれば信じただろう。胸についている名札には、丸っこい字で「サキちゃん」と書いてある。
だが真実は、彼女の真っ赤な顔を見れば、一目瞭然だった。
唖然とする勇也をにらみつけ、希咲の肩がぷるぷると震えはじめた。伊達眼鏡の奥は、完全に涙目だった。
「誰かに言ったら……コロス……」
服装と真逆のドスの効いた声に、勇也の背筋も凍る。
「は、はひ……」
その時、別の客が店員を呼んだ。希咲はあっという間に営業スマイルを浮かべると、弾むような足取りで接客に戻った。
学校の女王様はどうやら、放課後はご奉仕に忙しいようだ。
未だ魂が抜かれたように突っ立ったままの勇也を放って、那奈が別の店員に声をかけた。
「この人には失恋の癒やしになりそうなものを」
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