天然系
「好きです、
美しく整えられた日本庭園。周りを囲む秋色に色づいた紅葉。静まり返ったそこに響くのは、池の水とししおどしの音だけ。
告白の舞台としては、これ以上にふさわしい場所はないだろう。特に、彼女なら。
緋色勇也は自信満々に手を差し出した。そして──
「つきあって? って、なんですか?」
聞き返された。勇也は大きく息を吸い込んだ。
「あなたのことが好きなので、えっと、ガールフレンドになってほしいです」
「オゥ」
相手は目を丸くさせた。かと思うと優しく微笑んだ。そして──
「ごめんなさい」
振られた。
勇也がショックに固まっていると、目の前の女子生徒が一歩近づいてきた。
「ユーヤ、どうしたですか? 顔、悪い……顔色? 悪い」
少々変わったイントネーションで喋る彼女は、日本人の父とフランス人の母を持つハーフ。彫りが深い顔立ちで、背がすらりと高く手足も長い。ぱっちりした水色の瞳とふわふわなびく金髪があいまって、名前の通り天使のような美しさだった。
つい先月フランスから越してきたという彼女は、あっという間に多くの男子生徒のハートをつかんだ。勇也ももちろんその一人である。
容姿も端麗だが、彼女の真の魅力はその内面だろう。天真爛漫で無邪気、おとなびた外見ながら少女のような無垢さ。
転入初日、彼女は「ちょんまげの男性がどこにもいない!」と叫んで、周囲を困惑させた。高校では『忍者学』があると信じ込んでいたり、偉い人の役職はすべて『殿』だと思っていたり、スマホが実は手裏剣代わりなどなど。茶目っ気たっぷりの父親からの日本教育により、彼女にとっての日本はいっそ異世界と呼べるほど、いい意味で偏見に満ち満ちていた。
「あ、天羽さん、俺のこと嫌い……?」
未練がましくそんなことを口にすれば、アンジュはにっこり笑い、カタコトの日本語で告げた。
「ユーヤ、おもしろい。いつも笑わせてくれる。わたし、ユーヤ好き」
飛び出した言葉に一瞬心躍りかけたが、アンジュは続けて言った。
「とても親切。いい、お友だち。ナナのことも、大好き」
友だち宣言だった。しかも、さりげなく那奈に負けている。浮かべていた笑みが強張るのを感じた。
「お友だち、ですか」
「大事な、お友だち。わたし、みんな大好きよ」
瞳をキラキラ輝かせ、アンジュは弾むように言った。
「みんな優しい。わたし、日本語ヘタ、でも笑わない。ユーヤ、いつもジョーク言う、とても楽しい」
彼女の言うジョークとは、今まで勇也が試みた彼女へのアプローチである。悪意なく冗談扱いされている。
「わたし、ユーヤ好き。みんな好き。日本が好き。でもラブ違う。だから、ガールフレンドなれない。うれしいけど、ごめんなさい」
「あんた、マジでなにやってんの? せっかくの修学旅行に」
「うぅ……」
夜、こっそり部屋を抜け出した勇也がおとずれたのは、女子部屋だった。同じ部屋の女子はまだ入浴中らしく、留守番をしていた幼馴染が五分だけという条件つきで中に入れてくれた。そこから十分間、勇也は部屋の隅にうずくまって動かない。
小山内那奈はテレビを眺めながら一人クッキーを食べていたが、面倒になったのかしぶしぶ話を聞いてくれた。そして最後に言われたのが、先ほどの一言である。
「いくらアンジュが日本文化大好きな天然ちゃんだからって、日本庭園で告りゃオーケーなんてことあるわけないじゃん。いくらなんでもそこまで天然じゃないから」
「彼女が好きな光景を見ながらの方が、より心が揺さぶられるはずだと思って……」
「その自信を揺さぶってやりたかったわ」
ほら、と那奈がクッキーを一枚差し出してきた。ちらりと見ると、勇也が好きなチョコチップクッキーだ。そろりと手を出して受け取ると、そのまま小さくかじった。失恋直後でも、おいしいものはおいしい。
那奈は再び布団に寝転ぶと、またリモコンを持ってチャンネルを回しはじめた。そこまで興味を引くものがなかったらしく、最初に見ていたバラエティに落ち着いた。芸人たちが忍者のコスプレをして、身体を張った障害物競争に挑んでいる。
勇也もクッキーをくわえたままボーッとテレビを見つめた。
「天羽さんのタイプって、やっぱ忍者なのかなぁ」
「さあね。もしそうなら、あんた最初から勝算ゼロだわ」
那奈はばっさり切り捨てると、ごろりと寝返りを打った。部屋着のショートパンツから、細い足が伸びている。他の女子相手なら目のやりどころに困るところだが、那奈は例外だ。
「ってか、他の女子遅くね? いつまで風呂入ってんだよ」
「……いっそ那奈からキメちゃえって言われた」
「決める? なにを?」
勇也の疑問に、那奈はそっぽを向いて答えなかった。
翌日、歴史の授業を兼ねて向かった体験型施設で、勇也は運命の出会いを目撃する。
「
うっとりとつぶやく天羽アンジュの視線の先には、黒装束に身を包んだ細身の男性。頭まですっぽりと黒い頭巾をかぶっている。
施設の目玉のひとつ、忍者屋敷前でのパフォーマンス。忍者の格好をしたキャストが、様々な技を披露している。軽い身のこなし、手慣れた手裏剣さばき、スタントマンばりのアクション。アンジュではなくとも目は引かれる。
アンジュは頬を紅く染め、四名のうちとりわけ動きにキレがある忍者を見つめていた。顔はほとんど隠されているが、きりりとした目が印象的だった。
「あれが本物の忍者……!」
熱に浮かされたようなアンジュの言葉に、勇也は内心冷や汗をかく。
「天羽さん、あれは忍者は忍者でも、この施設限定の話で……」
「わたし知ってます! 忍者、正体バレちゃいけない。あんみつ行動!」
「隠密ね、おんみつ」
ただの食い意地が張った甘党が茶屋でも探しているみたいだ。
アンジュは興奮ぎみに言った。
「わたし、彼にメールアドレス渡してきます!」
隣で聞いていた那奈がぎょっとした。
「アンジュ、本気?」
「本気です」
アンジュはこぶしを作ってグッと握りしめた。
「わたし口堅い、秘密もらさない。正体知っても、誰にも言わない。必要なら、わたしもくノ一なります」
「アンジュの気持ちを受け取ってもらえたとして、相手とは歳も離れてるだろうし、遠距離恋愛になるんじゃないの?」
「日本とフランスよりよっぽど近いです!」
そりゃそうだ。
その後、アンジュはパフォーマンスを終えた忍者のもとへ駆けより、半ば強引にメールアドレスや電話番号を書いた紙を押しつけた。忍者は驚いていたが、可愛い女子高生に言いよられて悪い気はしないだろう。しばらく話しこんだあと、紙を受け取っていた。
ご機嫌で戻ってきたアンジュは、呆然とする勇也を見事にスルーし、那奈の手を握った。
「シュクン? に許可もらったら返事くれる言ってた!」
「よ、よかったね」
那奈もこれには引きつった顔で答えている。アンジュは踊るような足取りで他のクラスメイトを追っていった。
未だ放心状態の勇也の肩を、那奈がポンと叩いてきた。
「まあ、あれよ。ドンマイ」
その場にくずおれかける勇也を支えながら、那奈は無駄に明るい声を発した。
「あんたもいっそ忍者目指せば? キャスト募集してるかもしんないし」
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