清楚系

「好きです、城ヶ崎清香じょうがさきさやかさん。俺と付き合ってください……!」


 ひとけの少ない文化部の部室が並ぶ別棟。華道部からわずかに漂う花の香り。合唱部のコーラスをBGMに、彼女は楚々とたたずんでいる。清楚で気品あふれる彼女にふさわしい、絶好の告白シチュエーションだった。


「まあ」


 彼女は大きく目を見開き、口元に手を当てて驚きの声をもらした。そんな反応すら上品に映る。


「まあ、驚きました。あなた、お隣のクラスの方でしたかしら? はじめまして」


 告白した相手から、まさか返事より先にあいさつされるとは思わなかった。見た目や雰囲気に違わずお嬢様育ちで、若干ズレたところが可愛らしい清香ではある。いや、しかし今回は初対面でいきなり告白からはじめたこちらにも非があるに違いない。


「は、はじめまして、緋色勇也です……」

「緋色くん、とおっしゃるのですね。わたしの名前はご存知のようですから、自己紹介は割愛させてくださいね。それで、ええと……あら? なんのお話だったかしら?」


 愛らしく小首をかしげる彼女に、思わずずっこけそうになる。すんでのところでこらえ、勇也はもう一度告げた。


「俺はあなたが好きなので、お、お付き合いしていただきたいのでございます」


 清香につられてか、口調がおかしくなっている。耳元が熱くなるのを感じたが、必死に平静を装った。

 清香は「ああ、そうでした!」と答え、微笑を浮かべた。男女問わず好感を抱くであろう、嫌味のない優しげな笑みだった。見ているとほぅっと息をつきたくなる。


「ごめんなさい」


 結局断られたが。


「あ、誤解なさらないで。別にあなたのことが嫌いとか、そういうわけじゃありませんの。もちろんわたしはあなたをよく知らないから、こうお答えするしかなかったと言うか……。友人としてのお付き合いなら、喜んでお受けいたしますわ」


 振った直後にまさかの「お友だちでいましょう」発言。思った以上に強敵のようだ。

 勇也はぎこちなさを自覚しつつも笑った。


「ありがとう、ございます……。でも俺がなりたいのは友だちじゃなくて、きみの恋人だから」

「そうですか……。では仕方ありませんわね。そのお気持ちだけありがたく受け取っておきます」


 清香は相変わらず柔和に微笑んだまま、会釈をして茶道室に消えようとした。動くと彼女からは抹茶と花の香りがする。思わず勇也は呼び止めた。


「あの、城ヶ崎さん、聞いてもいい? ……ですか?」


 清香は振り向いた。動作のひとつひとつが丁寧で美しい。


「なんでしょう?」

「えーと、他に好きな人とかいるのかなって。もしいなかったら、俺にもまだチャンスがあったり……」


 清香はにっこり笑った。


「特におりません」

「じ、じゃあ」

「でも、結婚を約束した方がおりますから。親が決めた方ですけど、ね」


 その言葉は今日一番に勇也に衝撃を与えた。






 勇也の話を聞いた小山内那奈は、感心したようにうなった。


「許嫁ってやつか。さっすがお嬢様、庶民とは進む道のレベルが違うわ」


 勇也は自室の布団にくるまって嗚咽を上げていたが、思わず反論した。


「だけど考えてもみろよ! 健全なイマドキの高校生が、突然知らない相手連れて来られてそいつと将来結婚しろって命令されて、納得するか? 俺なら耐えられん。俺は結婚相手は自分自身で決める」


 憤然と言い切った勇也に、那奈の反応は冷たかった。


「だから、それは勇也の価値観でしょ? 城ヶ崎さんはそう思ってないんだから、別にいいじゃない」

「いいや、よくない。彼女が今の状態に疑問を抱かないのは、生まれた時からそう洗脳されてるからだ。それが普通なんだって、本気で思い込んでる。彼女の純粋さにつけ込みやがって、汚えおとなが……」


 ぎゅううっとシーツを強く握る。すると、那奈が布団をガバッとはがしてきた。


「なにすんだよ、痴女か」

「誰が痴女だ、むっつりスケベ。これクリアしちゃったから、別の貸してよ」


 そう言って那奈が指差したのは、勇也のテレビゲーム。画面に大きく『ALL CLEAR』と出ている。勇也は唖然とした。


「俺まだ半分しかクリアしてないのに!」

「おっそ」

「待て、どんなセコい裏技使った? あのボスを倒すには、中盤の隠しルートをたどらなきゃいけないんだぞ? でもそのルートは秘密アイテムを手に入れないと開かれないし──って、ちがーう!」


 思わず叫んでから、勇也はテレビの電源を切った。那奈が「あっ、ちょっと!」と怒鳴ったが、画面はすでにブラックアウトしている。


「まだセーブしてなかったのに!」

「俺のゲームだぞ。持ち主より先にクリアなんて許さねえ」

「セコいのはそっちじゃん」


 那奈は思いきり顔をしかめた。


「自分が振られたからって、こっちに八つ当たりしないでよね。あんたが城ヶ崎さんみたいな美女に振られたことと、わたしがゲームをクリアしたことは関係ないんだから。今後もどんな美人に何度振られたって──」

「振られたばっかり繰り返すなよ!」


 幼馴染の容赦ない口撃に、勇也は胸をおさえて怒鳴った。


「おまえみたいにガサツで男っ気がなくて恋も知らないような鈍感のお子ちゃまにはなぁ」

「これ見てみなよ、勇也」

「聞けよ!」


 那奈がずいっと向けてきたスマートフォンの画面には、ネットのニュースが表示されていた。どこかの大企業が、また別の大企業と提携して都市開発を含む一大プロジェクトをおこなう、という内容だった。大企業のトップ二人が手を握り合い、カメラに笑顔を向けている。そのうしろに着物姿で控えているのは、誰あろう城ヶ崎清香だった。にこにことあの穏やかな笑顔をたたえて、祖父であろう会長と相手の社長を見守っている。傍らには、清香よりだいぶ歳上に見える男性が、寄り添うように立っていた。


 唖然としながら記事を読み進める。城ヶ崎グループ会長、孫娘の婚約をきっかけに決意。婚約の相手は提携を結んだ社長の息子。歳の差十二歳、孫娘の大学卒業を待って入籍予定。

 記事には、仲睦まじい様子で穏やかに微笑み合う、若い婚約者同士の写真も。どこか照れたように口元を隠している清香の指には、キラリと光る指輪がはめられていた。

 親が決めた婚約者だって? とんでもない大ウソじゃないか。この表情、どこからどう見たって恋する乙女そのものだ。


 震えながらスマートフォンを握りしめる勇也に、那奈がトドメを刺してきた。


「あんたも一流企業の御曹司になって出直せば?」


 もはや言い返す気力もない。

 勇也は那奈にスマホを投げ返し、再び布団にくるまった。本日二度目の失恋は、さすがの恋愛勇者バカもショックが大きすぎた。

 グスグスと鼻をすすりながら震えていると、布団越しになにやら那奈がつぶやいた。


「鈍感なのはどっちだっつーの」

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