第4話 放課後の図書館

「はあ~」


大きくため息をつき、私はデスクの上に打っ伏した。


(ダメだ。この先を書き進んだとしても、官能シーンが上手く書けそうにない)


私の重要課題! 官能シーン。


私自身が経験がないため、場面の模写はできても登場人物の心情まで描くことができないのだ。彼らがセックスを通して快楽以外の何を感じ取っているのか、書けない。



パソコンデスクの上には、参考に買った官能小説が3冊散らばっていた。アマゾンで1円で売っていたものだ。


もっとも、送料に250円取られるので、3冊で3日分の食費にあたる750円超も投資したことになる。


それだけの投資をしたというのに、得られる情報は限られていた。

参考にして書いてみたが、官能シーンではなく単なるエッチなシーンだ。想像をどんなにかき立てても、それは描写ではなくになってしまう。





私は、登場人物がセックスを通して何を感じ、どう変化していくのかまで描きたいと思っている。そこを読者に伝える事が出来なければ、読み物でなくなる。


例えば紗栄子が口を使うシーン。


そもそも大きいとか、口に入らないとか良く分からない。

本当に他の女の子は男の人の――とても自分では言い表せない――を口にするのだろうか?



想像して、『おえっ』と吐き出しそうになった。



私には、どうして紗栄子が自分には受け入れ難いほどの大きな物体を口の中に入れて快感を得てしまうのか、描き切れない。


私は想像した。

もし、そんな凶悪なものが目の前に迫ったとしたら、恐怖しか感じないだろう。

想像しただけでブルブルと鳥肌が立つ。



紗栄子はあくまでもバイトとして男優とセックスをしているのだ。だが、最初はバイトと割り切っていても、やがて快楽を覚えるようになる。

そこに恋愛感情はない。もっとも、最初に相手をした男優に恋をすることになるのだから、恋愛感情は行為の最中に芽生えた、とすることができる……か。


「う~~~ん、難しい」




とりあえず、官能シーンは参考にした本と想像で書くしかない。

だけど、想像だけで書いたとして、不自然にならないだろうか?


アダルトビデオの類を観賞してエッチシーンの模写ができれば良いのだが生憎、私の家にはビデを再生する機器はおろか、テレビさえもない。


スマホで観ようにもパケットの制限もあり、wifiがない環境では、そう易々と観れるものでもない。図書館のパソコンは、アダルトサイトへのアクセスを遮断しているため、利用はできない。



(困った……完全に手詰まりだ)




今度は背もたれに思い切り体重をかけ、天を仰いだ。



「綾瀬さん、どうしたの。もしかして、途方に暮れてる?」

不意に背中越しに声がかかる。


声の主は、早川文剛はやかわぶんごう、私と同じ文学部の同級生だ。そして文藝サークルの仲間でもある。

もっとも、サークルといっても活動実績がほとんどなく、幽霊サークルに等しい存在になってしまっている。



「あ、早川君。ちょっとね、小説を書いてるのだけど、上手く書けなくて困ってるの」


「へ~、またコンテストにでも応募するの?」



「え、ええ……まあ……」

官能小説を書いているとは言えず、曖昧な返事をする。



「小説投稿サイトのコンテスト? どこの?」

と言いながら、早川君は机の上を私の頭越しに覗き込んだ。早川君は身長が180cm以上はある長身だ。


ヒョロヒョロしたもやし体形で、眼鏡のふちが前髪で隠れるほど髪の毛を伸ばし放題にして、おまけに無精ひげ。彼も私同様に地味な人間だ。


不意に背中越しに長い手が伸びてきたので、『あわわ』と慌てて本を隠そうとしたが遅かった。

ひょい、と伸びてきた手は3冊のうちの1冊を取る。彼は、指も長くて細い。



「あ、それは」首を斜め後ろにひねり、早川君を確認すると既にピックアップした本をパラパラとめくっていた。



早川君の眼鏡の奥の目がパチパチとしている。


そして、あろうことか官能シーンを朗読し始めたのだ。

彼のか細い声が官能シーンをより一層、卑猥にする。



(ばか、声に出して読まないでよ!)私は耳の先まで赤くなる気がした。



「え、と。これは……何を書いているの?」


「うっ」声に詰まってしまう。


「もしかして、官能小説とか?」


隠そうとしても、もう既に本を見られてしまった。私は官能小説を書いている理由を話すことにした。


「ちょっと高めの賞金のコンテストがあって、それに応募しようかな、と思ったんだけど……官能小説部門なのよ」


「そうなんだ、綾瀬さんって何度か賞を取ったことあるよね。今回も何か賞が取れるんじゃない」


早川君はニコッと笑うとメガネの奥で目を弧にした。私は思わずドキッとする。彼は時折すごく優しい表情をするのだ。



「それが、そうも簡単にはいかなくて……」なんとも言い出しにくい。官能シーンが書けないなんて。


「あ、それで途方に暮れてたんだ。

何に困ってるの? 僕で手伝えることなら手伝うよ。ほら、僕も小説は書いてるから、何かアドバイスできるかも。

あ、アドバイスだなんて偉そうだったね。何かヒントくらいは出せるかも」


早川君は編集の仕事に就きたいと以前から言っていた。そのため、自分でも小説を書いては雑誌の新人賞などに応募している。小説投稿サイトへ気軽に投稿している私よりは、ずっと上手に小説を書けることは承知している。


だから、アドバイスを貰えるのは助かるが、早川君も私と同様に性体験がないか、あったとしても乏しいのではないだろうか。であれば、あまり期待はできない。


「もしかして、官能的な描写が難しい……とか?」


「(う、図星だ)ど、どうしてわかったの?」


「だって、官能小説の本を前に悩んでるんだもの。想像はつくよ」


「わたし経験がなくて、どう書いて良いか分からないの」

図星をつかれてつい、私は素直に応えてしまう。


(ばか、わたしの馬鹿。自分から処女ですってカミングアウトしてどうするのよ!)

言ってしまった後、『しまった』と顔が赤くなる。


「あはは、僕も童貞だし、そこはアドバイスできないかな」恥じることなくカミングアウトする彼。


「アダルトビデオとか観てみたら?」


「それも考えたんだけど、自宅に観れる環境がなくて……」


「そっか……」




早川君は暫く何か考えているようだったが、『そうだ!』と手をポンと鳴らし、驚くような提案をしてきた。


「だったら、僕の部屋で一緒に観ない?」




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