第3話 自己紹介

「お電話ありがとうございます! 立花企画代表、立花謙佑でございます」


(げ、何この変な電話の受け方、宗教か何かか!)

紗栄子はこのまま電話を切ろうかと思ったが、何とか堪えて応答した。


「あの、わたし、先日渋谷で声をかけていただいたものですが」


「あー、もしかして、ハチ公広場にいた可愛いお嬢ちゃん?」


「ああ多分そうです。あの……バイトでも良いと言われたので、お話だけでも伺おうかと思って電話したのですが……」



「ちょっと待ってね、電話代がかかるから、こちらからかけなおしますすから」


「あ、非通知でかけてるね。悪いけど、一旦切るから通知にしてワン切りしてくれますか?」


電話番号を知られるのは抵抗があったが、住所を知られるわけではない。紗栄子は、言われるままワン切りした。



「あ、連絡ありがとうございます。バイトしたいんでしょ? 面接だけでも受けませんか。交通費を5000円払うから」


(5,000円! これで一週間はランチが食べられる!)



「本当に面接だけで良いんですか?」逸る気持ちを抑えつつ紗栄子は確認する。


「もちろんですよ、話を聞いて興味がなければ、そのまま帰っていただいても構いません。

ただ、来ていただく以上、交通費はどんなに近くても5,000円払いますよ」


「その、どんな内容のお仕事なんですか?」

5,000円に目がくらんだが、流石に一律交通費を5,000円も払うなんておかしい。

少し冷静になって紗栄子は立花に仕事の内容を確認した。


「え~とね、隠しても後でトラブルの元になるから正直に話しますね。

ぶっちゃけて言うと、アダルトビデオの撮影です」



(やっぱり、そんな事か……)

世の中、そんなに旨い話しが転がっている訳がない。紗栄子は落胆して電話を切ろうとした。



「あ~、まだ電話は切らないでください。

私共も新人の発掘には苦労してましてね、少しでも興味を持っていただくように、きちんと説明させていただいております」


「はあ……」


「分かりますよ。人前で裸を晒すだけでなく、男の人とセックスする訳ですから」



そもそも、紗栄子自体、セックスの経験は乏しい。今まで身体の関係まで発展したのはたったの二人だ。

それに、セックスそのものもあまり好きではない。


「わたし、エッチ自体がそんなに経験ないんです」


「おおお! だったら是非、一度見学した方が良いですよ。

きっとセックスに対する見方も変わってきますよ」


「本当に見学だけなんですね?

わたし、絶対に脱いだりしませんよ!」


「もちろんです! 他人のセックスを見る機会なんて滅多にないですよ。

嫌だったら、見学だけで帰っても良いし。

今後の為に女優さんのテクニックを勉強するのも良いですよ。

絶対に損はないです」



渋谷で会った時の印象を思い出す。

立花は悪人には見えなかった。もし紗栄子を騙そうとしているなら、アダルトビデオの事は隠すはずだ。


アダルトビデオの撮影を見学して5,000円をゲット。


もう、紗栄子は迷う必要はなかった。






~・~・~






ここまで書いて、私は大きく伸びをした。

私は今、大学の図書館に設置してあるパソコンで小説を書いている。


小説投稿サイトで見つけたコンテストに出品するための作品を書いているのだ。

私が書いている作品に出てくる紗栄子は、基本的には私をモデルとしている。



美人と言うところは現実と違うけど……。



現実の私は美人どころか地味な女の子だ。彼氏もできたことないし、勿論、セックスの経験もない。

田舎育ちで極貧、そして大学二年生の19歳――といっても今年中に20歳になる――と言うところだけが、紗栄子と私の共通点だ。


あと、通っている大学か……。

田舎者なのに、東京の都心にあるお洒落な大学に通っている。

だから、ストーリーは必然的に渋谷を中心として展開する。



小説の大まかなストーリーは、簡単ににまとめてある。


・極貧女子大生(紗栄子)がお金欲しさにバイト感覚でアダルトビデオ(AV)に出演する。

・初めての撮影で男優のテクニックに翻弄されて快楽に目覚めていく紗栄子。

・紗栄子は共演した男優の事が好きになってしまう。

・紗栄子は、その男優とセックスする為にAV出演を続ける。

・しかし、その男優には彼女がいて紗栄子を共演者以上には見てくれない。

・男優を限定している事でAV出演だけではお金を稼げなくなる紗栄子。

・紗栄子は遂にパパ活に手を出してしまう。

・ところが、パパ活サイトで知り合ったオジサンに身分証を撮られ、しかもAV出演までバレてしまう。

・オジサンの餌食に会い、セックス浸けにされる紗栄子。


最初に考えた大まかな内容は、こんな感じだ。

性体験もない私が、なぜエッチな小説を書こうとしているのかというと、訳がある。


そのコンテストの賞金が破格の50万円だからだ。

極貧生活の私にとっては、喉から手が出るほど欲しい賞金だ。



奨学金を借り、足りない分を親に援助してもらうが生活費は自分で稼ぐ、という条件で東京の私大への進学を許してもらった。


私は、サイトで仕事を受注しては納品してお金を稼いでいるウェブライターの端くれなのだが、それだけでは極貧生活さえままならないのだ。


私は将来、ライターの仕事に就きたいと思っている。そのために、ライティングの仕事を主に稼ぎの糧としている。

だけど主な仕事の内容は、ブログの記事だったり、Youtuberのシナリオだったり、あまり実入りの良い仕事ではない。



だから、なんとしても賞金が欲しい!



サイトで調べたところでは、官能小説はバッドエンドで終わるのが主流だという。

読者が求めているのは女の子が酷い目に会いながらも堕ちていく様なのだそうだ。


陳腐な男女の恋愛模様を描いたところで見向きもされないらしい。

それ故にプロットをまとめてストーリー全体を最初に決める事が難しい。


とにかく、今後の展開としては紗栄子が何処まで恥ずかしい思いをするかがカギなのだ。



だが……、繰り返しとなってしまうが、私は性体験がない地味な子だ。

そんな私が今、官能小説に挑戦しようとしている。








え? そんな地味な女の子って、アナタはだれ?


そうだね。




自己紹介が遅れたが、私は綾瀬花音あやせかのんという。





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