第2話 やばい! お金がない
「ま、まずい! バイトの給料日まで、まだ一週間も残っているのに、通帳残高は1800円しかない!!」
週明けの月曜日。
銀行のATMの前で、紗栄子は固まってしまった。
お昼を食べるのに2,000円を引き落とした後の残高は、たったの1,800円。
先月から今月にかけて遊びすぎたことがたたり、生活費が枯渇していたのだ。
アルバイトはしているものの、東京で少しでもオシャレをしたり、友達と遊びに行くとなると、あっという間に諭吉さんがいなくなってしまう。
しかも、遊び相手はパパ活で稼いで潤沢な資金を持っている梨花なのだ。とてもバイト料だけでは付き合いきれないのは分かっている。
もっとお金が欲しい、と願ったところで何とかなるはずもなく、今月はバイトの給料日までを一日一食で過ごすしかない。
(梨花に遊びに誘われたらどうしよう?
お昼を食べない言い訳はダイエットという事にするか、いや無理だ。夜を抜こう)
思い浮かぶのは、悲惨な覚悟ばかりだった。
神様は不公平だ、と紗栄子は思っている。
だって、東京で生まれ育った人間と地方から上京してきた人間とでは、スタートラインで大きく差があるのだから。なぜ自分は地方の田舎町に生まれてきたのだろう、考えても仕方ないのに、自分の出自を呪った。
とりあえず、コンビニで菓子パンを二つ買う。
今日のお昼はこれで済ませよう……。
ちなみに、紗栄子はここ1年ほど朝食抜きの生活を繰り返している。
「ああ……、お金の心配しない生活がしたいな……」
「あ、紗栄子いたいた 笑」
紗栄子がベンチで菓子パンを食べていると、梨花が手を振りながらやってくる。
見られたくない相手に見られてしまった、と内心肩をすくめる紗栄子。
「どうしたの? こんな所でパンなんか食べて。
もしかして……、金欠? 笑」
梨花は、紗栄子にとって初めてできた女友達だった。
高校まで、紗栄子は美少女の称号をほしいままにしていた。 成績も常にトップクラスであったため有名人ではあったが、心の底から友達と呼べる女子は一人も居なかった。
「ちょっと今月ピンチなの 笑」
笑ってごまかすものの、紗栄子の内心は穏やかではない。
「貸してあげようか?」
梨花が急に真面目な顔になる。 こういう時、梨花は何かを企んでいる。
「トイチで 笑笑
冗談。マジで貸すよ?」
「いいよ、来週にはバイト代入るし」
「紗栄子もさ、地味なバイトなんてしないで、パパ活やれば良いのに。
真面目に働くのが馬鹿らしくなるよ。
ホント、一緒にご飯食べるだけでお小遣いもらえるんだから」
紗栄子は、梨花のこういう所が苦手だ。
見知らぬ男の人と会って、時にはセックスもしているらしい。
(パパ活……って『援助交際』の言い換え、要するに『売春』と同じじゃん)
自然と表情が曇る……。
「わたしは、梨花みたいにトークが上手じゃないし、それに知らない男の人と会うのは、怖いよ」
紗栄子の言葉に、梨花の表情が冷たくなる。
「わたしさ、紗栄子のこと好きだし、わたしの初めての女友達だから大切なんだよね」
梨花も、紗栄子と同じで故郷では女友達がいなかったらしい。同じ境遇を持った者同士が友達としてつるんでいるという訳だ。
「だからハッキリ言うけど、たまに、わたしのやってる事に否定的じゃない?」
「それは……、そうなるよ。梨花のやってる事って、大っぴらに人に言えることじゃないし……」
「だけど、仕方ないじゃない。女ってだけで余計に生活費がかかるのに、学生がまともな方法じゃ稼げないわけだし、惨めな暮らしをするくらいなら上京しないで地元の公立大学にでも通うよ。
それに、複数の人と同時に付き合ったりしないよ、わたし。
定期的に付き合うのは一人だし、そりゃ、お別れしたら次に行くけど……」
梨花だって、好きでパパ活なんてやっている訳でない事は、紗栄子も十分知っている。でも、理解と感情は別なのだ。
それに、『定期的に付き合うのは一人』と言ってもセックスの相手が一人というだけで、お茶や食事デートの相手は複数いるじゃないか。
しかも、梨花には彼氏がいる。
恋人に申し訳ないと思わないのだろうか?
「この話は止そう。 余計にお腹すくだけだし」
「そうだね、じゃあ今週は遊べないね……」
気まずい空気を伴ったまま梨花と別れ、紗栄子は次の講義がある教室へと向かう。
自分は何のために上京してきたのだろう、『惨めな暮らしは嫌だ』という梨花の言葉が胸に突き刺さった。
学校が終わり、紗栄子は真っすぐに自宅として借りている古いアパートへと帰った。
バイトもなく、遊びにも行けないとなると何もやることがない。
しかも空腹が追い打ちをかけ、全くの無気力のまま紗栄子はベッドの上に身を投げた。スマホを手にして、梨花に薦められて登録したまま放置していたマッチングアプリにログインし、男性会員を物色するが、20代~30代の男性は本気で彼女を探しているし、お金を持っていないから相手にできない。
ターゲットは40代以上の、恐らくは既婚者の経済的に余裕がありそうな男性となる。
しかし、プロフィールの写真を見ると父親世代のオジサンだ。例えお小遣いが貰えたとしても会おうという気にはなれなかった。
中年の男性の顔写真を何人も見ていて、紗栄子は渋谷で会った立花の事を思い出した。
電話だけ、話だけ……。それなら危険はないし、もしかしたら美味しいバイトなのかもしれない。
「確か、ポケットに入れたはず……」
紗栄子は先日来ていたサマージャケットのポケットを漁った。
「あった!」
名刺は皺くちゃになっていたが捨てなくて良かったと思いつつ、皺を伸ばし、名刺の番号をタップした。
「……ツ……ツ」
呼び出し音が聞こえる。紗栄子はスマートフォンを持つ手が汗ばむのを覚えた。
(やっぱり止そうか?)
迷っていると、ピッと電子音が鳴り、電話がつながった。
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