地味子が官能小説を書いたら

むかいぬこ

第1話 怪しいオジサン

「ちょっと、お話をさせていただいても良いですか?」


昼下がりの渋谷、平日だというのにハチ公前の広場は人で溢れかえっていた。

工藤紗栄子くどうさえこは学校帰りに友達と待ち合わせていたのだが、そこで突然、見知らぬ男に声をかけられたのだ。


今日は、初夏の陽気で気温もかなり高くなっている。それなのに律儀にスーツを着て礼儀正しく振舞う男は、その慇懃いんぎんさが却って胡散臭い印象を醸し出していた。



こんなオッサンがまさかのナンパ?

しかも、こんなに人がいっぱいいるところで大胆な。と紗栄子は思ったが話を聞くとも聞かないともあやふやな態度を取っていた。



「あの、どこかの事務所に登録していますか?」



(事務所? また、どこかの自称芸能事務所ね 笑)

こうやって事務所関係のものだと声をかけられるのは、月に一度や二度では済まない。紗栄子は素っ気ない態度のまま、男の出方を伺った。



「あ、申し遅れましたが、私、こういうものです」

男は、そう言って名刺を渡してくれた。


いかにも興味なさそうに、紗栄子は男には目もくれずに名刺を片手で受け取る。

名刺には、”芸能プロダクション 立花企画 代表取締役 立花謙佑たちばなけんすけ”と書かれていた。



(代表取締役、すなわち社長自らスカウトかよ? 怪しすぎるwww)


紗栄子がいぶかしがっているのにも構わず、立花は話を続けた。

「今、弊社では新企画に参画してくれる新人を発掘していましてね。

お綺麗な方だったので、どこか別の事務所に所属されているかな? と思ったのですが」


『綺麗』と言われて悪い気はしない。実は、紗栄子は自分がかなり美人である事を意識している。街を歩けばナンパもされるし、立花のように芸能事務所を名乗る者から声をかけられる。


もっとも、話しを聞いてみるとどれも風俗の勧誘だったりするのだが……。

だから今回も、その類だろうと思っていた。



「もし、どこにも所属されていないのであれば、弊社に登録していただき、お仕事をしていただければと思った次第です」


チラリと立花に目をやる紗栄子。立花は怪しげではあるが、身なりはきちんとしているし清潔感もある。それに人のよさそうな顔をしている。



100%の悪人ではない。

紗栄子の直感は、そう告げていた。



「あ、もちろん今すぐにというわけではございません。

もし、芸能活動にご興味がおありでしたら、お電話いただければと存じます。

専属でなくてもバイトでも構いません。バイト代ははずみますから。


おっと、女性の方に付きまとっていますと、お巡りさんに怒られますので、この辺で失礼させていただきます。

ご連絡、お待ちしてますよ」



言いたいことを言い終えると、立花は紗栄子の元を離れ、キョロキョロと辺りを見渡しながら、マークシティーの方へと歩いて行った。


(なんか、変なオジサン 笑)

立花の後姿を見送りながら、紗栄子は貰った名刺を無造作にサマージャケットのポケットに突っ込んだ。



「おまたせ~」

立花と入れ替わるかのように友人の四谷梨花よつやりかが現れる。


「どうしたの? ニヤニヤして 笑」



「ううん、なんでもない。

ちょっと変なオジサンに会って」


「変なオジサン? なにそれ 笑

またスカウトでもされたの?」


「まあ、そんなとこ。それが胡散臭くて 笑

なんとか企画とかいう名前で、たぶん個人経営の小さな事務所だと思う」


「あはは、そんな所で仕事なんかしないっての! ダメだよ紗栄子、変な気を起こしちゃ。そんな所で仕事するくらいなら、パパ活やった方が楽に稼げるから」


梨花はミスコン常連の超絶美人だ。

紗栄子も自分ではかなりの美人だと自覚しているが、それでも梨花の前では霞んでしまうと思えるほどだ。


グラビアアイドル並みの容姿を武器に、マッチングアプリで中年のおじさん相手にパパ活で荒稼ぎしているらしい。

カフェのバイトで地道に収入を得ている紗栄子とは、生活のレベルが違う。



「さ、行こうか~」



(また……、お金が無くなっちゃうな……)



梨花と付き合うにはお金がいる。


もちろん、稼いでいるとはいえ学生なので高級レストランに行くわけでもないし、高級ブティックでブランド品を買い漁るわけでもないが、だからこそ地味にお金が消えていくのだ。


その日も、梨花の買い物に付き合った後、居酒屋で飲み、カラオケで歌うと言った彼女たちの定番コースで夜更けまで遊びまわり、帰り着いた頃には深夜になっていた。





「あ~、少し飲み過ぎた……

明日は二限目からだから、ギリギリまで寝るか~」


紗栄子は地方の田舎町から上京して一年ちょっとだが、もはや完全に生活が乱れきっていた。


学校が終わると、バイトの日以外は友達と繁華街に繰り出し終電近くまで遊ぶ。

恋人がいるときは恋人の家に泊まったり、自分の家に恋人を泊めたり、そしてセックスをする。


ちなみに、今は恋人はいない。今年の春先に相手の浮気が発覚し、別れたのだ。


(美少女の私がカノジョなのに浮気するなんて、男って下半身だけの生き物なの?)と思ってしまう。

たとえ浮気であっても、紗栄子は絶対に許さない。


もともと、セックスが好きという訳でもなく、ただ男が求めるから応じているだけだ。よほど気に入った男が現れでもしない限り、当分の間、恋人は必要ないと思っている。


今は女友達と遊ぶ方が楽しい。



ともあれ、大学は必要な科目だけ出席をして、期末の試験は先輩学生から受け継がれた回答方法を踏襲するだけで単位は取れる。


そこそこ一流と言われる大学でも、殆どの学生がそうやってロクに勉強もせずに四年間を過ごし、就職していく。



だったら楽しまないと損だ、と紗栄子は思っている。





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